金融政策の転換と明年経済の展望(2022.12.22)

【異次元金融緩和からの政策転換始まる】
 日本銀行は、13年にマネタリーベース残高を2年で2倍にする「量的質的金融緩和(所謂「異次元金融緩和」)」を開始し、16年から操作目標をマネタリーベースから金利(短期金利マイナス0.1%、10年物長期金利ゼロ%)に変更し、「長短金利操作付量的質的金融緩和」(所謂「yield curve control:YEE」)という形で「異次元金融緩和」を続けてきた。しかし、本年12月20日の金融政策決定会合で、初めてこれを転換した。
 目標とする10年物長期金利(ゼロ%)の変動許容幅を、これまでの0.25%から0.5%に拡大するという形で、事実上、目標長期金利を従来の0.25%から0.5%に引き上げた。この利上げによって、9年間続いた「異次元金融緩和」からの政策転換(所謂「出口政策」)が始まったと見てよい。
 20日の市場では、10年物金利が従来の上限であった0.25%を超えて0.395~0.460%に上がり、日経平均株価は669円安の26.568円に下がり、円相場は5円程度円高が進んで132円台前半となった。
 金融政策変更の場合、これらの市場変動の実体経済への影響は、通常半年後から2年間に及んで出てくる。従って、今回や今後の政策変更の実体経済への効果も、明23年央以降となろう。
 そこで、年末でもあるので、明年の日本と世界の経済を展望してみよう。

【コロナ・パンデミックの発生と欧米の超低金利政策の開始】
 まず、米欧の経済情勢と金融政策を振り返ってみよう。
 2020年にコロナ禍が世界を襲った。米欧の主要先進国は、政策金利をゼロ金利など超低金利に引き下げ、コロナ禍に伴う経済の落ち込み対処した。当時、米欧先進国は景気の上昇局面にあったため、経済の落ち込みは一過性で済み、国により若干の差異があるものの、実質GDPは20年下期から21年上期にはほぼコロナ禍前の水準に戻った。

【世界インフレの発生と金融政策の転換】
 しかし21年に入る頃から、新たな問題が起こった。コロナ禍などに伴う供給制約を背景とする世界インフレの始まりである。22年に入るとロシアのウクライナ軍事侵攻の影響から、エネルギー資源、穀物などのインフレが更に拍車された。
 これに伴い先進国では輸入コスト・プッシュ・インフレが始まった。始めのうちは一時的な輸入インフレと見られていたが、国内の予想物価上昇率や賃金上昇率が刺激されて国産インフレに転化し始めたため、米欧先進国の中央銀行は20年から続けてきたゼロ金利などの超低金利を22年上期中に次々と中止し、利上げに転じた。

【明23年の利下げ観測は消え、景気後退の深刻化懸念が台頭】
 利上げテンポは、当初の0.25%幅から0.5%、0.75%と加速し、明23年中に到達する最高金利は米国で5.1%程度、EUで3.75%と見られている。消費者物価の前年比は、米国では6月の+9.1%をピークに11月には+7.1%、EUでは10月の+10.7%をピークに11月には+10.0%といずれもやや減速したが、インフレ率の水準はまだ極めて高い。当初市場では、23年下期には利下げに転じると観測されていたが、現在は23年中に金利政策が利下げなどの緩和に転じるとの見方は消え、23年中にこれに伴う景気後退が強まる懸念が台頭している。

【コロナ禍より前に景気後退が始まっていた日本】
 日本経済は、2000年始めに欧米先進国と同じコロナ禍に襲われたが、この時景気上昇中の欧米と異なり、景気後退の最中にあった。19年1~3月期から始まり、19年10月の消費税率引き上げで加速された景気後退に、追い打ちを掛けるように世界のコロナ・パンデミックが日本を襲ってきたのである。
 このため、米国やEUの実質GDPが20年下期から21年上期にはコロナ禍前の水準を回復して上昇を続けたのは対し、日本は22年の第2四半期になって、ようやくコロナ禍前の水準に戻った。

【明23年は米欧が景気後退、日本は景気上昇】
 しかし、明23年の経済を展望すると、このような日本の周回遅れが逆に有利に働いてくる。日本は、19年1~3月期からの景気後退期に設備のストック調整を終え、21年下期から設備投資の上昇局面に入り、DXやGXなどの合理化投資も重なって、22年度の設備投資計画(22年12月「日銀短観」)は前年比+14.7%(うちソフトウェア投資同+20.3%)の高い伸びとなっている。恐らく来23年度も設備投資は比較的高い伸びを続けるであろう。
 これに、コロナ禍の行動制限が解除されたことに伴い飲食・旅行などの対面型個人サービスの復活(ペントアップ需要)による個人消費の回復が重なってくる。
 景気後退局面に入る欧米先進国の経済や、コロナ対策の失敗・不動産不況などで成長が減速する中国の影響で、日本の輸出の伸びは鈍化し、エネルギー資源を中心に資源小国日本の輸入は増えるため、国際収支面から成長は抑えられるであろうが、国内需要の伸びは期待できる。

【日本は構造改革で生産性向上、成長力強化が計れるか】
 本年10月に公表されたIMFの明23年成長率予測を見ると、米国+1.0%、ユーロ圏+0.5%、英国+0.3%に対し、日本は+1.6%と、低いながらも先進国中最高の伸びとなっている。
 これは意外かもしれないが、基本的には景気局面の違いによるものである。
 日本は所謂「失われた30年」で低成長を続きてきたが、明年は資本ストックの積み増しとTFP(全要素生産性)の向上によって、落ち込んだ潜在成長率を引き上げる時期に入る。それによって日本経済の成長力と競争力がどこまで高まるかは、技術革新やスタートアップ(新規企業)を支援し、資本と労働力を生産性の高い企業にシフトさせる構造改革が、どこまで進むかに掛かっている。

【超金融緩和修正に期待される政策効果】
さて、このような日本経済に、本年12月やそれに続く明年の金融政策転換の影響はどう出てくるであろうか。
 これまで、超低金利と行き過ぎた円安の下で、生き長らえてきた生産性の低い企業、業種は、金利上昇と円高傾向の下で業況が圧迫されるであろう。しかし、これから伸びていこうとする新技術を体化した生産性の高い新しい企業・業種は、この程度の金利上昇はさしてこたえず、むしろ労働力と資本が獲得し易くなり、日本経済全体としても新陳代謝が進み、経済全体の生産性と競争力が高まることが期待できるのではないか。それが明23年の設備投資と個人所得の上昇を支え、国内民間需要が伸びるならば、株価も23年中には回復に転じてくるだろう。
 円安修正によって輸入コストプッシュが弱まって国内の物価上昇率が低下し、輸入金額の膨張による貿易収支の悪化がとまることも期待できる。
 前述したIMFの経済見通しのように、明年の海外環境は先進国の景気後退、中国の成長鈍化など明るくないが、日本国内では設備投資と個人消費の自律的な回復がある。金融政策転換による円安修正によりインフレ率の低下と輸入金額の縮小もある。悲観論にとらわれず、冷静に推移をみていきたい。