動かぬ日銀、その考え方と問題点(2022.9.30)

【物価の上昇率が高まっても動かぬ日銀】
 消費者物価(除生鮮食品、以下同じ)の前年比は、4月以降2%台となり、8月には+2.8%
(総合では+9.0%)に達した。値上げの計画が並ぶ9月と10月には、更に上昇率が高まるだろう。
 しかし、9月22日の政策決定会合でも日銀は利上げに動かず、主要国中央銀行でマイナス金利を続けている国は日本だけになった。
 動かぬ日銀の考え方を、9月22日の発表文や総裁記者会見から要約し、その問題点を考えてみよう。

【日銀が利上げをしない理由】
 日銀は年内の消費者物価前年比は、エネルギー、食料品、耐久財などを中心に、今後も高まっていくが、放っておいても来年にはこれら品目の上昇幅は縮小し、消費者物価の前年比は2%を割り込んでいくと言う。この間、成長持続に伴う需給ギャップの改善で、予想物価上昇率や賃金上昇率は徐々に高まっていくが、来年中は、それによって2%を割った消費者物価の前年比が再び2%以上に戻ることはないと言う。
 従って、当面(黒田総裁は記者会見で「当面」とは「数か月」ではなく「2~3年」と言った)は利上げやフォワードガイダンスの変更など政策転換の必要はないと言う。

【日銀の考え方のポイント】
 この日銀の考え方を経済学の用語で簡潔にまとめると、

当面の物価上昇は輸入コスト・プッシュ・インフレであり、エネルギー、食料品などの世界インフレが峠を越すので、来年には収まっていく。他方、成長持続に伴う需給改善はあっても、ディマンド・プル・インフレは当面(2~3年)起こらない、

と言うことになる。

【吟味すべきポイント】
 従って吟味すべき主なポイントは、以下の⑴~⑷である。
 ⑴世界インフレは、日本の消費者物価前年比が自然に2%以下に下がる程、沈静化するか。
 ⑵輸入コスト・プッシュが小さくなっても、それによって火がついた日本国内のインフレマインド(予想物価上昇率や賃金の上昇)によって、値上げが広がることはないのか(例えば昨年の米国の例や第2次石油ショック後の輸入インフレの国産インフレ化)。
 ⑶日本のマクロ需給は、今後2~3年間、物価上昇を招かない程の緩和が続くのか。
 ⑷仮に百歩譲って⑴~⑶が全部正しかったとしても、本年の2%台と明年の2%弱のマイルドインフレ持続で、勤労者や高齢者などの実質所得が減少を続けるのを、「物価安定」を使命とする日銀が放っておいてもよいのか。

【世界インフレは、来年、上昇率が下がっても続くのではないか】
 ⑴欧米の利上げによる景気後退と中国の成長鈍化を背景に、エネルギーや金属などの国際商品市況がピークアウトし、ウクライナ侵攻前の水準まで下がってきたが、まだ高い。例えばLNG価格は8月の過去最高から5割下がったが、ロシアによるパイプライン・ガスの供給寸断懸念が解消した訳ではなく、市況は今でも前年比2倍を超えている。トウモロコシも前年比ではまだ3割も高く、収穫悪化、輸送寸断の懸念は続いている。冬場にかけてこれらの商品市況が再び勝勢を強め、世界的なインフレ圧力が再び高まるリスクは残っている。

【輸入インフレが国産インフレを刺激するリスク】
 ⑵第2次石油ショック後、輸入インフレ、国際収支悪化、景気後退のトリレンマに陥った欧米や日本などの先進国の中では、輸入インフレに刺激された国内のインフレ心理(予想物価上昇率の上昇、値上げ抵抗感の後退)に基づく国産インフレを、先ず金融引き締めで抑制した後、景気刺激に転じた米国、西独、日本が最も早くトリレンマを脱出し、「強い国(stronger countries)」と呼ばれた。トリレンマ対策を優先し、インフレ抑制と景気刺激の二兎を追った西独以外の欧州先進国はいつまでもトリレンマから脱出できず、「弱い国(weaker countries)」と呼ばれた。
 本年の輸入インフレは、放っておいても来年には沈静化すると考えて、景気対策のための金融超緩和に固執する日本は、かつての「弱い国」の轍を踏むリスクがあるのではないか。

【日本のマクロ需給は、まもなく需要超過に転じる】
 ⑶日本はコロナ不況からの回復が遅く、米国などが1年前にコロナ禍前の水準を超えたにも拘らず、本年4~6月期になって、ようやくコロナ禍前の水準に戻った。このような状況の下で、マクロ需給はまだ供給超過である。
 1周遅れに見える日本の回復の遅れは、コロナ禍発生時の欧米と日本の景気局面の違いに由来する。
 日本は19年1~3月期から自律的景気後退に入っていたにも拘らず、同年10~12月期に消費税率を10%に引き上げて景気後退を加速した(10~12月期は前期比年率-2.9%減)。その局面で、20年1~3月期にコロナ禍が発生した。このため、20年4~6月期の実質GDPの落ち込みは、前期比年率で-28.5%、前年同期比で-10.6%と巨額に達し、その後は、景気後退とコロナ禍の二重苦からの立ち直りで回復は遅々としていた(20年7~9月期から21年4~6月期に+7.3%、21年7~9月期~22年4~6月期に+1.6%)。このため、日本はコロナ禍前までの回復が一周遅れとなったのだ。
 しかし、本年4~6月現在、実質GDPはコロナ禍直前の19年10~12月とほぼ同じ水準(+0.6%)まで回復した。本年7~9月期以降は、自律的景気回復とコロナ禍からの回復が続き、日本もようやくコロナ禍前の水準を超えて成長していくであろう。
 当面の日本の潜在成長率は0.22%(日銀推計)と極めて低いので、本年1~3月期現在、-1.21の供給超過(同)となっている受給ギャップは、本年4~6月期の年率3.5%の成長で受給超過に転じた可能性が高い。その下で、本年7~9月期以降の回復が続くことによって、マクロ受給ギャップは次第に引き締まっていく。その時、日銀が考えるように、明年のインフレ率が自然に2%を割って静まっていくことがあり得るだろうか。極めて疑問である。

【物価上昇による実質所得の減少に日銀は無関心なのか】
 ⑷最後に百歩譲って、日銀政策委員達の見通し(中位数)のように、消費者物価の前年比が22年度の2.3%から23年度に1.4%に低下するとしても、これはまだマイルドインフレの持続であり、勤労者の実質賃金低下と年金生活・金利生活の高齢者の実質所得低下は続くであろう。「物価安定」を使命とする日銀は、それでもよいのであろうか。