2004年10月版

─ 一本調子の景気回復に陰りが出て来た ─

【生産の回復傾向が止まってきた】
   生産の頭打ち傾向がはっきりして来た。8月の鉱工業生産の実績は、前月比+0.3%増と予測指数の同+1.5%増を大きく下回り、9月と10月の予測指数は夫々同+1.3%増、−0.5%減にとどまっている。このため、図表1を見れば明らかなように、生産は本年4月以降ほぼ横這い傾向にあり、8月の水準(101.0)は本年1月の水準(101.0)と並び、4月(101.2)と5月(102.0)の水準を僅かに下回っている。
   9月の実績が予測通りになったとしても、7〜9月期の平均は前期比横這いであり、実績が予測を下回る最近の傾向から判断すると、前期比マイナスとなる公算が高い。もしそうなると、昨年4〜6月期以来5四半期振りの前期比減少となる。
   先行きについても、10月の予測指数は、7〜9月期平均(9月は予測指数)に比して、−0.5%の減少であり、7〜9月期の減少が一時的ではない可能性を示唆している。

【電子部品・デバイスの過剰から在庫率が上昇】
   もう一つ気になるのは、出荷と在庫の動きである。8月の鉱工業出荷は前月比−2.1%とやや大きく減少し、図表1に明らかなように、本年5月をピークに出荷は低下傾向を示している。
   反面、8月の鉱工業在庫は前月比+2.0%とかなりの増加となった。このため、図表1を見れば明らかなように、8月の在庫率の水準は昨年11月以来の高水準に達している。
   業種別に見ると、電子部品・デバイスの在庫率が前年比+59.4%と6割増しになっているのが著しく目立つ。この8月の在庫率指数の水準(130.4)は、世界的なIT関連部品の供給過剰で在庫調整が進んでいたIT不況時代の2001年の平均水準(156.8)よりは、まだ2割ほど低いが、在庫調整が進んで来た2002年の平均水準(106.8)よりは2割以上高い。いわば在庫調整前夜の様相を呈している。
   家電、ゲーム機、パソコンに使う半導体集積回路などの在庫が増えているようであり、このまま行けば景気回復をけん引してきたIT関連部門で、調整が起きる可能性がある。

【7〜9月期の実質貿易収支は5四半期振りに悪化する可能性】
   このような生産、出荷、在庫の動向を反映して、景気動向指数も、8月の一致指数が16ヶ月振りに50%ラインを割込む可能性が高まっている。勿論、これを景気後退の始まりと見るのは早計であるが、一本調子の回復に陰りが出てきたことは間違いない。
   需要動向を見ると、景気回復を主導する輸出と設備投資のうち、輸出にやや変調が見られる。
   日本銀行が発表している実質輸出入の動向を見ると、7〜8月平均の4〜6月平均比で見て、実質輸出は+0.6%増と1〜3月期(前期比+4.1%)、4〜6月期(同+3.2%)に比して増加テンポが大きく鈍化している。これに対し、7〜8月平均の実質輸入は4〜6月平均比+1.8%増と4〜6月期(同+1.5%)の増加テンポを上回っており、ほぼ1〜3月期(同+2.6%)並みのテンポに戻りそうである。
   その結果、7〜8月平均の実質貿易収支は4〜6月平均に比して−3.2%と悪化しており、7〜9月期は5四半期振りに実質貿易収支が前期比悪化する可能性が出て来た。米国と中国において、高過ぎる成長率が巡航速度に向かって調整されつつあることが、大きな背景であろう。

