総合経済対策に市場が反応しない訳 (『金融財政』1998.4.23)

事業規模16兆円と称する総合経済対策が発表になったが、市場の反応はすこぶる冴えない。前日の橋本総理辞任の噂で上昇した株価と円相場は、橋本総理が記者会見でこの対策を発表したあとは逆に下落した。
市場は、橋本総理が財政再建最優先から経済再建最優先に、抜本的政策転換を行なうと期待していたのであろう。ところが総理は、財政再建の基本路線を維持したまま、「緊急避難」として財政構造改革法に弾力条項を入れたいと述べた。つまり毎年赤字国債の発行額を縮減せよとしている同法第四条を一時的に停止し、赤字国債の発行を増加して本年度の補正予算を組み、景気を刺激したいと言うのである。
「緊急避難」という言葉は、「難」を一時的に避けるため、本来あるべき「正しい道」から緊急に外れることである。しかし市場は、橋本政権の財政再建最優先路線を「正しい道」とは見ていないし、当面の経済危機は避けるべき「難」ではなく、財政再建最優先の路線(9兆円の国民負担増加を含む97年度の超デフレ予算、財革法の成立、これに基づく98年度の一般歳出削減予算)そのものが生み出した当然の帰結とみているのではないか。従って緊急避難ではなく、難そのものを生み出した路線から転換しない限り、評価しないであろう。
この市場の反応は正しいと思う。財革法によれば、97年度の超デフレ予算に続き、98年度から3年間を集中改革期間として、毎年一般歳出を削減し、赤字国債発行額を縮減することになっている。しかしこの3年間に集中的に改革すべき対象は、財政ではなく日本経済そのものである。つまり財政再建の集中期間ではなく、経済再建の集中期間とすべきなのである。
具体的には、10兆円の所得課税・法人課税の恒久減税によって国民の「やる気」を起こし、規制緩和の徹底によってビジネス・チャンスを広げ、更に不良債権を不動産再評価益との損益通算(無税とする)で一気に償却するなどにより、日本経済を実力相応の民需主導型の安定成長軌道に戻すことである。減税に伴って財政赤字が一時的に拡大することは許容すべきだ。
その上で、次の21世紀初頭の3年間に各種の構造改革を完結させる。税の自然増収と行政改革による歳出削減で、一時的に拡大した財政赤字は縮小に向かい、財政再建が実現する。
このような二段階アプローチを発表して財革法を廃止すれば、市場は歓迎し、株価も円相場も上昇するのではないか。
16兆円と称する総合経済対策の内容は、これから具体的に詰めるところが多いので評価しにくい面もあるが、橋本総理の記者会見や国会での発言から判断する限り、加速する現在の景気後退を逆転させ、実力相応の中期的持続的な成長軌道に戻す力はない。
まず2兆円の戻し税方式による特別所得減税を98年と99年にも続けるとして、4兆円減税と述べている。しかしこれは、特別所得減税の打ち切りによる2兆円「増税」を99年までやらないというだけで、新たな「減税」ではない。従って総需要の拡大効果もない。その上、2000年以降は打ち切りで「増税」になるのであるから、それに備えて貯蓄に回る部分が多く、乗数効果は低いであろう。
また7〜8兆円の公共投資のうち、情報通信など新社会資本への投資は、いくら集めてもせいぜい1兆円程度だ。あとは旧来型の箱物投資で単価は高く、無駄も多いので、一時的な地域失業対策程度の意味しかない。