孤立する黒田日銀総裁―ジャクソンホール会議寸評(2022.8.29)

【ジャクソンホール会議とは】
 米国のカンサスシティ連銀が主催し、毎年8月末の週末に開催されるジャクソンホール・シンポジウムが今年も先週末に開かれ、閉幕した。
 これは米国連銀の幹部、主要国中央銀行の幹部、IMF、BISなど国際金融機関の幹部、主要大学の金融論教授などが、米国ワイオミング州にあるジャクソンホールのグランド・ティートン・ホテルに招待され、金、土の2日間、その年の金融政策の主要論点について議論する会議で、単独のプレゼンテーション(講演)と複数人によるパネルディスカッションがあり、フロアからは活発なコメントや質問がでる。私は日銀の金融研究所長、理事、野村総研理事長をやっていた1980年中頃から90年代中頃まで毎年招待されて出席していたので、会議の様子はよく知っている。

【インフレ抑制最優先が鮮明に】
 米国では、景気が悪くなれば、FRBが金融引き締めの度合い(利上げのテンポ)を和らげるのではないかという観測が市場に出ていたが、米国FRBのパウエル議長は講演で、「インフレ抑制をやり遂げるまで引き締めをやり続けなければならない」と述べ、利上げ継続によるインフレ阻止最優先の姿勢を鮮明にした。
 ECB(欧州中央銀行)のシュナーベル専務理事も、成長率低下などのリスクを冒してもインフレを抑える「“決断の道”が支持されている」と講演で述べた。彼は「高インフレが定着する可能性とコストが不快なほど高い」と述べたと伝えられている。

【石油危機のトリレンマ対策から教訓を学んだ各国中央銀行】
 先進国の中央銀行は、このようなインフレ抑制最優先の姿勢を、石油ショックの時に学んだ。石油価格の大幅上昇に伴い、先進国は輸入インフレ、景気後退、貿易収支悪化のいわゆる「トリレンマ」に陥ったが、この時、インフレ抑制を最優先とし、景気刺激は物価が落ち着いたあとにした米国、西独、日本がトリレンマから最も早く脱出して「強い国(stronger countries)」と呼ばれ、景気刺激にも気を配ってインフレ抑制をほどほどにした西独以外の欧州諸国は、いつまでもスタグフレーションが続き、「弱い国(weaker countries)」と呼ばれた。当時私は、日本代表の1人として、日本銀行からOECDのEPC(経済政策委員会)に出席し、各国代表とこの議論をしたことを鮮明に覚えている。

【孤立した黒田日銀総裁】
 黒田日銀総裁は、今回のジャクソンホール会議に出席はしていたが、フランス、スイス、韓国などの中央銀行総裁が招かれたパネルディスカッションには招かれなかったようだ。フロアからの発言も伝えられず、全体の議論の流れに参加できなかったのであろう。白川前総裁の活発な発言やパネル参加を想うと、淋しいことだ。
 無理もない。日本のインフレは①輸入コストプッシュインフレで、総需要増加に伴う企業収益や賃金の増加によるものではなく、②一時的だ、といして異次元金融緩和を墨守し、政策転換をしない黒田総裁は、世界の議論の流れに参加する余地がないのだろう。

【日銀は日本の物価上昇に対する認識を改めよ】
 しかし世界の中央銀行は、輸入インフレが国内の予想物価上昇率を高めて国産インフレに転換して、一時的ではなく、継続的なインフレになることを、十分に承知しており、それを防ぐのは金融政策によるインフレ抑制最優先の政策であることを確信している。それが示されたのが、今年のジャクソンホール会議であった。
 日本でも各種調査による企業や家計の予想物価上昇率が上昇しており、値上がり品目は拡散し、GDPデフレ・ギャップは解消に向かっている。とても、一時的な輸入インフレでは済みそうにない。
 帰国した黒田総裁が、ジャクソンホール会議での各国の議論を踏まえ、日本のこれらの指標を点検し直し、9月の政策決定会合では政策転換に動き出すことを是非とも期待したい。