アジアの金融不安 (『金融財政』1997.9.4)

毎年八月末に米国ワイオミング州のジャクソン・ホールで開かれるカンサス・シティ連銀のシンポジウムは、「グローバル化した経済における金融の安定性持続」を今年のテーマに選んだ。グリーンスパン準備制度理事会議長、ジョージ英蘭銀行総裁、クロケットBIS総支配人などの現役と、コリガン前ニューヨーク連銀総裁などのOB、フェルドスタイン、フィッシャーなどの学者も混じって、今年も活発な議論が期待される。
私も毎年日銀OBとして招待されているが、今年はスェーデンとアルゼンチンの中央銀行総裁と並んで、三人でパネル討論を行なうことになった。テーマは「最近の金融危機から学ぶべき教訓」である。私には日本の金融不安と東南アジアの通貨危機について話してくれという注文である。胸を張って話せるような明るい話題ではないので残念であるが、致し方ない。
日本については、金融システムないしは金融・資本市場の効率性と安定性のジレンマについて話してみようと思う。世界に占める日本の為替取引や株式・債券取引のシェア低下や、日本の金融機関の格付低下にみられるように、日本の市場や金融機関の効率性は相対的に低下している。これに対する対策が外為法改正、金融商品開発や業務兼営の規制緩和などの日本版ビッグバンである。しかし、不良債権処理が遅れている現状では、あまり急ぐと優勝劣敗に伴なう金融機関の破綻でシステムや市場の安定性が損なわれる恐れがある。だからと言ってゆっくりしていると、国際的なシステム間競争、市場間競争でますます遅れをとり、金融空洞化が進む。
対策は、一方で規制緩和と税制の国際標準化を急ぎ、日本の金融機関が負っているハンディキャップを除いて効率性を高め、他方で個別金融機関の破綻がシステムや市場全体の動揺を招かないように安全ネットを強化し、また痛みを吸収できるようなマクロ経済の回復を図ることだと述べようと思う。本音では、両方の政策について、政府の取組みが不十分なのが心配で仕方ないのだが、そこまでは言うまいと思う。
通貨危機に見舞われた東南アジア経済については、共通する背景として、@経常収支の赤字を抱える高度成長経済で、投資資金の調達と経常赤字のファイナンスのため、外資導入を促進する必要があり、国際資本取引の自由化を早くから進めていたこと、Aそれにも拘らず為替相場をフロートせず、バスケット方式と称しながら事実上ドルにペッグしていたこと、Bその結果、実質為替レートはインフレ率の低い米ドルに対して切上り、その米ドルに対して安くなった円に対しては更に切上ったこと、Cこの傾向の中で為替リスクが低下し、巨額の外資が米国や日本から流入してマネタリー・コントロールを喪失し、バブルの発生と経常赤字の一層の拡大を伴なうブームが起こり、D遂に通貨の売投機に襲われたことを指摘しようと思う。@〜Cの条件が一番強いのがタイ・バーツであり、続いてマレーシャ・リンギ、インドネシア・ルピアという順であろう。他の東南アジア通貨も、@〜Cの条件次第で多かれ少なかれフロート・ダウンしている。
日本と東南アジアでは、話が違うので、共通の教訓はあまりないが、強いて言えば、部分的な規制を残した自由化は、システムや市場の不安定化や、効率性と安定性のジレンマを招くということであろうか。