強気の株価と弱気のエコノミスト (『金融財政』1999.7.26)

年率七・九%成長という予想外の一〜三月GDP統計の発表に続き、六月調査の日銀短観も、業況、需給、売上げ・収益、企業金融などすべての指標で、製造業・非製造業の別なく、また大企業・中堅企業、中小企業のすべての企業規模で、改善を示した。これらを受けて日経平均株価は一万八千円台を回復している。しかし民間エコノミストの多くは、本年下期の景気失速を根拠に、未だに本年度のマイナス成長の予測を修正していない。
一体、株価とエコノミストと、どちらの先見性が信頼できるのであろうか。
株価は、比較的短期の景気動向に敏感であり、事後的な平均値を見ると、九ヵ月程先を読んで動いている。その限りでは、下期の失速はないのかもしれない。しかし、現在の日本の経済危機は、短期、中期、長期の政策の失敗に由来している。当面の経済の立直りは、短期の政策の失敗を正した結果であるが、まだ中期、長期の問題は未解決である。
短期の失敗とは、言う迄もなく九七年度の超デフレ予算(九兆円の国民負担増加と三兆円の公共投資削減)と財革法の執行である。それが自自連立内閣の所謂十五ヵ月予算で、一八〇度転換した。財革法を停止し、公共投資はいまや前年比二〇%増となり、九・四兆円の減税も実施された。信用保証協会の保証枠拡大と日銀のゼロ金利政策で、企業金融は息をつき、企業倒産件数は前年比三〜四割減となった。これらの政策効果が、一〜三月期以降の公共投資、住宅投資、設備投資、消費者のマインドなどに出てきたのである。
しかし、中期の不良債権問題と長期のシステム転換問題は、緒についたばかりである。第二地銀以下の破綻はまだ起るであろうし、二〇〇一年四月のペイオフ解禁までに、金融システムが安定を取戻せるかどうか、危うい。ましてや規制撤廃、地方分権をテコとする経済構造改革と行政改革によって民間市場経済が活性を取戻すには、少なくとも数年はかかるだろう。これらの中期、長期の問題が解決する迄は、たとえ景気が短期的に立直ったとしても、民需主導の自律的な安定成長軌道に乗るとは限らない。株価はその性質上、そこ迄は読み込んでいない。
他方、弱気のエコノミスト、とくに最近十年程度の日本経済しか見ていない若いエコノミストは、景気の上方転換メカニズムを実感したことがないのではないか。このため、中期と長期の問題点がある限り、短期の景気立直りもあり得ないと思い込んでいるのではないか。
しかし、高度成長が終った後、構造問題を引きずっていた八〇年代までの日本経済でも、金融緩和の効果とストック調整原理によって民需が立直り、輸出の伸長も加わって、景気が自律的に上方転換したことが何回もある。その時、先頭に立って回復して来たのは、中小企業非製造業と輸出関連発展業種の設備投資であった。
本年一〜三月の七・九%成長の一因は、中小企業非製造業の設備投資(GDPベースの設備投資全体の四割を占める)が大きく伸びたことである。その内容は、企業金融の緩和によって、パソコン、コピー機などの更新投資がどっと出たからだという。長い間設備投資が沈滞していたので、日本の設備ストックのビンテイジは長くなっている。新鋭機器への更新投資のニーズは、いま著しく高まっている。その上、東アジアの立直りで、輸出が回復基調にあり、半導体や液晶の設備投資に動意がある。弱気のエコノミストはこの辺をどう読むのであろうか。