動かぬ日銀のリスク(2023.6.17)
【輸入インフレの国産インフレ転化を認める日銀】
植田日銀新総裁が着任してから2回目となる政策決定会合が6月15~16日に開かれたが、今回も、1回目の前回(4月27~28日)と同様、政策に変更はなかった。
「発表文」“当面の金融政策の運営について”と総裁の記者会見から判断すると、日銀は世界インフレの鈍化に伴う輸入コスト・プッシュの減退によって、消費者物価(除、生鮮食品、以下同じ)の前年比上昇率は本年度半ばにかけて低下していくが、その後はマクロ受給ギャップの改善、企業の価格・賃金設定行動の変化、などを伴う予想物価上昇率や賃金上昇率の高まりによって、再び消費者物価の上昇率は緩やかに拡大するとみている。
これは、輸入コスト・プッシュ・インフレは収まっていくが、これ迄の3~4%台のインフレ率に伴う適合的期待で、予想物価上昇率と賃金上昇率が高まり、年度半ば以降、国産インフレ(ホームメイド・インフレ)となって再び消費者物価上昇率が高まる、ということを意味する。
【設備投資回復はペントアップ需要が主因ではない】
それにも拘らず、金利引き上げなどの政策転換を行わない理由は、いま政策転換をしないために年度半ば以降のインフレが高進するリスクと、いま政策転換をした結果、明年にかけて景気が弱くなるリスクを較べた場合、後者のリスクによるマイナスの方が大きいからだと言う(植田総裁記者会見)。
これは予測の問題だ。植田日銀は、日本の景気の先行きは弱いと見ているようだ。総裁会見の口振りから推察すると、現在の日本の景気上昇を支える設備投資と個人消費は、いずれ減衰していくと見ているのではないか。
しかし、個人消費はペントアップ需要が大きいとしても、設備投資はペントアップ需要よりも、中期循環の上昇局面入りと、DX、GX、を始めとする合理化投資の高まりによる面が大きいと思われる(本年度の設備投資計画は、どの調査でも、ソフトウェア投資の伸びが極めて高い)。
【日本と米欧では景気の局面が違う】
日本経済は19年1~3月期から設備ストック調整に基づく中期循環の後退局面に入り、同年10~12月期の消費税率引き上げと20年1~3月期からのコロナ禍で景気後退が大きく進んだ。しかしこれで設備ストック調整は完了し、20年10~12月期から、設備投資は中期循環的な上昇局面に入った。景気全体も20年4~6月期、7~9月期が底であった。しかし、コロナ禍が続いていたため、景気回復テンポは極めて緩やかであった。
これに対して、米国を始めとする欧米先進国は、コロナ禍に襲われた時、まだ景気上昇局面にあった。このため、コロナ禍の影響は日本より小さく、欧米先進国が景気鈍化に入ったのは、世界インフレに伴う金融引き締めの効果が出た22年に入ってからである。
その結果、本年(23年)は日本が景気回復、米欧が景気鈍化となり、IMFなど国際機関の23年景気見通しでは、日本の成長率が欧米諸国より高くなっている。
【インフレ・リスクをもっと警戒せよ】
植田日銀は、欧米先進国の景気鈍化に過度に目を奪われることなく、日本の景気回復にもっと自信を持ってよい。
そうすれば、政策転換をしないためのインフレのリスクと、政策転換した時の景気後退のリスクについての、比較考量が変わってくるだろう。
もう一つ、中央銀行は物価安定を使命とする唯一の機関であり、景気については政府の財政政策等と協同して責任を負っている。従って、インフレのリスクについて、もっと警戒心を持ってもよいのではないか。