2008年8月版
物価の騰勢が強まる中で内外需が揃って減少傾向―日本経済はスタグフレーションに向かうか
【消費者物価の騰勢が強まり4〜6月期はマイナス成長の可能性】
日本経済がスタグフレーション(インフレと景気後退の同時進行)に向かうリスクが強まってきた。
全国消費者物価は、5月(総合で前年比+1.3%、除く生鮮食品で同+1.5%の上昇)に引き続き、6月も総合で同+2.0%、除く生鮮食品で同+1.9%と大幅な上昇を続け、騰勢は月を追って高まっている。国内企業物価の前年比上昇幅は更に急激に拡大し、6月は同+5.6%の大幅上昇となった。これがタイム・ラグを経て今後の消費者物価の一層の騰勢に波及し、日本銀行の「物価安定の理解(0〜2%の前年比上昇)」の上限を突破する可能性が出てきた。
他方、景気は世界経済の成長減速に伴う輸出の増勢鈍化に加え、実質消費と住宅投資が減少し始めたため、4〜6月期にマイナス成長となった蓋然性が高い。7〜9月期に消費者物価の騰勢が更に高まり、ナイマス成長が続くと、これはもうスタグフレーションの始まりである。
【鉱工業生産、出荷は3四半期連続して低下か】
直近の景気指標を順次見て行こう。
6月の鉱工業生産は前月比−2.0%、出荷は同−3.0%と共に減少した。在庫率は同+3.8%とやや大きく上昇し、5年振りの高水準となった昨年8月の水準に並んだ(図表1)。
4〜6月期の平均を見ても、生産は前期比−0.7%、出荷は同−0.9%と共に2四半期連続の低下となった。先行きの予測指数も、7月は前月比−0.2%、8月は同−0.6%と6月から3か月連続して減少する形となっており、7〜8月平均の4〜6月平均比は−1.0%の減少である。生産、出荷は3四半期連続して低下する可能性が出てきた。
図表1を見ると、生産は昨年10月から本年2月まで上昇傾向が頭を打って横這いとなったあと、本年3月から8月まで緩やかな低下傾向に転じていることが分かる。この傾向をリードしている業種は、乗用車、一般機械、情報通信機械、電子部品・デバイスなどわが国製造業を代表する輸出産業である。
【就業者の減少、失業者の増加がジリジリ進行】
6月の就業者数は、前年同月比−40万人(−0.6%)、季調済み前月比−13万人(−0.2%)の夫々減少となり、完全失業者数は前年同月比+24万人(+10.0%)、季調済み前月比+7万人(+2.6%)の夫々増加となった。この結果、完全失業率は4.1%と前月比+0.1%ポイント、1〜3月平均比+0.3%ポイント上昇した(図表2)。
就業者数を業種別に見ると、前年同月比で増加しているのは、医療・福祉(+28万人)とサービス業(+13万人)の2業種のみで、あとの業種は製造業(−24万人)をはじめ、軒並み減少している。
就業者を形態別に見ると、前年同月比で大きく減少しているのは自営業主(−20万人)と家族従業員(−26万人)で、雇用者は前年と同水準であった。しかし、図表2を見れば明らかなように、雇用者数の前年比は昨年中は+1%前後の増加であったものが、本年に入って急速に上昇幅が縮小し、0%になったことが分かる。今後就業者ベースのみならず、雇用者ベースでも、前年比がマイナスとなる蓋然性は高い。
【賃金と可処分所得は実質ベースで大きく前年割れ】
6月の現金給与総額(全産業)は、前年比−0.6%の減少となり、4〜6月平均では同+0.2%の微増となった(図表2)。賞与(特別に支払われた給与)が前年を下回っているためで、定例給与(きまって支給する給与)は前年を僅かに上回っている。
しかし、全国消費者物価(除く生鮮食品)が6月に前年比+1.9%、4〜6月平均で+1.5%上昇していることを差し引くと、実質賃金は6月−2.5%、4〜6月−1.3%の前年割れである。
家計統計ではもっと深刻である。4〜6月の可処分所得(勤労者世帯)は前年比−1.9%の減少となったが(図表2)、実質ベースでは−3.4%と更に大きな前年比減少幅となる。
【消費者のコンフィデンスは悪化し実質消費も住宅投資もマイナス】
雇用情勢の悪化と実質賃金・実質所得の減少によって、消費者のコンフィデンスは大きく弱気化している。内閣府調べの「消費者態度指数」は、このところ急低下し、6月と4〜6月平均は共に33.6と統計開始以来のボトムである01〜02年頃の水準に迄下った。
