1999年2月版
‐ 年明け後の景気は再び沈んでいる ‐
【年明け後の景気下げ止まり感に三つの背景】
年明け後の経済界には、景気下げ止まり感が広がっているように見える。「悲観論は感情であるが、楽観論は意志である」という言葉があるように、「今年こそは何かとしなければ」という経済界の「意志」を反映しているのかも知れない。悪く言えば「希望的観測」である。
しかし、経済指標の中にも、下げ止まりの気配を示す動きが少なくとも三つある。
第1は、昨年10〜12月期の成長率が、5四半期振りに(図表1参照)プラス成長に転じた可能性があることだ。これは、昨年11月を中心に、軽自動車を主因に乗用車新車登録台数が伸び、白物家電の買換え需要や消費税還元セールで家電量販店や百貨店・スーパーの売上高が伸びたため(図表2参照)、GDPの60%を占める個人消費がプラスに転じたと見られることが一因である。もう一つは、98年度第1次補正予算で追加した公共事業が、本格的に動き出したことである。図表2に示したように、10〜12月の公共工事請負額は前年比10.4%も伸びた。
【波乱なく越年した企業金融は引続き小康を保つ】
第2は、図表3に示したように、鉱工業生産が下げ止まり、底這い傾向を示していることである。このため所定外労働時間の前年比マイナス幅も、7〜9月、10〜12月とやや縮小し、失業率も7〜9月以降高水準で横這いとなっている。(図表2参照)。
第3は、大きな波乱なく越年した企業金融が、年明け後も小康を保っていることである。これは年末と年度末を頭に置いて打ったいくつかの対策が効いてきているからである。@信用保証協会の中小企業向け保証枠の拡大、中堅企業向け保証枠の新設、A開銀・北東公庫など政府系金融機関の保証業務や長期運転資金貸出業務の新規実施や強化、B日本銀行によるCP買オペ条件の緩和と民間銀行貸出増加額の50%リファイナンス、などがそれである。
【1〜3月に再びマイナス成長となる可能性も】
以上の三つの動きは、確かに景気下げ止まりを示唆しているが、もう少し突っ込んで見ていくと、必ずしも持続性のある動きではない。
第1のGDP成長率については、年明け後の1〜3月に再びマイナス成長となる可能性がある。それは昨年11月の消費増加は一過性であり、図表2の百貨店・スーパー売上高や新車登録台数に見られるように、12月には再び大きく落込んでいるからだ。1月の小売り動向や自動車販売も不振であったようだ。
そのうえ、設備投資の6〜9ヵ月の先行指標である機械受注が、昨年4〜6月と7〜9月に20%も落込んでいることから判断して、本年1〜3月の設備投資のマイナス幅が極めて大きいと見られる。設備投資は公共投資の2倍の規模を持つだけに、たとえ公共投資が伸びていても、景気全体を大きく下に引っ張る。
【通産省の季節調整指数の欠陥による疑似下げ止まり】
第2の生産動向については、統計技術上の欠陥から、下げ止まり傾向が強く出過ぎている。生産指数を作成し発表する通産省の季節調整指数は、毎月の稼働日数を左右する曜日構成(休業日となる土日祝日が何日あるか)の影響を調整していないX-11である。しかし、曜日構成の影響をも調整できるX-12-ARIMAで季節調整すると、例えば昨年12月の+1.3%は−0.5%に変わる。また四半期別にみると、下記のように生産は昨年7〜9月以降一貫して下降している。
98/7-9月 通産省発表 0.0% X-12-ARIMA −0.9%
98/10-12月 通産省発表 −0.4% X-12-ARIMA −0.6%
99/1-2月予測 通産省発表 0.7% X-12-ARIMA −0.2%
従って生産は、通産省発表の指数(図表3参照)で見ている程はっきりと下げ止まっているわけではない。これは図表3に明らかなように、在庫率指数はまだ高く、生産調整圧力が加わり続けているからである。また1〜3月に再びマイナス成長に戻るとすれば、出荷も下げ止まらず、生産も引続き弱含みで推移せざるをえない。
【金融対策は緊急避難の策であり持続性がない】
