1998年6月版

在庫、設備、雇用の調整で景気後退加速

【前例の無い過剰在庫で生産下落は加速】
過剰在庫、過剰設備、過剰雇用を調整する動きが、広範に進行している。典型的な景気の自律的後退局面である。
過剰在庫の存在は図表1の在庫率指数のグラフを見れば一目瞭然である。このグラフに明らかなように在庫率は本年4月まで一貫して上昇しているが、この水準は平成不況の92〜93年中のピークを1割近くも上回り、統計開始以来前例の無い高さである。同じ図表1に明らかなように、生産抑制のテンポよりも出荷下落の方が早い為に、意図しない在庫が増えているのである。
図表1を見ると、生産予測指数が、5月+0.4%、6月+1.5%と反転上昇する形になっているが、それでも4〜6月の平均は1〜3月比−3.0%となる。これは生産が前期比減少に転じた昨年4〜6月以来最大の下げ幅である。実際には、前述した在庫率の高さや出荷の急落傾向から判断して、5月と6月の生産計画は下方修正され、予測指数のように上昇することはないであろう。

【稼働率低下で設備投資も減少傾向定着】

生産の急落につれて、稼働率も昨年の1月から本年3月までに11%も低下しており、設備の過剰感が強まっている。このため設備投資は抑制されており、一般資本財出荷は昨年10〜12月期に前期比−2.6%、本年1〜3月期に同−0.6%となった後、4月は前期比−6.6%と更に大きく下落した。建築着工床面積(非居住者用、民間)も、昨年10〜12月期に前期比−5.4%、本年1〜3月期に同−5.1%となった後、4月には前期比−7.7%と更に大きく下落した。足元の設備投資は急激に弱まっている。
また先行きについても、6〜9ヶ月の先行指標である機械受注(民需、除く船舶・電力)が、昨年10〜12月期に前期比−6.7%と大きく下がった後、本年1〜3月期は同+1.4%と小幅回復したものの、4〜6月期には再び−8.1%と大きく低下する見通しである。
民間設備投資は、年内に下げ止まる可能性は殆ど無い。


【完全失業率は4%台乗せ】

過剰感は設備と並んで雇用にも広がっており、雇用調整が急激に進み始めた。
完全失業者数は、本年1月3万人増、2月6万人増の後、3月20万人増、4月17万人増と年度の変り目の3月、4月に急増した。このため完全失業率も、図表2に示したように、2月の3.6%から3月は3.9%に跳ね上がり、続いて4月には遂に4.1%と統計開始以来前例の無い4%台乗せとなった。
また雇用者についても、所定外(時間外)労働時間は、図表2に示したように、本年1〜3月期には前年比−5.7%と落込んだ後、4月には同−9.9%とほぼ1割も減っている。これが賃金の手取りに跳ね返っている為、図表2に見るように、実質賃金は依然として前年水準を下回り続けている。


【雇用・賃金の悪化で消費と住宅設備は低迷】

このような雇用・賃金の悪化に伴って個人所得も伸びない為、個人消費と住宅投資は引き続き低落している。
全国百貨店・スーパーの売上高は、前年4月が消費税引上げ前の駆込み需要の反動で大きく落込んだ為、前年比で見ると本年4月に12ヶ月振りのプラスとなった(+3.9%)。しかし、季調済み前月比で見ると、4月も−2.0%の減少となり、基調は弱い。乗用車新車登録台数にいたっては、反動減の大きかった前年4月の水準を更に2.9%下回った(図表2参照)。
また新設住宅着工戸数も、本年4月は年率124万戸まで下がり、前月比−5.7%、前年比−16.1%で低迷している。下げ止まりの気配のあった住宅投資も、雇用・賃金の悪化を背景に再び弱含みとなっている。


【特別減税は効果薄、公共投資は一定の効果】

ここで問題は2つある。1つは事業規模16兆円と称する総合経済対策の効果が、何時、どのような形で出て、景気後退に歯止めをかける事が出来るのか、である。もう1つは、何らかの効果が出てくるまでの間に、大型倒産、株価急落、金融機関の破綻などのクライシス(危機)が発生しないで済むのか、である。
主として2〜3月に行われた97年度分の特別減税復活(所得税の戻し)の効果は、前述した個人消費、住宅投資の動向から見てネグリジブル(無視しうる大きさ)であり、6月の住民税の戻しも同じであろう。秋に行われる98年度分の特別減税の効果も同様であろう。恒久減税ではない一時的減税であり、額も2兆円という小出しでは、効果も限られるのは当然だ。要するに“too little ,too late”(少なすぎるし遅すぎる)である。
この減税に比べれば、公共投資の前倒し執行と98年度補正予算による7.7兆円追加の効果は、一時的とはいえ、目に見える形で出るであろう。早くも本年4月の公共工事請負額が、図表2のように+2.7%となったのは、前倒しの走りかもしれない。
しかし、このホームページの4月27日付『橋本政権の総合経済対策を評定する』と5月19日付『不良債権早期処理の空手形を切ったバーミンガム・サミット』のWhat's New欄に詳しく書いたように、7.7兆円のうち1.5兆円の地方単独事業の実現可能性は低く、用地費も含まれている上、旧来型の公共事業が大半なので、乗数効果は小さく、成長率を1%持ち上げるのが精一杯であろう。


【景気後退に歯止めがかかる前に危機が発生しないか?】

この手応えが出てくるのは、早くて7〜9月以降であろう。しかし、他方で在庫調整、設備調整、雇用調整の圧力が強く、在庫投資、設備投資、個人消費が落ち続けるので、景気後退が止まってくるという感じが出てくるのは、早くて10〜12月以降であろう。
そこでもう1つの問題が出てくる。それまで、市場や経営や金融システムが持つのか。
国債指標銘柄の市場利回りで見た長期金利がジリジリ低下して遂に1.115%と世界史上例を見ない最低の債券利回りとなり、円安も続いて140円台乗せも時間の問題となっているところを見ると、内外の市場関係者は、日本経済の先行きに極めて悲観的である。おそらく、放っておけば97年度に続いて98年度もマイナス成長と見られた日本経済が、何とかプラス1%程の成長になる程度では、危機は去らないと見ているのであろう。