このような消費マインドの弱気化と、現実の雇用・実質所得の悪化を反映して、4〜6月期の実質家計消費はGDPベースで前期比減少に転じたと見られる。
家計統計の消費支出(全世帯)は、名目値でみると、6月の前年比が+0.6%の増加、4〜6月の前年比が−1.0%の減少となったが(図表2)、実質値では6月が−1.8%、4〜6月が−2.5%といずれもかなりのマイナスである。
販売統計でも、小売業販売額の前年比が6月は+0.3%、4〜6月は+0.2%となったが、食料品を中心とする物価上昇を考慮すれば、実質値はかなりのマイナスである。
雇用・所得の悪化に伴う消費者コンフィデンスの低下は、住宅投資にも反映されている。建築基準法改正に伴う住宅着工の遅れは既に一巡したが、4〜6月期の新設住宅着工戸数は前年比−10.4%と1〜3月期(同−6.5%)に比して再び落ち込み幅を拡大した(図表2)。GDP統計で1〜3月期に5四半期振りの前期比プラスとなった住宅投資は、4〜6月期以降、再び低下して行く可能性が高い。
【設備投資は強含み横這い圏内の動き】
家計消費と住宅投資が弱く、加えて公共投資も公共工事請負額の減少傾向(図表2)から判断して引き続き低下して行くと見られるため、国内需要で唯一景気を下支える可能性があるのは、設備投資である。
足許の設備投資と輸出の一部を反映する一般資本財出荷は、4〜6月期に前期比−1.4%と3四半期連続の前期比減少となり、6月の前年比マイナス幅は、−7.6%まで拡大した(図表2)。しかし、GDP統計の設備投資は昨年10〜12月期に前期比+0.2%の増加、本年1〜3月期に同0.0%となっており、一般資本財出荷より伸び率が高いので(図表3)、一般資本財出荷の落ち込みはかなりの程度輸出の減少を反映しているものと思われる。
6月調査の「日銀短観」では、本年度の設備投資計画(全産業+金融機関、ソフトウェアを含み土地投資を除く)が前年度比+3.6%増と前年度の前々年度比(+2.7%増)をやや上回る伸びとなっている。
また機械に対する設備投資の先行指標である機械受注(民需、除く船舶・電力)は、1〜3月期に前期比+2.2%の増加となったあと、4〜5月平均は1〜3月平均比−0.1%とほぼ横這いになっている。
今後、景気後退の懸念が強まると、設備投資計画の下方修正が起きる可能性もあり得るが、現在のところ、設備投資が減少に転じたと見る根拠はない。GDP統計の設備投資(2次速報)の基礎となる4〜6月期の「法人企業統計」の発表が待たれる。
【4〜6月期は外需もマイナスの可能性】
最後に外需の動向を見ると、通関統計から日本銀行が推計した4〜6月の実質輸出は前期比−3.2%の減少、実質輸入は同−2.3%の減少となり、GDP統計の純輸出に対応する実質貿易収支は、前期比−5.4%と久方振りの悪化となった。
4〜6月期は、外需も成長に対してマイナスの寄与を示す可能性が出てきた。これは05年7〜9月期以来11四半期振りのこととなる。
輸出の前年比落ち込みは、対米が最も大きく、対EUも微減した。他方、東南アジア、中近東、中国向けは引き続き伸びている。
【4〜6月期のマイナス成長は輸出最優先の政策運営の咎め】
以上のように、4〜6月期はGDPの主要項目のうち、家計消費と純輸出が減少する可能性が高く、他方で設備投資は大きく伸びないと見られるので、全体として4四半期振りのマイナス成長となる蓋然性が高い(図表3)。
日本経済が極端に輸出に偏った成長を続けてきたため、世界経済の成長減速の影響を強く受けていること、食料品の自給率が低く、資源が乏しい日本経済は、世界の食料品、エネルギー、資源の市況高騰によって国内物価が影響を受け易いこと、などが物価上昇と景気後退の同時進行のリスクを高めている。
しかし、原因はそれだけではない。国内需要、とくに国民生活向上を主眼とする経済政策が採られず、家計に不利、企業に有利な@超低金利、A円安、Bインフレよりデフレを心配する姿勢、が続いてきた咎めが出ているとも言えよう。@金利水準の正常化を急ぎ、A行き過ぎた円安の修正を進め、Bデフレ対策からインフレ対策への転換を05年頃から徐々に進めていれば、世界の成長減速と国際商品市場高騰の影響が、もっと小さくて済んだ筈である。