1998年5月版

【失業率が急上昇、米国を上回るか】
過剰在庫減らしの生産調整が加速している。97年4〜6月に前期比横這いとなった鉱工業生産は、前期に比べ7〜9月マイナス0.4%、10〜12月マイナス2.3%、98年1〜3月マイナス1.4%となった後、4〜6月は4月と5月の予測指数(6月は5月比横這いと仮定)によるとマイナス4.4%と更に大きく落込む。まさにつるべ落しのような勢いで1年間に生産は1割近く落込み、その水準は94年頃の水準にまで下がってしまうことになる(以上図表1参照)。
この影響が遅行指標である賃金、雇用関係の指標にも、さすがにはっきりと出てきた。
まず3月の完全失業率は3.9%と53年に統計を開始して以来のピークであった前月の3.6%から更にジャンプして0.3%も上昇し、既往ピークを更新した(図表2参照)。4%台乗せは時間の問題である。現在米国の失業率は4.3%であるから、日本の失業率が米国の失業率を上回るという前代未聞のことが起きそうである。失業のシワ寄せは若年層に寄っており、学校卒業直後の15〜24才の男子失業率は10.1%に達した。2桁の失業率も、前代未聞である。
また限界的労働需給を示す有効求人倍率も、前月の0.61倍から3月は更に0.58倍に低下した。これは83年7月(0.58倍)以来の低水準である。

【特別減税の効果無く消費は減退】

失業を免れ、雇用されている人々も、時間外勤務が急激に減っている。所定外労働時間は97年4〜6月に前期比横這いとなった後、7〜9月マイナス0.1%、10〜12月マイナス2.6%、98年1〜3月マイナス3.2%と下落テンポは加速している。この結果、前年比で見ると、98年1〜3月は図表2の通りマイナス5.7%となっている。
これが賃金に跳ね返っている。一人当たり名目賃金は98年1〜3月についに前年比同水準まで落込んだが、これは時間外手当が前年比マイナス3.9%、ボーナスが前年比マイナス3.6%となり、定例給与のプラス0.6%を帳消しにしたからである。この間に消費者物価は上昇しているので、実質賃金に直すと、98年1〜3月の一人当たり賃金は、図表2に示したように、全体でもマイナス2.1%となる。
失業率が上昇し、就業者が減っている時に、一人当たりの実質賃金がこのように落ちているのであるから、日本全体の勤労者の個人所得は当然減っている。それが消費を一段と弱くしている。
2月と3月には97年度特別減税2兆円の復活によって所得税が還付されたが、この程度では今や焼け石に水である。図表2に示したように、1〜3月の全国百貨店・スーパーの売上高は前年比マイナス8.2%と10〜12月のマイナス3.2%よりも一段と低下し、乗用車の新車登録台数もマイナス20.4%と10〜12月のマイナス12.3%より低下幅を一段と拡大している。
4月に入ると、前年は消費税引上げ前の駆込み需要の反動で落込んでいるので、消費関連指標の前年比マイナス幅は縮小するであろう。しかし、先頭を切って発表された乗用車の新車登録台数は、4月もマイナス2.9%と、落込んだ前年の水準よりも更に低い。消費の沈滞は深刻である。


【設備投資は中期循環的上昇局面で腰折れ】

このように、97年度予算の9兆円の国民負担増加と3兆円の公共投資削減によって引き金を引かれた景気後退は、過剰在庫の積み上がりと、それを調整するための生産急落によって賃金、雇用面から消費を一段と低下させ、景気後退を加速している。
このような自律的景気後退メカニズムは、更に設備投資の下方転換によっても促進されている。設備投資の先行指標を見ると、機械受注(民需、除く船舶・電力)は図表2に示したように、97年10〜12月から前年比マイナスに転じている。また建設工事受注額(民間、除く住宅)と建築着工床面積(非居住用、民間)も、季節調整済み前期比で見て、97年10〜12月、98年1〜3月と2四半期連続で減少している。
これらの先行指標の動向から判断すると、設備投資も需要見通しの悪化から減少に転じたと見られる。
中期循環的に見ると、日本の設備投資は91年度から94年度まで4年間下降した後、95年度から97年度まで3年間上昇した。通常の中期循環であれば、あと3年間、2000年度までは上昇する筈であるが、それが98年度に腰折れしようとしている。日本経済の将来展望が、それ程までに暗いということである。


【橋本内閣の引責辞任と政策の抜本的転換を】

以上が当面の景気動向であるが、これで日本経済の景気後退がこの先も不可避的に続くと見るのは早計であろう。橋本内閣が失政の責任を取って辞任し、1年半にわたる橋本内閣の政策にこだわらずに政策転換が出来れば、この景気は本年度下期中に底入れし、再び景気上昇の軌道に乗るだろう。
理由は2つある。
第1に、現在進行中の大規模な在庫調整は、最終需要による景気後退の振幅を大きくする要因ではあるが、いつまでも自律的に進行する訳ではなく、最終需要を立て直す政策が打たれれば、本年度下期中にはやむ。
第2に、最終需要の中で最も大きく自律的に変動し、最終需要全体を左右する力を持つのは設備投資であるが、これは中期循環(その背後に設備能力と中期需要のバランス)的に見てまだ上昇局面にあり、中期需要の見通しが正常化すれば、必ず回復に転じる。
従って、総需要の中期的見通しを立ち直らせる政策が打たれれば、必ず設備投資を中心に総需要が回復し、在庫調整は終わる。


【2段階アプローチで日本を再建しよう】

では、総需要の中期的見通しを立ち直らせる抜本的政策転換とは何か。それは、次の2段階アプローチを予め明確に国民に示し、実行に取り掛かることだ。
第1段階は98年度から2000年度までの3年間で、経済再建最優先の期間である。主な政策は@当面10兆円、中期的には18兆円の直接税の恒久減税によって国民の「やる気」(個人の勤労意欲、企業の投資意欲)をおこすこと、A土地再評価益を財源として不良債権を一掃すること(この期間は非課税で損益通算)、B規制緩和をもっと徹底して民間のビジネス・チャンスを増やし、行政を簡素化すること、C財政赤字が一時的に拡大しても、大幅なデフレ・ギャップが存在する現状ではインフレも民間投資の圧迫も起きないので許容すること。
第2段階は21世紀初頭の3年間で、@経済再建に伴う税収増加、および規制緩和、地方分権に伴う歳出の構造的削減によって財政赤字を縮小すること、A同時に行政改革、経済構造改革など第1段階の規制緩和によって開始した構造改革を完成すること、B立ち直った経済を基盤として少子・高齢化に備えた社会保障制度など社会改革を完結すること、C直接税と社会保険料の合計の国民所得に対する割合(直接負担率)は上昇させず、国民の「やる気」を決してくじかないこと、D基礎年金、高齢者医療、介護の公的負担が高齢化に伴って増加した場合に限り消費税率の引上げによって賄い、その他の目的で消費税率を引上げないこと(消費税の福祉目的税化)。