2004年6月版
─ 景気回復の行く手に長期金利上昇の暗雲 ─
【トリプル安から1ヶ月経ったが株価と円相場の戻りは鈍い】
5月連休明けのトリプル安(株安、債券安、円安)から1ヶ月たった。1万1千円を割った日経平均株価は、1万1千円台に戻ったが、下落前の1万2千円台には乗らず、戻り足は鈍い。114円台へ下落した円相場も、110円前後には戻ったが、105円前後に居た1〜3月期に較べればまだ円安の状態だ。
トリプル安の引き金となったのは、米国景気の先行きが予想外に強く、米国金利の引上げが思っていたより早いという見通しが出て来たことだ。このため、資金が日本から米国へ逃げた。
しかし米国景気が強いこととそれに伴なう円安は、日本の輸出、ひいては景気にとっても好材料である。一旦逃げた資金は値下がりした日本株に向って再び戻り、株安と円安の修正が起きても不思議はない。それにも拘らず株価と円相場の戻り足が鈍いということは、米国経済の好転予想に較べると、日本経済の展望にはいま一つ確信が持てないためであろう。
【一段と進む債券安=長期金利上昇】
トリプル安の残る一つである債券安は、ますます進んでいる。新発長期国債の市場利回りは、5月連休前の1.4%台からトリプル安で1.5%台に上昇したが、6月に入って更に1.9%台まで上昇して来た。
主な背景は三つある。一つは、前述のように米国の政策金利の引上げ予想が強まり、つれて米国の長期市場金利が上昇しているため、国際的な金利裁定を通じ、日本の長期市場金利にも上昇圧力が加わっていることだ。
【国際商品市況高騰に伴ない国内デフレ収束の思惑が台頭】
二つ目は、国際商品市況の上昇である。中国経済のボトル・ネックに伴なう鉄鋼、非鉄、化学などの素原材料市況の上昇に加え、最近はイラク原油の産出不安などから原油市況が高騰している。このため、5月の企業物価指数は、輸入物価指数が前年比+6.5%の大幅上昇となり、これに伴ない本年1月までは前年比マイナスであった国内企業物価指数も、中間財の値上がり(前年比+2.2%)を中心に、前年比+1.1%の上昇となった。
消費者物価指数(除く生鮮食品)は、4月の全国が前年比−0.2%の下落、5月の東京が同−0.1%の下落とデフレ基調を脱していない。本年1〜3月期のGDPデフレーターも、前年同期比−2.6%と大幅なデフレ傾向を改めていない。
しかし、国内企業物価指数が上昇に転じたため、消費者物価やGDPデフレーターも、いずれは上昇に転じ、来年に向ってゼロ金利政策修正が視野に入ってくるのではないかという思惑が一部に出て来た。そのような日本国内のデフレ収束、ひいてはゼロ金利政策修正の予想が、日本の長期金利の上昇圧力を生んでいることは否定できない。
【名目成長率のプラス転換も長期金利高の原因】
長期金利上昇の三つ目の背景は、日本の景気回復である。年率換算成長率は、昨年10〜12月期の+7.3%に続いて、本年1〜3月期も+6.1%と極めて高く(図表1参照)、2003年度の平均成長率は+3.2%に達した。これは前々回景気回復期における1986年度の+3.6%には及ばないものの、前回景気回復期における2000年度の+3.0%を上回った。
また名目経済成長率も、デフレ下で実質経済成長率を下回ってはいるが、昨年10〜12月期は前期比年率+2.7%、本年1〜3月期は同+4.1%とかなり上昇してきた。
このように名目成長率が2四半期連続して3〜4%に達している下で、名目長期金利が1%台前半に低迷しているのは、いかにも不自然だという見方が人々の間に出てきたようである。言うまでもなく、現在の長期市場金利は、将来の予想名目成長率の長期的な平均値にリスク・プレミアムを加えた値に一致する筈だからだ。言いかえれば、将来の平均名目成長率の予想が2%弱迄上方修正されてきたため、長期金利が2%弱に上昇してきたのであろう。
【当面の長期金利上昇は景気の好材料ではない】
さて、以上の三つの長期金利上昇要因は、必ずしも景気にとってプラス材料ではない。
第1の米国金利上昇に伴なう日本金利のつれ高は、日本国内の景気にとっては明らかにマイナス材料である。
第2の国際商品市況の上昇に伴なう国内物価の上昇は、いわばコスト・プッシュによる物価上昇と金利上昇である。これは原料高・金利高の反面、国内需給の変化がなければ製品安が続き、収益の圧迫要因となる。これも景気にはマイナスだ。
問題は第3の景気要因である。もし景気上昇が続いて需給ギャップが縮小し、物価と金利が上昇するのであれば、これは好景気のシグナルである。
但し、長期金利の上昇は金融機関に巨額の評価損を発生させ、新たな金融不安要因になることを忘れてはならない。
【前向きの在庫積み増しで予想外の高成長】
本年1〜3月期の実質成長率+1.5%(年率+6.1%)は、大方の予想を上回る高さである。しかし中身を見ると、成長率の3分の1(前期比+0.5%)は在庫の積上げによるものであり、最終需要の伸びは、昨年10〜12月期の前期比+2.0%の大幅な伸びから、本年1〜3月期の同+1.0%に半減している。この前期比+1.0%は決して低くはないが、驚く程高くもない。この辺が実勢ではないだろうか。
さて、4〜6月期については、マネーサプライなどを除くと4月の計数しか判明していないのでまだ判断材料に乏しい。
2月と3月に低水準となっていた鉱工業生産と出荷は、4月には前月比夫々+3.3%、+3.9%と大きく伸びた(図表2参照)。ただし、製品在庫の前月比は2月+0.7%、3月+0.3%のあと、4月も+1.4%と引続き積み上っている。自動車、デジタル家電、電子部品・デバイスなどが中心であり、当面は前向きの在庫積み増しと見ておいて良いであろう。製品と仕掛品の在庫増加が、1〜3月期に続き、4〜6月期にも成長率を下支えしそうである。
【当面の輸出と設備投資は順調に拡大している】
最終需要を見ると、4月の勤労者家計の消費水準は前年比+7.5%(図表3参照)と高い伸びを示したが、雇用・賃金の改善を伴なっていないので所得は伸びず、消費性向は91.0%(前年同月は87.6%)にまで高まっている。乗用車新車登録台数(図表3参照)、家電販売額、小売販売額など商品の販売統計は、4月は冴えない。新設住宅着工も4月は落ちた(図表3参照)。
設備投資と資本財輸出を反映する一般資本財出荷は、4月も1〜3月平均比+1.5%と順調に伸びている。
設備投資の先行指標である機械受注(民需、除く船舶・電力)は、1〜3月期に前期比−5.6%の減少となり、4〜6月期の見通しも同−3.2%と2四半期連続のマイナス予想となっていたが、4月の実質は1〜3月平均比+10.4%の大幅増加となった。これは、製造業からの受注が同+27.1%と著増したためで、非製造業(除く船舶・電力)からの受注は同−0.5%とほぼ横這いである。5月と6月の動向を見なければまだ分からないが、少なくとも製造業からの機械受注がここで頭を打つことはなさそうである。
4月の実質輸出は1〜3月平均比+2.0%、実質輸入は同+0.5%、実質貿易収支は同+7.0%となり、GDPベースの純輸出は引続き順調に拡大していると見られる。
以上を全体として見ると、足許の景気は輸出と設備投資にリードされて回復を続けているが、個人消費と住宅投資には所得面の裏付けがなく、公共投資が減少し続けている構図に変化はない。
行く手の暗雲は長期金利の上昇である。