年頭所感―本年の日本経済が経済史上に持つ意味(2021.1.1)
【中期経済戦略の需要サイド重視から供給サイド重視への転換】
2021年の年頭に当たり、本年の日本経済が経済史上に持つ意味を考えてみたい。
最も重要な変化は、中期経済戦略が需要サイド重視から供給サイド重視に転換した初年となることではないだろうか。
2012年暮れに政権についた第2次安倍内閣は、①大胆な金融緩和、②財政出動、③経済成長政策の3本の矢から成るアベノミクスを打ち出した。今振り返ると、③の成長政策は、口先ばかりで何も実効を挙げていないし、②の財政出動は、歴代の内閣も多かれ少なかれ実行していた程度のことであり、2019年10月には景気後退下の消費税率引上げという逆噴射さえした。従って、実効を挙げた中期的経済政策は、①大胆な金融緩和だけであった。
【「異次元」金融緩和の導入と失敗】
13年1月に安倍政権と日銀は「共同声明」を発表し、物価安定の目標を消費者物価で前年比2%上昇と定め、同年3月に着任した黒田総裁は、㋑操作目標をコールレートという「金利」からマネタリーベースという「量的金融指標」に変え、これを2年間で2倍に拡大する、㋺このため長期国債を大量に買い入れる、㋩ETF、J-REITなど市場の民間債も買い入れる(後に社債、CPの買入も拡大)、㋥これらを「量的・質的金融緩和」と称し、2%の物価上昇率が安定的に続くまで続ける(時間軸政策)、とした。
しかし、この「異次元金融緩和」(黒田総裁の言葉)にも拘らず、2%の物価目標が一向に達成されないのを見て、14年以降、買入金融資産の量的質的拡大、16年にはコールレートをマイナスに導くマイナス金利政策の導入、18年には長期国債市場利回りのゼロ%近くへの誘導(「長短金利操作付」量的質的金融緩和の導入)と次々と金融緩和政策を強化したが、消費者物価(除、生鮮食品。消費税率引上げの影響を調整)の前年比は2%に達しないどころか、逆に1%以下にとどまった。
【異次元金融緩和下のマクロ需給好転と失業率低下は、潜在成長率低下のお陰】
異次元金融緩和は、マネタリーベースの残高を18年までに4倍にまで拡大し、市場の短期金利をマイナスにまで引き下げるなど異常な行動に出たが、物価上昇率は前年比で1%以下にとどまり、20年にはコロナ禍に伴うマイナス成長で物価は下落し始めた。
しかし、実体経済に対する拡大効果はあるにはあった。景気上昇は12年12月から18年10月まで続き、完全失業率は完全雇用の2%台前半まで下がったからだ。ただし、この間の実質成長率は年平均1.1%程にすぎなかった。ところが、潜在成長率は、成長政策の欠如から生産性があまり高まらなかったため、1%以下にまで低下してしまったので、マクロの需給ギャップは1%成長の下でも引き締まり、失業率は低下したのである。
【銀行の資産選択を知らないリフレ派の失政】
マクロの需給ギャップが引き締まり、マネタリーベース残高が4倍にもなったのに、一行にインフレが起きなかったばかりか、物価上昇率は1%以下に低迷していたのは何故だろうか。
それは、物価上昇圧力を生み出すマネーストック残高の伸びが一向に高まらず、物価上昇圧力となるような総需要の伸びが起こらなかったからだ。マネーストックのM2やM3の前年比は、13~19年の間、2~3%台のまま動かなかった。上記の実体経済の拡大も、マネーストックの増加から起こったのではなく、金利低下から起こったのである(計量分析で実証済み)。
安倍首相が内閣顧問や日銀役員として重用したリフレ派の学者・エコノミスト達は、「信用乗数」(マネタリーベースとマネーストックの比率)は概ね安定していると考えるナイーブなマネタリストなので、マネタリーベースを何倍かに増やせば当然マネーストックの伸びも高まって、物価上昇率が2%を超えると考えた。しかし、彼等は銀行の資産選択行動を知らないナイーブなマネタリストに過ぎなかった。
【銀行の資産選択理論とは】
銀行の資産選択行動をJ・トービン教授の理論に従って単純化すると、銀行はマネタリーベース(第1線準備)とコールローン(第2線準備)と貸出・有価証券投資(その裏側はマネーストック)の3資産選択を行っており、異次元金融緩和でコールローンの収入であるコールレートをゼロやマイナスまで下げ、貸出・有価証券投資の予想収益率の中心にある長期金利をゼロ近くに誘導した結果、この2つの資産に対する選好は著しく低下した。相対的にベースマネーについては、保有した時の「機会費用」(保有した時に失われる得べかりし収入)であるコールレートや貸出有価証券投資の予想利回りが低下(マイナスのコールローンの場合は「機会収益」にさえなる)しているので、保有選好は著しく強まった。その結果、マネタリーベースの残高はどんどん増加し、マネーストックを増やす貸出・有価証券はあまり増えなかったのである。
【DX、EC、カーボンニュートラルなどの構造改革で全要素生産性を高めよ】
昨年9月に安倍前首相に代った菅新首相は、リフレ派を除く民間人・学者の意見を広く聞き、安倍内閣の7年間の間、日本経済が低成長で低迷していた理由は、金融緩和が不十分で総需要が不足していたからではなく、構造改革・規制改革などが不十分で、日本経済の全要素生産性の上昇率が低くなり、供給能力の伸び(潜在成長率)が低下していた、という供給側にあることを悟ったようだ。
菅首相の供給面改革の政策としては、官庁の縦割りを取り払ったデジタル庁の創設、2050年までに温暖化ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル宣言」などが目を引くが、大切なことは、民間の電子商取引(EC)、情報技術を使った事業変革(DX)、脱炭素化(地球温暖化ガスの排出抑制)、在宅勤務(テレワーク)、ジョブ型雇用契約などを支援する規制改革を推進することだ。それによって日本経済の供給側の構造改革を進め、全要素生産性を高め、潜在成長率を引き上げることである。
後から振り返り、2021年がその出発の年であったということになることを祈っている。
【コロナ禍を転じて福と成せるか】
新型コロナウィルス感染症の第3波が猛威を振るっている。一部の先行企業でワクチンが開発され、その普及が本年のスケジュールに登ってきたことは喜ばしい。これによって、本年がコロナ禍克服の年になることを祈りたい。
コロナ禍の過程で、日本の多くの問題点も明らかになった。官庁の縦割りに基づく当初のPCR検査の不足、医療体制に対する支援の不足、在宅勤務を支えるDXやECの普及不足などは、今後それを妨げている制度上の要因を明らかにし、規制改革、構造改革につなげることが望まれる。
その意味で本年が、「禍を転じて福と成す」年になることを願わないではいられない。