財政構造改革は失敗する (『金融財政』1997.7.17)

政府は、秋の臨時国会に提出する「財政構造改革案」の骨子を発表した。大和総研は、そこに示された財政支出の削減計画を前提に、日本経済の中期予測を行って発表した。これを伝えた日本経済新聞は、財政構造改革のデフレ効果はあまり大きくないと報じていたが、筆者はまったく逆の印象を受けた。大和総研の推計通りであれば、日本経済は2つの点で大きな困難に直面するだろう。
第一に、失業率が現状の3.4%から毎年上昇を続け、目標年次の2003年(財政赤字対GDP比率3%以下)には4.0%に達する。高齢者や若年者の失業率は、6〜8%に達するのではないか。それが日本の社会に様々の問題を引き起こすであろう事は、容易に想像がつく。
第二に、経常収支黒字対GDP比率は、96年度の1.4%から97〜2001年度には2%台に跳ね上がる(最高は98年度の2.5%)。既に米国政府は、クリントン大統領の橋本首相宛親書や、サミットの際の日米首脳会談などで、外需依存型の景気回復に懸念を表明し、内需拡大を求めている。橋本首相を始め日本政府の関係者は、4〜6月の経常収支の黒字拡大は、消費税率引き上げ後の内需反動減による一時的な動きだと説明しているようだ。しかし大和総研の推計では、9兆円の国民負担増加と公共投資の2.5%減の結果、97年度の内需は停滞し、経常収支黒字対GDP比率は2.3%に急上昇する。
もしそうならば、米国の対日不信感は募り、来年にかけて日米経済摩擦が激化することとなろう。過去の経験によれば、経常黒字の対GDP比率が2%を上回ると日米摩擦は深刻化したので、摩擦は2001年まで続き、、日米経済関係が悪化する可能性が高い。その結果、為替相場は円高に動き、対外黒字の拡大に歯止めがかかるとしても、日本経済に対するデフレ効果は大和総研の推計以上に強まり、税収が落込んで、計画通りには財政赤字削減の目標が達成されなくなるのではないだろうか。
以上の雇用悪化と日米摩擦という2つの問題点は、97年度以降7年間の平均成長率が2%にとどまることによって起こっている。 2%という平均成長率は、92年度以降の平均1.4%という低成長で日本の経営者が先行きに自信を失い、いわゆる「ヒステリシス(履歴)効果」で設備投資の伸びを抑える結果、設備制約から決まる潜在成長率が低下したことに見合っている。しかし、雇用制約から決まる潜在成長率は、高齢化や労働時間短縮を考えても3%程度はあるので、失業率が上昇してしまう。また2%成長に見合う民間設備投資の伸びは低いので、貯蓄・投資のバランス上、経常収支の黒字は拡大せざるを得ないのである。
まず日本経済を労働制約から決まる潜在成長経路に引き上げ、税収と対外黒字を正常水準に戻し、それを前提に財政赤字を削減するという考え方が財政構造改革の戦略の中に無いのが致命傷である。税収の長期所得弾性値は76〜85年の10年間は1.1であったが、バブル経済とその崩壊を含む86〜95年は0.9である。バブル期に異常に上昇した弾性値以上にバブル崩壊後の弾性値低下が大きいからだ。現在の税収は、1.1の弾性値を前提にすると19兆円も低い。5兆円程度の法人税減税を実施しても、それで経済が潜在成長軌道に戻れば、財源は簡単に回収できるだろう。