【設備投資は足許で確りしているが先行きに不安】
   他方、設備投資の方は、一般資本財出荷の動向を見る限り、変調は見られない。7〜8月の平均は4〜6月平均比+3.0%(四半期換算+4.5%)の増加と1〜3月期(前期比+3.4%)、4〜6月期(同+5.6%)並みの増勢を続けている。
   しかし先行きについては、設備投資にも懸念がある。7月の機械受注(民需、除船舶・電力)が前月比−11.3%と急減し、前年比で+0.3%まで落込んだ(図表2参照)。9月調査の「日銀短観」を見ても、全規模全産業の本年度設備投資計画(前年比+3.5%増)は、上期の前年比+8.4%増から下期は−0.8%減と失速する形となっている。
   また同じ「日銀短観」の大企業製造業の「生産・営業用設備判断」DIは、02年3月調査以来一貫して「過剰」超幅を縮小して来たが、9月調査では先行きについて約2年振りに「過剰」超幅が再拡大する予想となっている。輸出関連の多い大企業製造業の本年度設備投資計画は、前年比+20.7%の大幅増加となっているが、その結果、さすがに設備能力が過剰気味になるようだ。と言うことは、来年度の設備投資の伸びは、輸出関連の大企業製造業で大きく鈍化する可能性が高いという事である。

【遅行指標の雇用にようやく回復の兆】
   これ迄景気回復をけん引してまた輸出と設備投資の先行きに不安が出てきた現状では、今後の景気を支えることの出来る需要項目は、個人消費だけという事になる。
   まず個人所得の動向を見ると、賃金水準は相変わらず減少しているが、雇用にはようやく回復の兆が出て来た。常用雇用者数の前年比は、4〜6月期に+0.4%と7年振りにプラスに転じたが、7月と8月も、夫々+0.5%、+0.6%と増加を続けている。8月の完全失業率は、4.8%と0.1%ポイント改善した(図表2参照)。
   また9月の「日銀短観」でも、雇用者数(全規模全産業)の前年比が、+0.4%と初めてはっきりしたプラスに転じた。「雇用人員判断」DI(全規模全産業)も、−1%ポイントと僅かではあるが、98年以来、10数年振りの「不足」超となった。

【賃金水準は正社員からパートへのシフトで引続き減少傾向】
   このように、景気の遅行指標である雇用が、ようやく減少から増加の転換点に達したことは明るい情報である。
   しかし、8月の常用雇用者の前年比+0.6%増の内訳を見ると、一般労働者が−0.1%と引続き減少しているのに対して、パートタイム労働者が+3.7%増となり、全体をプラスに押上げている。社会保険料負担が発生しないうえ、賃金水準の低い非正社員(パートタイマー、派遣社員など)に雇用をシフトする傾向が続いている。
   その結果、賃金総額の前年比は、8月も−0.2%と減少傾向を改めていない。時間外労働の増加(8月の前年比は+2.1%、図表2参照)を反映して、所定外給与は8月も前年比+3.4%増となっているが、所定内給与や特別給与の減少によって、給与全体はマイナスとなったままである。
   このため、8月の勤労者世帯の可処分所得は前年比−1.4%減となり、消費水準(図表2参照)の前年比は、−0.2%となった。

【個人消費が冴えないこともあり7〜9月期の成長率は低い】
   販売統計を見ても、8月の小売販売額(百貨店、スーパー、コンビニの合計)の前年比は、−1.8%と減少した。猛暑効果は、7月(同+1.0%)のみで、長続きしなかったようだ。ただ、乗用車新車登録台数の前年比(図表2参照)は、8月+4.2%増、9月+2.2%増と、新車効果もあって4〜6月(同−3.3%減)の不調から一転して伸びている。
   鉱工業出荷から見ると、8月の前月比は、耐久消費財が−5.9%減、非耐久消費財が−3.1%減と、いずれも減少している。7〜8月平均の4〜6月平均比を見ても、耐久消費財が−2.2%減、非耐久消費財が+0.8%増と、「物」の消費は冴えない。
   以上を総括すると、9月の情報がほとんど得られないのでまだ断定は出来ないが、7〜9月期は大きく増加して来た純輸出(図表3参照)の成長寄与度が落ち、個人消費も4〜6月期(図表3参照)よりは勢いがなくなる可能性があるので、設備投資が増勢を維持しても、成長率は4〜6月期(年率1.3%)を更に下回るかも知れない。
   但し、過剰在庫の発生で在庫投資が予想外に増えると、4〜6月期並みの成長となる可能性もある。