「国土交通省」に反対する人々 (『金融財政』1998.6.11)

国会の裏にある星陵会館で、5月26日にシンポジウム「政治に訊く―21世紀をどんな日本にするか」が開かれた。私は自由党を代表して出席したが、他党からは菅民主党代表、志位共産党書記長、伊藤社民党幹事長などそうそうたる顔触れが揃った。
主催者が21世紀環境委員会(NGO)であったためか、出席者の関心は公共事業の在り方に集中していた。とくに中央省庁等改革基本法により、2001年には運輸省、建設省、国土庁などを一体化した巨大な「国土交通省」が出現することに対し、危機感を訴える参加者が多かった。東京湾口道路、伊勢湾口道路、紀淡連絡道路、豊予海峡道路など第五次全国総合開発計画にある6つもの巨大な橋は本当に必要なのか、日本の美しい景観と健康的な環境を維持することの方が大切ではないのか、という問いかけである。誰にもコントロールできない巨大官庁が、巨大事業をどんどん推進するのではないかという恐怖心もある。自民党を代表して出席した小杉政調会長代理は、「地方へ行くと、仕事がない、仕事をくれ、金が欲しいと陳情を受ける。地方にもっと公共事業を、と言われる」と応戦に努めていた。
私も、公共事業が要らないとは思わない。しかし、国会議員に「仕事をくれ、金が欲しいと陳情」すると、公共投資が来るという現在の仕組み自体に根本的な問題があるのだと述べた。
具体的に言えば、中央省庁が自分の所管する道路、港湾、下水道、橋などについて7ヶ年計画など長期計画を作成し、それに合ったプロジェクトを持ってきた地方公共団体に補助金を交付するという仕組みである。これでは、@陳情に政治家が介入して政官業の癒着と成功報酬としての政治献金が増え、A中央と地方の折衝に伴う行政経費が嵩み、あげくの果てにB地方の実情とは無関係に公共投資が全国に配分され、C地方の土建業者と建設労働者を救済するバラマキ投資になってしまう。
要するに公共投資の配分が歪み、また無駄な経費が増えるのである。巨大官庁である国土交通省の誕生を参加者が恐れているのは、@〜Cの問題を持った巨大なマシーンが誕生し、住民の意向を無視してばく進し始めるからである。国土交通省に限らず、今回の中央省庁等改革基本法の最大の問題点は、地方分権や規制緩和によって地方と民間に対する中央省庁の過剰介入を無くし、中央省庁を簡素で効率的な姿にする、という行政改革の視点がまったく欠けていることである。在るのは、仕事の中味をそのままにした中央省庁の再編=看板の架け変えにすぎない。
本来であれば、中央省庁が決める公共事業は情報通信、交通の幹線網など国家的プロジェクトに限定し、地方の公共事業を制約する長期計画は廃止すべきである。その上で、補助金を一括して地方公共団体に交付し、どこに投資するかは地方にゆだねるべきである。
そうすれば、第一に地方住民が真に必要としている社会資本に投資され、公共事業の配分が効率的になる。第二に、地方公共団体と中央省庁の折衝に要する書類・図面等の作成費、交通通信費、官官接待費など少なくとも公共事業予算の一割が削減される。第三に、国会議員等が選挙区の地方公共団体と中央省庁の間を族議員として取り持ち、成功報酬として政治資金や票を集めることが出来なくなる。
これで経済、行政、財政、政治の四大構造改革が進むであろう。