1998年11月版
‐ 60兆円の金融の枠組みは景気回復の十分条件ではない ‐
【60兆円の金融の枠組みは景気回復の十分条件ではない】
去る10月16日(金)に終了した臨時国会で、金融危機に対処するための総額60兆円の枠組みが与野党の合意で出来上がった。従来からあった預金者保護17兆円に加え、破綻金融機関の処理18兆円、不良債権早期処理を進める金融機関への資本注入25兆円である。日本長期信用銀行の処理も、この枠組みの中にある公的管理の下で、18兆円を使って行われる。長銀破綻による金融パニックは回避された。
この金融危機克服の枠組みは、問題点がないわけではないが、金融パニックの発生を避けながら、不良債権の早期処理を進め、資本増強を図って日本の銀行システムを再活性化する道が、一応開けたと言ってよい。
しかしこれは、景気回復の必要条件の一つが整ったにすぎない。これで景気が回復するというような十分条件が出来たわけではない。残された対策は、長期的な構造改革とそれにつながって行くような短期的な内需刺激策である。
【民間需要の冷え込みは一段と深刻】
足許の景気動向をみると、国内民間需要の落込みが一段と深刻である。生産の減少→雇用と所得の悪化→消費と住宅投資の減少→生産の減少、という悪循環が自律的に進行しているため、百貨店・スーパーの売上高、新車登録台数、新設住宅着工などにはまったく回復の兆しは見られず、減少を続けている。(図表1参照)。
このような悪循環は、図表1に示した高い失業率(4.3%)や所定外労働時間の落込み(9月は前年比−8.9%)などを通じて家計の消費支出や住宅投資を冷え込ませている。
それだけではなく、企業の収益と先行き見通しの悪化を通じて、設備投資をも大きく低下させている。図表2に示したように、本年に入ってからの設備投資急落が、マイナス成長の主因となっているが、設備投資の先行きを示す機械受注(民需、除船舶・電力)は、図表1に示したように、7月、8月と前年比マイナス幅を拡大している。6ヵ月の先行指標とみると、年度内の設備投資下落は加速するということである。
【ようやく動き出した第一次補正予算の公共投資】
あえて明るい話題をひろうと、第一次補正予算によって追加した6兆円の公共投資が、9月頃からようやく動き出した。図表1の公共工事請負額をみると、9月の前年比は+23.8%に高まっており、10月以降も増加傾向が続いているようである。
もっとも、公共投資は設備投資の半分の規模しかないので、その拡張効果は設備投資の急落によって相殺されるかも知れない。
もう一つのプラス要因は、純輸出の増加傾向である(図表2参照)。しかしこれも、米国経済の成長鈍化に伴なう世界同時不況のリスクやこのところの円安修正を考えると、先行き多くを期待できないであろう。
従って、公共投資と純輸出の増加によって、4四半期続いたマイナス成長が10〜12月期にかろうじてプラス成長に転じるとしても、その幅は小幅であろう。実感としては深刻な不況が続くことに変わりはない。
【在庫は減っても在庫率は高く調整は続く】
在庫調整はこのところ進捗している。9月末の鉱工業在庫水準は、ようやく前年同月を1.8%下回った。もっとも、この1年間のマイナス成長で、図表3に見るように出荷の水準が大きく落込んでいるので、同じく図表3に示したように、在庫率としては依然として高い。在庫減らしの生産調整はまだまだ続く。
ただし、図表3に見るように生産急落の局面は過ぎたようである。生産は低水準ながら横這い傾向を示している。今後は出荷の動向次第である。出荷が一段と低下すれば生産も再び下落に転じるであろう。しかし公共投資や純輸出に支えられて出荷が横這いで推移すれば、生産も大きく下がることはないであろう。ただし、仮に生産が下げ止まっても、雇用は遅行指標であるから当分の間厳しい情勢は続く。
【予想外の大胆な政策が出ないと危ない】
株式相場は、60兆円の金融再生の枠組みを好感して、10月前半頃までの最安値からは脱出したが、第3次補正予算や来年度当初予算に盛り込まれる景気対策がはっきりしないため、ぐづついている。
現在進んでいる政府・自民党と自由党との政策協議によって、予想外の大胆な政策、例えば消費税率の3%以下への引下げが打ち出されれば、市場の心理は変わるであろう。
しかし政府・自民党は、減税政策の国会審議を年末の臨時国会ではなく、明年の通常国会へ先延ばししようとしているようだ。この場合は、年末の厳しい経済・金融情勢の下、政治不信も手伝って、企業や個人の心理も株価もすっきりしないままで推移するであろう。