「リフレ派」の敗北と金融政策から財政政策への回帰(H28.12.1)
―2016年の年間回顧―

【世界的な非伝統的金融政策の導入】
 08年のリーマン・ショックに伴い、世界経済が同時不況に陥って以来、日本、米国、EUなどの先進各国・地域では、金融緩和政策によって政策金利をゼロ%まで引き下げたが、それでも景気が立ち直らない深刻な不況に直面した。
 そこで各国・地域の中央銀行は、ゼロ金利政策に加え、国債や民間債を大量に買い上げて資金を供給する「量的金融緩和(QE)」という「非伝統的金融政策」を打ち出した。米国のFRBが08年末から始めた「量的金融緩和(QE)」に続いて、日本銀行は13年4月から「量的・質的金融緩和(QQE)」を打ち出し、ECBも15年1月から日米と同様の量的緩和を打ち出した。英国のBOEは、FRBより少し前に量的緩和を始めている。先進国の中央銀行の保有資産は、これに伴って著しく膨張した。

【明らかになった量的金融緩和の限界】
 この量的金融緩和の結果、16年現在、これら先進国・地域では「デフレではない」状態になっているが、景気の回復力が弱く、依然として低成長にあえいでいる。
 それでも米国だけは、QEを了えて、15年12月に0~0.25%(事実上のゼロ金利)であったFFレートを0.25~0.5%へわずかに0.25%引き上げ、本年12月14日のFOMCでは、更に0.25%引き上げると噂されるところまできた。しかしこの米国でさえ、リーマン・ショック以前に比べれば景気回復力は弱く、インフレ率は低い。ましてや日本やEUでは、非伝統的金融政策から決別する目途は、まだまったく立っていない。

【リフレ派の敗北】
 このような状況の中、量的金融緩和だけで経済を立ち直らせることが出来ると主張してきた「リフレ派」の旗色が、当然のことながら悪くなってきた。
 安倍内閣の内閣官房参与として、アベノミクスを理論面から支えてきた浜田宏一エール大学名誉教授は、11月15日付の日本経済新聞の「経済観測」欄で、

「デフレは(通貨供給量の少なさに起因する)マネタリーな現象だと主張してきたが、―中略―金利がゼロに近くては量的緩和は効かなくなるし、マイナス金利を深堀りすると金融機関のバランス・シートを損ねる。今後は減税も含めた財政の拡大が必要だ」

として、量的緩和だけで経済を立ち直らせることが出来るという従来の「リフレ派」の理論的誤りを認めた。
 経済の建て直しは、量的金融緩和だけでは無理で、財政政策と成長政策(規制改革などの構造改革)が必要だという主張は、かつて白川方明第30代日銀総裁(08年4月~13年3月)が強く訴えていたことで、浜田教授は著書の中でこの考え方を「口を極めて」批判していたが、結局は白川氏の軍門に下ったということであろうか。

【財政拡大政策の有効性に気付く】
 浜田教授の変心は、本年8月に米国ジャクソンホールで開かれた恒例のカンサスシティ連銀主催のシンポジウムに、C.シムズ米プリンストン大学教授が提出した論文を読んで、「目からウロコが落ちた」からだと言う。この論文の「触り」は、

「財政拡大は、それに伴う財政赤字拡大を穴埋めするため、将来、増税または支出削減が行われるという期待を生み出し、現在の支出抑制を招くので、拡大効果は無い」

という従来の理論に対して、

「財政拡大は、それに伴うインフレ率の上昇によって税の自然増収を生み、拡大に伴う財政赤字を埋めると期待されるので、支出抑制を招かず、拡大効果がある」

という主張をしている点である。もしこの主張通り、財政拡大が財政赤字拡大を招く心配がなく、総需要拡大政策として有効であるならば、ゼロ金利下の金融政策による量的緩和が無効の今日、財政拡大こそが「助っ人」になるべきだという結論になる。
 結局この結論は、金利がゼロまで下がり、金融政策が「流動性の罠」に陥って有効性を失った時は、財政拡大政策を出動させよと述べたJ.M.ケインズ(『雇用、利子および貨幣の一般理論』1936)の主張と同じことを、80年も経った今、繰り返しているに過ぎないと言うべきであろう。

【明年は日米で金融緩和から財政拡大へ重点がシフトする年】
 明年を展望すると、米国でも日本でも、この通りの政策が展開されそうである。
 米国では、トランプ次期大統領が、大規模なインフラ投資と所得税・法人税の減税を公約している。またFRBのS.フィツシャー副理事長は、最近の講演で「金融緩和政策だけではなく、財政拡大政策も必要だ」と述べている。
 日本では、安部政権が大規模な本年度第2次補正予算をすでに成立させ、更に来年度当初予算でも、公共投資の拡大持続を企図している。今後はさらに、オリンピック関連予算も加わって拡大が続くだろう。

【異次元金融緩和政策は失敗した】
 13年4月から始まった「異次元」の金融緩和政策は、2%のインフレ目標未達成という意味で失敗に終わり、操作目標を「量」から「金利」に転換した。これ以上の量的緩和の拡大はあり得ないであろう。
 結局、リーマン・ショック以降の世界同時不況は、リフレ派が主張する量的金融緩和だけでは克服できず、来年以降は金融緩和政策から財政拡大政策へ、ポリシーミックスの重点がシフトすることによって、経済の建て直しが試みられることになろう。