抜本的な景気対策こそ金融安定化対策 (『金融財政』1998.1.29)

日本経済は景気後退と金融危機の悪循環に陥ってしまった。景気後退が株安、円 安を生み、それが銀行の自己資本比率を低下させ、貸し渋りを引き起こし、景気を一層悪化させている。
これに対して政府は、2兆円の特別所得減税復活と30兆円の金融安定化対策を打出した。金額が桁違いであることから分かるように、不況対策よりも金融危機 対策の方に片寄ったパッケージである。その背景には、財政構造改革法に触れない配慮のほか、金融が安定化すれば景気が回復するという認識もあるようだ。つまり不況と金融危機の悪循環の中で、金融危機の方が基本的原因であると考えている訳だ。
しかしこの認識は間違っている。景気後退の原因は、銀行の貸し渋り以外にも沢山ある。第一は9兆円の国民負担増加と公共投資の削減を含む97年度デフレ予算により、実質可処分所得の伸びが止まってしまったことだ。第二は予想外の需要減退で発生した過剰在庫を減らすため、生産調整が進行し、時間外手当やボーナスの減少、失業の増加などで所得と消費が減り、それが更に生産調整を促すという自律的な景気後退のメカニズムが始っていることだ。設備投資の先行指標である機械受注の伸びも頭を打った。
このように、銀行の貸し渋り以外の不況要因が少なくとも2つあるので、仮に金融危機の進行を止めることが出来ても景気は回復しないだろう。その上、30兆 円の金融安定化対策自体にも問題があり、これで金融危機が解決するとは思えない。
まず預金等の全額保証に必要な預金保険機構の資金不足に備え、17兆円を用意 したのはよいが、これは金融機関が破綻した後の事後処理である。これで金融機関の破綻がなくなるわけではない。
次に13兆円の資本注入は問題が多い。優良行は市場調達、低価法から原価法へ のシフト、土地再評価など自主的な経常努力で8%以上の自己資本比率を実現できるので、公的経営介入を招く公的資本注入を逃げたがっている。他方不良行 は、公的資本注入を受けることで問題行のレッテルをはられることを恐れ、やはり断りたいのが本音である。 そこで大蔵省は、優良行を口説き落として公的資本注入を受入れさせ、不良行に追随させようとしている。これは密室裁量型の介入行政、護送船団方式への逆戻りである。その上、自主的経常努力で8%をクリアした銀行や外国銀行との間に 不公平を発生させ、また受入行にはモラルハザードが生まれる。
政府の認識とは違って、実は不況こそが金融危機の原因である。金融危機を押さえても不況は直らないが、不況を直せば金融危機は解消に向う。何故なら、景気 が回復すれば株高、円高となり、自己資本比率が上昇して資本注入と同じ効果が出るからである。 筆者が97年9月の決算速報から試算したところによれば、日経平均株価が千円 上がれば大銀行で2.4兆円、預金取扱金融機関全体で約3.4兆円の含み益が出る。従って、96年6月の2万2千円台まで6千円株価が回復するだけで、1 4兆円ないし20兆円の資本注入と同じ効果が出て、自己資本比率は1.8%上がる。その時20円の円高になっていれば、自己資本比率は更に0.4%上がる。
景気対策こそが、裁量行政に逆戻りすることなく金融安定化を実現する決め手にほかならない。しかし残念ながら、2兆円の特別減税復活のみでは、too little, too lateである。