格差拡大と生活リスク増大に対し原理・原則をふまえた体系的批判をせよ(H18.2.14)
─民主党は規制再強化に走ってはならない─
【戦後15年間日本の社会的格差は大きかった】
昭和30年代中頃迄の日本社会では、大企業と中小企業の賃金格差、都市上層と下層の所得格差、都会と地方の所得格差が大きく、いわゆる二重構造となっていた。これは都市下層と農村に潜在的失業者が大量に存在し、中小企業の賃金、都市下層や農村の所得を下に引っ張っていたからだ。
しかし、昭和30年代から始まった高度成長で潜在的失業者が吸収され、30年代後半から人手不足に変わってくると、この賃金格差や所得格差は急速に縮み始めた。その過程では、中小企業、都市下層、農村の賃金・所得の上昇率の方が、大企業、都市上層、都会の所得の上昇率を上回った。
その結果、大企業や都会で主として生産される工業品の価格よりも、中小企業、都市下層、農村で主として供給されるサービスや農産物の価格の方が上昇率が高くなった。この価格体系の変化が、卸売物価安定の反面消費者物価が5〜6%も上昇するという高度成長後半に独特の物価現象を生んだのである。
【最近10年間ほど日本の社会的格差は再び拡大している】
高度成長が終わって先進国に仲間入りした頃から、日本は国際的に見て社会的格差の小さい国になった。前記の二重構造の解消に加えて、補助金、交付金を通じて財政資金が地方にバラ撒かれたからである。1億総中産階級とか、国民の殆どが中流意識を持つと言われた時代だ。社会は比較的安定し、世界的に見て最も安全な街であった。
ところが、バブル崩壊後の10年以上の経済停滞を経て、いま日本で社会的格差が再拡大し始め、自殺者が増え、凶悪犯罪が多発し始めた。政府は少子高齢化の影響で所得格差が拡大しているように見えるだけだと強弁しているが、年齢階層別にジニ係数を調べると、1997年以降はどの年齢階層でもジニ係数が上昇している。また大企業と中小企業の賃金格差、大都会と地方の所得格差も拡大している。
実証的に見て、日本で再び社会的格差が拡大し始めたのは明らかだ。現在、消費者物価は安定、企業物価は上昇とちょうど高度成長期とは逆になっているのも、一つには賃金格差が現在は拡大、高度成長期は縮小しているからだ。
【4点セットをバラバラに攻撃するだけでは限界がある】
これからの政治課題は、社会保障改革にせよ、租税改革にせよ、格差拡大対策を一つの切り口にすべきである。とくに、格差拡大を認めたがらない政府・自民党に対して、最大野党の民主党は、はっきり格差拡大という現実をふまえて改革の対案を出すべきであろう。
民主党は現在開かれている通常国会を、国民の安全・安心を確保するための国会と位置付けている。その上で、いわゆる「4点セット」(ライブドア・耐震偽装・輸入牛肉・防衛施設庁談合)を、国民の安全・安心を守る立場から批判している。最近小泉内閣の支持率が下がり始めたところを見ると、一定の政治的成果を挙げているのかも知れない。
しかし、この4点セットをバラバラに攻撃しているだけでは、敵失に乗じた批判で一定の成果はあっても、自民党ではなくて民主党に任せようという国民の本当の支持は生まれてこないのではないか。
【格差拡大と安全・安心を一体としてとらえよ】
民主党の政策の方がよいと国民に思ってもらう為には、格差拡大の切り口から国民の安心・安全の問題を整理し、全体を総合的に解決する政策戦略を示さなければならない。いまの民主党に欠けているのは、原理・原則に立った戦略的発想に基づいて、自民党を批判し、対策を出す態度である。
社会的格差拡大の問題は、実は、国民の安全・安心を脅かす根本的問題である。両者は一体として取り上げなければならない。格差拡大は国民の生活上の安全・安心を根本から脅かしているからだ。分かりやすい例を挙げれば、若年層のフリーターやニートの増加は社会的格差の拡大を示しているが、将来は無年金層の増加という社会的リスクに転化してくる。これに対応した年金制度をどうしたらよいのか、今から考えなければならない。
【規制緩和の行き過ぎが原因ではない】
所得面に直接関係のない生活上のリスクも沢山ある。耐震設計偽装、鉄道・航空事故多発、アスベスト被害、暖房器具欠陥、輸入牛肉問題などすべて生活上のリスクである。ライブドア問題も、ライブドア株を売却する機会もないままに暴落したという意味で、国民の資産を脅かすリスクである。
社会的格差拡大や生活上のリスク増大は、規制緩和の行き過ぎによるものだという考え方がある。規制緩和で競争が激しくなるので勝者と敗者の格差が拡大するのであり、規制緩和で企業が好き勝手な金儲けをするから国民生活上のリスクが高まるのだ、という説である。
この考え方に立てば、ライブドア問題の解決策は株式分割を禁止することであり(前原代表は一時これを主張した)、耐震設計偽装、鉄道・航空事故、アスベスト被害、暖房器具欠陥などの対策は、政府の業界指導を強化し、場合によっては国営・公営事業を増やそうという政策につながっていく。これは民間より政府の方が賢く、民営より国・公営の方が安心できるという思想だ。
【「市場の失敗」に対する政策が国民の安全・安心を守る】
しかし、これでは細川内閣の経済改革研究会(平岩研)以来、新進党、自由党、民主党に受け継がれ、最近ではうわべだけ小泉内閣がパクッた規制緩和の政策思想に対する逆行である。
政府主導から民間自立へ、中央支配から地方主権へという規制緩和の政策思想は、現場に近い民間や地方の方が政府や中央よりも実状をよく知っており、国民のニーズに応えられるという判断に立っている。政府主導や中央支配のシステムがかつてうまく機能したのは、先進国に追い付く過程で政府や中央の方が先進国の事情をよく知っていたからである。追い付いた今は民間や地方の方が国民のニーズをよく知っているので、効率的に対応できる。
この規制緩和の政策思想は、もともと競争万能主義ではない。「市場の失敗」が起きることを承知しているからだ。「市場の失敗」とは、所得や資産の格差拡大、景気の変動、失業の発生、雇用差別、環境破壊、地域格差拡大、不正取引などだ。従って規制緩和による競争促進政策は、必ずもう一方の側に、社会保障や租税による所得再分配政策、環境維持・公害防止の対策、景気変動平準化の政策と失業対策、雇用差別を防ぐ労働政策、不正取引を防ぐ監視体制と罰則などを用意していなければならない。
「市場の失敗」を防ぐこれらの政策は、民間には出来ないことであり、従ってこれらの強化は規制緩和の逆行ではない。通常国会における民主党の批判は、このような政策思想をふまえた体系的なものであって欲しい。間違っても旧社会党や共産党と同じような規制再強化を口にしないで欲しい。