マイナス金利導入の問題点(H28.1.30)

【「マイナス金利付き量的質的金融緩和」のスタート】
 日本銀行は、1月29日の政策委員会・金融政策決定会合において、マイナス金利の導入を決定した。具体的には、
 ①各金融機関の日銀当座預金残高のうち、金融機関が積み上げた既往の残高(2015年1~12月積み期間における平均残高)には従来通り+0.1%の金利、
 ②㋑所要準備額に相当する残高、㋺金融機関が、貸出支援基金、被災地金融機関支援オペ、により資金供給を受けている場合は、その金額に対応する残高、㋩日本銀行当座預金がマクロ的に増加することを勘案して、適宜のタイミングで加算する金額、の三つの合計にはゼロ%金利、
 ③上記の①と②を上回る残高にはマイナス0.1%の金利、
をそれぞれ適用することとし、2016年2月16日から実施する。
 従来の「量的・質的金融緩和」はそのまま続けることとし、以後は「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」となる。

【マイナス金利に期待する効果】
 中央銀行が、民間金融機関から預かった当座預金にマイナス金利を適用する(いわば懲罰金をとる)「マイナス金利」政策は、既にヨーロッパで、ECB(欧州中央銀行)やスイス、スエーデン、デンマークの中央銀行が導入している。しかし、その拡張的政策効果の限界や副作用については、これ迄にさまざまの指摘がなされており、それ等はそのまま今回の日本銀行のマイナス金利政策についても当てはまると考えられる。
 マイナス金利政策の拡張的政策効果は、主として二つのルートで発揮されると想定されている。
 一つは、市場金利低下の総需要拡大効果であり、もう一つは、金融機関が懲罰金を嫌って資金を貸出や投資に向ける効果である。

【金利低下の総需要拡大効果は限定的】
 まず金利低下については、これによってイールド・カーブの起点が下がり、長短金利全体の低下が期待されると日銀は説明している。しかし、日銀当座預金の一部に僅か-0.1%の金利が付いたからと言って、どれだけの金利低下が起こり、それがどれだけの総需要拡大をもたらすというのであろうか。
 既に3年間続いた「量的質的金融緩和」によって、期待インフレ率が上昇し、名目金利が押し下げられ、実質イールド・カーブは短期で-2%弱、10年超の長期で-1%弱まで下がったという計測がある(日本銀行ワーキングペーパー・シリーズ№15-J-4、2015年6月)。それでも、本年度の成長率は1%程度にしかならないのである。
 マイナス金利政策でイールド・カーブの起点が仮に0.1%下がったとしても、何程の拡張効果があると言うのか。期待成長率の低下と内外リスクの拡大によって支出の金利弾力性が低下している現状においては、-0.1%のマイナス金利政策の総需要拡張効果は、無きに等しいのではないか。

【マイナス金利政策と金融機関収益のトレイド・オフ】
 次に、金融機関が-0.1%の懲罰金利を嫌って、資金を貸出や投資に回す効果である。現在、「流動性の罠」に陥っているほど貸出や投資の機会が乏しい時に、-0.1%のコストを嫌って貸出や投資を拡張するような行動に出るであろうか。そのような行動は極めてリスキーである(収益を悪化させるリスクが高い)。
 しかし、そうだからと言って、何もしないで懲罰金利を払い続けると、やはり収益は悪化する。
 このように、マイナス金利政策と金融機関収益はトレイド・オフの関係にあり、強力なマイナス金利政策は大幅な金融機関収益の圧迫になる。従って、前述のように-0.1%では総需要拡大効果が乏しいと言っても、大幅なマイナス金利政策は、金融機関収益圧迫との関係で、始めから出来ない相談なのである。

【マイナス金利政策の副作用―量的緩和と矛盾】
 このように、マイナス金利政策の効果は小さいが、反面で無視できない副作用がある。
 第一は、マイナス金利政策と量的緩和政策の矛盾である。民間金融機関は、日銀に国債を売った代金を日銀当座預金に預けるとペナルティーが懸るのであるから、国債を日銀に売りたくないという動機が当然働く。日銀がどうしても年間80兆円の国債を買い続けるためには、国債を高い値で買う以外にない。これは国債金利の低下であるから狙った政策効果であるとしても、長期国債買入政策の安定性を損ない、またオーバー・パーで買い続ける日銀の損失は大きくなる。
 第二に、マイナス金利政策の導入自体が量的緩和政策の限界を日銀が認めた証拠と見られ、量的緩和政策の持続性に疑問が持たれることになろう。そうなると、金融緩和政策は早晩手詰まりになるという予測が生まれ、金利上昇とそれに伴う評価損の拡大でシステミック・リスクが高まる恐れがある。

【円安株高の歓迎ムードは長続きしない】
 市場では、1月29日の政策決定会合で、新政策が打ち出されると期待する向きは少なかったので、始めは消化難に陥った。マイナス金利政策が金融機関収益を圧迫することは、直ぐに理解出来たので銀行株が暴落し、最初は株価全体も大きく下がった。しかし、これは追加金融緩和のポジティブ・サプライズと分かると、銀行株を残して暴騰した。結局、円安・株高で週末を迎えることなった。
 しかし、今後はマイナス金利政策の問題点が理解されるにつれて、単純な歓迎ムード一色ではなくなるであろう。むしろ、金融政策の手詰まりに対する警戒感が徐々に出てくるかも知れない。政策決定会合における票決が、賛成5、反対4であったことには、政策委員達の良識が出ているように思われる。

【2%インフレ目標達成にこだわるな】
 結局今回のマイナス金利導入は、2%のインフレ目標を達成する迄は、日本銀行はあらゆる手をつくすという断固たる姿勢が揺るぎがないことを示し、企業や消費者の期待インフレ率の低下を防ぐことに最大の狙いがあったのであろう。
 しかし、2%は、日本における物価安定時の消費者物価指数のインフレ率としては高過ぎるのではないか。かつて長い間日本銀行が主張していたように、1%強であれば、生鮮食品とエネルギーを除く消費者物価指数で既に実現している。
 いま2%の目標実現にこだわって焦ることはない。無理をすれば、副作用が大きくなるだけであろう。