金融再生トータルプランへの疑問 (『金融財政』1998.7.27)

参議院の選挙期間中に、政府・自民党は「恒久減税」と「金融再生トータルプラン」を打出した。しかし、これが選挙結果にプラスの貢献をしなかったことは周知の通りである。
 恒久減税は旧新進党が2年も前から主張し、最近では全野党が金額や内容に若干の違いはあるにせよ主張してきたことである。政府・自民党は、第142通常国会を通じてそれを否定し続けていたのに、国会終了後参院選に突入した途端に前言をひるがえしたのである。これほど国会を軽視し、また選挙民を甘く見た態度はない。厳しい審判の一因となったのは当然である。
 これに対して、金融再生トータルプランについては、技術的であるために選挙結果とはあまり関係がなかったのではないか。もっともマーケットはこれに反応しなかったところを見ると、専門家の間では評価されず、むしろ金融機関の経営救済、ゼネコン救済と言うマイナスのイメージを植え付けたようだ。
 不良債権問題が景気の足枷となっていることは、米国政府にせっつかれなくても分かっていることで、むしろ政府・自民党の対応は遅きに失している。しかも、ようやく打出したプランを見ると、破綻金融機関を処理する国営ブリッジバンクに焦点が当たっている。しかしこれは不良債権問題のごく一部に過ぎない。景気の足枷となっている不良債権問題の中心は、非破綻金融機関の抱える膨大な不良債権であるが、これをどうやって早期に処理するかについては格別の進展が見られない。市場や専門家の間で評価されないのは、そのためである。
 金融再生トータルプランによると、根抵当権の元本確定のケースを明確化し、確定登記の手続きを簡素化して、新たに創る臨時不動産関係権利調整委員会(仮称)に担保不動産の権利関係を調整させるという。しかし不良債権の担保不動産の権利関係は極めて複雑であり、この程度のことで権利関係を整理し、担保不動産を優良資産に仕立て直して流動化し、不良債権の回収整理を進めることができるとは思えない。
 民法、破産法、競売法など全般にわたる民事特例法を3年程度の時限立法で成立させ、公共の福祉の名において交付公債への物上代位で抵当権を消滅させるぐらいの危機管理体制を作るべきであろう。そのような法律の裏付けがない限り、いくら権利調整委員会を作り、あるいは共同債権買取機構、整理回収銀行、住宅金融債権管理機構の不良債権処理を督促し、更にはSPC法を施行しても、不良債権や担保不動産の流動化による不良債権処理は進まないであろう。
 最後に、脚光を浴びているブリッジバンクも、米国版ブリッジバンクとは似て非なるものである。ロンドン・エコノミスト誌もローマ字の綴りでブリッジ・バンクと書き、英語のブリッジバンクとは区別している。痛烈な皮肉である。
 米国版ブリッジバンクは、民間受皿銀行の決まっている破綻銀行について、大きすぎて不良債権の洗い直しに手間取る場合、あるいは債権、債務関係を整理して市場価値を高めることが可能な場合、などに国営ブリッジバンクが破綻銀行を一時管理し、不良債権を確定、あるいは整理して、少しでも高く民間受皿銀行に売り付け、公的資金の負担を低めるために考え出された。
 今回の政府・自民党案は、民間受皿銀行が現れない破綻銀行を金融管理人(銀行経営の素人)が管理し、破綻銀行の職員を使って善意・優良な顧客を選んで融資を続けるという。これでは銀行経営救済、顧客のゼネコン救済、それに伴う公的資金投入の拡大となる可能性が高い。