第3の企業金融の小康状態については、前述した政策の支えによってしばらく続き、年度末も大きな波乱なく越えるかも知れない。
しかしこの小康状態の持続性についても、大きな疑問がある。
まずこれらの政策は緊急避難の対策であり、景気が回復しないままに1年2年と続けていくと、大きな問題が発生する。例えば信用保証協会の保証は、これ迄事故率が1〜2%であったが、この対策に伴なう保証枠拡大は、貸し渋りに会っている中小・中堅企業が対象であるだけに、景気が回復しない場合の事故率は20〜30%に達する恐れがある。その負担は、言うまでもなく中小企業信用保険公庫と県当局がかぶり、最終的には納税者が担うのである。従って、そう何時までも続けるわけには行かない。同様のことは、開銀、北東公庫などの政府金融機関の不良債権拡大という形でも起きる。
また日本銀行による対策も、年末と年度末を無事越えるためであり、4月には打ち切られる。そうしなければ、日銀資産の劣化や銀行のモラル・ハザード発生となり兼ねないからである。
【4月〜6月は再び景気下押しの可能性】
以上のように、景気下げ止まり感の背景となっている三つの動きは、決して景気転換につながるような持続性のある動きではない。むしろこの1〜3月期と4〜6月期に、景気は再び沈み込んでいくのではないだろうか。何故なら、企業と金融機関の年度末決算は、余力のあるところ程思い切った設備償却、不良債権引当て、人員整理などのリストラを実行するからである。これらはすべて、景気に対してマイナスである。
とくに金融機関の経営者は、金融監督庁に債務超過と認定された日債銀が、有無を言わせず国有化され、破綻処理されたため、年度末決算のリストラ計画に真剣に取組んでいる。各行は、不良債権処理とリストラ計画を前提に公的資本注入を申請するが、万一金融監督庁に不十分と認定されて申請を拒否されると、日債銀と同じ道を辿り兼ねないからである。
思い切った不良債権処理の相手側である企業は、年度末に引導を渡されることはないとしても、4〜6月中には見離され、倒産に追い込まれるのではないか。そうだとすれば、リストラの実行に伴ない4〜6月期の企業倒産と失業は再び大きく増加し、景気も沈み込むことになる。
【悪材料出尽しか不況の深刻さの再認識か】
こうした動きを市場がどう受け止めるかによって、その後の7〜9月期から明年にかけての景気動向が決まってくる。
もし、思い切った過剰設備、過剰人員、非効率業務、不良債権などの切り捨てにより、経営にとっての悪材料が出尽し、99年度には増益に転じると見れば、株価は回復し、景気回復の好循環につながって行くかも知れない。
しかし、リストラにともなって再び高まる倒産や失業をみて、不況の深刻さを再認識することになると、景気下げ止まり期待が裏切られた思いで失望売りを誘い、株価は再び崩れるであろう。そこから景気後退の悪循環が始まるかもしれない。
【長期市場金利と円相場の行過ぎた上昇は危険】
もう一つ心配なことは、積極財政に伴なう長期国債大量発行で市場の長期金利が上昇し、円高が進み、両面から新しいデフレ・インパクトが加わる可能性である。
昨年後半の0.8%の国債市場利回りは異常に低く、国債相場に一時的に発生したバブルの反映である。国債大量発行の見通しでバブルがはじけたあと、1月中にように1.6〜1.9%の水準に落着けば問題はなかった。しかし最近のように2%を越えて上昇してくると、逆に異常高であり、行き過ぎた円高を誘う。これが持続すると、景気には悪影響が及んで来る。
対策は、金利の低い短期・中期の国債発行を増やし、長期国債の発行を絞るという形で、国債の期間構成を弾力的に調整する「国債管理政策」(日本には不在)を確立することである。またもっと思い切ったマネーサプライの増加と、公共部門(運用部など)による国債引受の拡大も必要である。遅滞なく対策を採らなければならない。
万一、ぐづぐづしているうちに日本の金利高、円高が米国のドル安防止の利上げを誘い、米国株式相場が大きく崩れたりすると、世界同時不況の引金になる。
日本銀行の責任は重大である。