2004年5月版

─ トリプル安の背後に景気減速の気配 ─

【トリプル安の原因は国内にもあるのではないか】
   5月に入って、金融市場にトリプル安の動きが出ている。債券安(長期国債市場利回りは1.5%台へ上昇)、株安(日経平均株価は1万1千円割れ、TOPIXは1100割れ)、円安(対米ドル相場は114円台へ下落)である。この引金となったのは、米国の金利が比較的に早く引上げられるのではないかという予想である。これに伴ない海外投資家の資金が日本から米国へ逃げ、日本はトリプル安となった。
   しかし、このような時でも、日本の景気の先行きに自信があれば、株価はすぐに戻る筈である。とくに米国金利先高予想の背景には米国景気の予想外の強さがあるので、日本の輸出、ひいては景気にとっても好材料である。円安も日本の輸出を有利にする。従って、債券安、円安と並んで、株高が生じてもおかしくはない。
   それが起きないところに、秋以降の日本の景気に対する自信の無さが窺われる。逆に言って、この後株価が日経平均で1万2千円台、TOPIXで1200台にすぐ戻って行けば、日本の投資家は本年後半の景気に自信を持っている証拠となる。果たしてどうなるであろうか。

【1〜3月期の生産増加は鈍化、出荷は微減】
   目先の景気指標には、昨年10〜12月期に比して回復テンポが鈍化している事を示すものが出ている。
   3月の鉱工業生産は前月比+0.1%の増加とほぼ横這い圏内の動きとなり、出荷は−0.4%の減少となった。この結果、1〜3月期の生産は前月比+0.3%の微増にとどまり、昨年10〜12月期の同+3.7%の増加から大きく鈍化した。出荷も1〜3月期は同−0.2%の微減となり、昨年10〜12月期の同+3.9%の著増からは様変わりとなった。
   もっとも、図表1に示したように、4月と5月の生産予測指数は前月比夫々+5.6%、+2.2%の急上昇となっている。実績は予測よりも低く出る傾向が続いているので、これ程大幅な上昇にはならないとしても、生産の上昇傾向がここで止ってしまう訳ではない。生産増加の中心は、引続き電子部品・デバイス、電気機械、一般機械、輸送機械などである。

【本年下期の設備投資は減少に転じる可能性】
   1〜3月期の拡大テンポが鈍化したのは、景気をリードしている輸出と設備投資に増勢鈍化の動きが出たためである。
   設備投資と資本財輸出の動向を反映している一般資本財出荷は、前月比で2月−3.3%、3月−7.4%と2か月連続して大きく減少し、3月の前年同月比上昇幅は、図表2に示したように、+8.7%と大きく縮小した。このため、1〜3月期の前月比増加率は、+3.1%と10〜12月期の同+6.0%に比し半減した。
   設備投資の先行指標である機械受注(船舶・電力を除く民需)は、1〜3月期実績が前期比−5.6%の減少となり、更に4〜6月期見通しも同−3.2%の減少持続となった。この結果、機械受注(同)の水準も、図表2に示したように、10〜12月期の前年比+18.2%の増加をピークとして、1〜3月期には+1.8%と前年比増加幅が急落した。更に4〜6月期の見通しは、前年比−2.2%と前年水準を下回る形となっている。
   この予想通りに推移するとすれば、景気のリード役である設備投資は本年下期に減勢に転じる可能性が出てきた。

【貿易黒字の景気素引力に鈍化の気配】
   業種別に見ると、本年上期の機械受注が昨年下期に比して落込むのは、非製造業(船舶・電力を除く)からの受注による影響が大きい。昨年下期に比して非製造業は−8.7%の減少となる。国内需要の見通しが弱いことを反映した動きであろう。
   輸出に支えられている製造業からの受注は、本年上期も昨年下期比+3.3%と増勢は維持するものの伸び率は鈍化する見通しである。
   ここで注目すべきは伸び率鈍化の背景に、輸出に対する慎重な見方があるのではないかという点だ。
   1〜3月期の実質輸出は、前期比+4.1%となり、昨年10〜12月期の同+7.9からは伸び率がほぼ半減した。反面1〜3月期の実質輸入は、前期比+2.6%と伸び率は実質輸出の伸び率を下回っているが、昨年10〜12月期の同+1.7%と比較すれば、増勢は徐々に高まっている。これは昨年9月以降の生産増加を反映して、素原材料輸入がはっきりと増勢に転じたためである。
   このような輸出入動向を反映し、実質貿易収支の黒字拡テンポも鈍化してきた。日本銀行の推計では、昨年7〜9月期が前期比+16.7%、10〜12月期が同+35.3%であるのに対し、本年1〜3月期は同+9.7%と増勢が鈍化した。1〜3月の実質GDPにおいては、純輸出の成長寄与度が低下するであろう。

【現金給与総額減少の下で個人消費は一時的な持直し】
   このように、景気回復のリード役である輸出と設備投資に増勢鈍化の気配が出てきたが、代って個人消費と住宅投資にやや持直しの動きが見られる。
   図表2に示したように、消費水準指数(勤労者家計)と新車登録台数(乗用車)は、共に1〜3月期に前年比プラスに転じた。季節調整済み前期比では、夫々+1.6%、+9.8%の増加である。小売業販売額も、本年1〜3月期は前期比+0.7%の増加となった。
   また新設住宅着工戸数も、昨年10〜12月期の前期比+4.9%の増加に続き、本年1〜3月期は同+2.8%と2四半期連続の増加となった。
   これらの指標から判断して、本年1〜3月期の実質GDP統計では、個人消費と住宅投資の成長寄与度はプラスになりそうである。
   しかし問題は、こうした動きに所得面の裏付けがないことだ。
   1〜3月期の雇用者数は、生産の回復を反映して前年比+0.4%と増えているが、賃金が割高で社会保険料負担のある常用雇用者数は同−0.2%と1998年以来の減少傾向をまだ続けている。このため1〜3月期の現金給与総額の前年比は、名目で−1.6%、実質で−1.4%と減り続けている。
   このように人件費総額が抑制されている下での個人消費と住宅投資の持直しは、貯蓄率の低下や資産の食い潰しを伴なっているので、長続きはしないであろう。

【秋以降の景気の足取りに警戒の要あり】
   以上を総括すると、今月中に発表となる本年1〜3月の実質GDP(第1次速報)は、成長リード役の純輸出と設備投資の伸び率が鈍化することによって、成長率が昨年10〜12月期(年率+6.4%  図表3参照)に比して大きく鈍化するであろう。しかし、個人消費が成長に対して寄与するため、ある程度のプラス成長となり、2003年度の平均成長率は3%程度に達するのではないか。
   しかし、問題はこれ迄景気回復をリードして来た純輸出と設備投資に鈍化の気配があり、成長は所得の裏付けのない一時的な個人消費の持直しに支えられていることである。今後、2003年度の企業業績の好転を反映して夏のボーナスが増え、ある程度景気を支えるであろうが、秋以降の景気動向は楽観を許さない。
   当面のトリプル安がそれを読んでいるとすれば、なお更注目すべき動きである。