政策転換が早すぎるリスクと遅すぎるリスクのバランスはこの半年間に変化した(2023.10.22)
【日銀は本年度の物価上昇率の高まりをまだ一時的と見ているのか】
日本銀行は本年に入って、本年度の消費者物価(除、生鮮食品)上昇率の見通しを、4月と7月の「展望レポート」で続けて上方修正し、前年比1.6%から「物価安定目標」の2%を上回る2.5%に引き上げた。
しかし、来年度(24年度)には1.9%に低下し、再来年度には1.6%に低下してくると予想している。その根拠は、本年度の物価上昇率の高まりは、世界的なインフレによる、輸入コストプッシュに触発された一時的なもので、来年度以降にはその影響が収まっていくと見ているからである。
この見方を背景に、現在のところ、マイナス金利政策を解除していない。
【政策転換が早過ぎるリスクと遅すぎるリスク】
このような見通しを背景に、植田日銀総裁は、「拙速な政策転換を行うことで、ようやく見えてきた2%達成の「芽」を摘んでしまうことになった場合のコストは極めて大きく」「逆方向の、政策転換が遅れて2%を超える物価上昇が持続してしまうリスク」は、「前者に比べて大きくないと思われます」(23年5月19日の内外情勢調査会における講演)と明確に述べている。
この時から現在まで、5か月が経過したが、植田総裁と政策決定会合を構成するメンバー(2人の副総裁と6人の政策委員)は、現在までまだこの見解を維持しているが、間もなく開かれる10月30~31日の政策決定会合でもこの見解を変えず、マイナス金利政策を解除しないのであろうか。
【消費者物価上昇の基調はインフレの国産化で最近5か月間に強まった】
最新のデータで、政策転換の上下両方向のリスクを点検してみよう。
まず政策転換が遅れて「2%を超える物価上昇が持続してしまうリスク」について。
消費者物価(除、生鮮食品)は、本年4月から8月までの5か月間、前年比3%台を続けている。より基調的な動きを判定するためのコアコアCPI(除、生鮮食品・エネルギー)は、同じ5か月間に前年比4%台を続けている。
日銀が消費者物価の基調的な変動を調べるために産出している消費者物価の刈込平均値は4~8月に前年比3%台に達し、8月は同3.3%、「最頻値」は7~8月に3.0%、「加重中央値」は8月に1.8%に達した。このように3指数が揃って高騰することは、統計を作成し始めた01年1月以来、一度もなかった。
消費者物価上昇の基調は、最近数か月の間に一段と強くなったことは間違いない。
【日本経済の回復は順調ではないのか】
次に、反対方向のリスク、すなわち政策転換で景気が弱くなって、再び「失われた13年」のようなデフレ基調に戻るリスクはどうであろうか。
日本経済のマクロ需給基調は、日銀の推計によると4~6月期にほぼ需給が均衡し、本年下期以降は供給超過基調に転じる見込みである。これを背景に、アフターコロナのペントアップ需要も加わって、9月調査「日銀短観」や4~6月「法人企業統計調査」の本年度企業収益や設備投資計画の見通しは、確りした回復基調を示している。
日銀自身の7月「経済・物価情勢の展望」を見ても、潜在成長率を上回る成長が続くと見ている。
勿論、前途にはリスクがある。ロシアのウクライナ軍事侵攻に加え、イスラエル・ハマスの軍事紛争で新たに中東の混乱が起こり、再び世界のエネルギー価格高騰を招かないか、中国経済の不振が世界経済の動向を更に下振れさせないか等である。
【日銀はリスク・バランスの変化をどう受け止めるか】
しかし、昨年来の輸入コスト・プッシュ・インフレに伴う適合的期待で、日本国内の予想物価上昇率と賃金上昇率が今までになく高まり、輸入インフレがホームメイド・インフレ(国産インフレ)に転化し、進行し始めたことは、前掲のさまざまの資料から明らかである。日本経済の基調も確りしている。
政策転換が早過ぎてデフレに逆戻りするリスクと、後手に回ってインフレが高進するリスクのバランスは、明らかにこの半年間に変化したと言えよう。
間もなく、10月30~31日に日銀政策委員会の政策決定会合が開かれるが、ここで指摘したリスク・バランスの変化をどう受け止めるのか注目したいと思う。