回顧と展望(H26.12.29)

―経済運営に失敗した2014年、景気浮揚と「出口政策」模索のチャンスがある2015年

【財政再建を優先した財政政策の逆噴射に、景気が耐えられると思ったのがそもそもの間違い】
 2014年のマクロ経済の運営は、一言でいえば失敗であった。
 財政政策の逆噴射という政策の失敗が、2014年度の経済成長率を5年振りのマイナス成長に陥れた。14年4月からの消費税率3%引き上げによって、消費者物価の上昇率が名目賃金や名目所得の上昇率を上回り、実質GDPの6割を占める実質家計消費は、4月以降前年水準を下回り続けている。
 他方、財政支出の規模も、13年度末の補正予算と14年度当初予算の合計は101.3兆円にとどまり、12年度末補正予算と13年度当初予算の合計105.6兆円を4.1%下回り、経済を支える力は衰えた。
 安倍政権は、14年度の財政が歳入歳出の両面からマクロ経済にネガティブに働く事は最初から分かっていた筈である。しかし財政再建に必要なこの程度の緊縮に、景気が耐えられるであろうという官僚や御用学者の予測に乗ったことが、そもそもの安倍政権の経済運営上の誤りである。

【円安、株高、デフレ脱却から生まれる景気回復の効果は安倍政権が考えている程大きくない】
 何故安倍政権は、14年の景気が財政の逆噴射に耐えられるという予測に乗ったのであろうか。
 最大の理由は、黒田日銀の「量的・質的金融緩和」の景気刺激効果を、過大に考えていたからであろう。
 確かにこの異次元金融緩和は、①円高を修正して大幅な円安を実現し、②株価低迷を吹き飛ばして大幅な株高を招き、③97年から15年間続いていたデフレ(消費者物価の持続的低下)から脱却してマイルド・インフレに転じることに成功した。
 しかし、この①~③(円安・株高・デフレ脱却)は、安倍政権が考えていた程、経済を立て直す力が無かったのである。

【円安は輸出数量伸長の効果が小さく、国内消費圧迫の効果があった】
 長く続いた円高の下で、日本の輸出企業の国内工場が海外に大規模に移転してしまったので、①の円安は日本の国内からの輸出数量を大きく伸ばす効果がなかった。むしろ、円安に伴う日本の交易条件悪化で、金額ベースの貿易収支の赤字は、13~14年中に大きく拡大した。これは、輸出に関係なく、国内向け商品・サービスの供給を仕事とする多くの中小企業の輸入原材料コストの上昇を招き、収支を悪化させた。家計も同様に、輸入品の値上げりで実質消費の抑制を余議なくされた。
 結局、円安で得をしたのは、外貨収入と海外資産の円建評価額が膨らんで収益が拡大したグローバルな大企業であった。この企業収益拡大は、株価上昇に寄与したが、賃金・雇用の好転にはあまり結び付かず、この面からの景気押し上げは少なかった。

【株高の資産効果は限定的、所得格差拡大という負の側面もある】
 日本の製造業のウェイトは、GDPベースでは2割弱にすぎないが、東証一部上場企業ベースでは約5割なので、上記円安の企業収益好転効果は、株高に効く。しかし、円安に伴う株高は、外貨ベースでは必ずしも株高にはなっていない。従って、グローバルに活動する日本の企業にとっては、株高の経済的な意味は限られている。
 ②の株高の意味があるのは、国内で活動している企業や家計で株式を保有している場合である。株高は資産価値を増やし、資産効果で支出を刺激する。しかし、株式を保有していない一般の家計にとっては無縁な話であるから、株高に伴う支出拡大効果は極めて限定的であり、むしろ所得格差拡大という負の側面もある。

【デフレを脱却したのにマイナス成長になった理由】
 最後に③のデフレ脱却、マイルド・インフレ進行の景気刺激効果である。
 金融資産・負債の残高ベースで負債超過(投資超過・資金不足)の部門は法人企業と一般政府と海外であり、資産超過(貯蓄超過・資金余剰)の部門は家計である。従って、インフレは所得分配上、債務者利得の発生する法人企業、一般政府、海外に有利、債権者損失の発生する家計に不利である。反対にデフレは、債権者利得の発生する家計に有利、債務者損失の発生する法人企業、一般政府、外国に不利である。
 このストック・ベースから生まれる所得分配効果だけを見れば、デフレを脱却してマイルド・インフレにすれば景気がよくなると考えるのは誤りである。企業と政府と海外が得をし、家計が損をするだけだからだ。
 しかし、デフレで不利となる企業が雇用や賃金を減らし、政府が緊縮財政政策に傾けば、フローの面で家計も不利になる。だから、デフレは経済全体にとってやはりよくないのだ。
 ただ、デフレを脱却してマイルド・インフレになった時、有利となった企業が雇用や賃金を増やし、政府が積極財政に転じなければ、家計にとってはデフレ脱却で少しもプラスにならないことになる。
 14年中に実際に起こったことは、デフレ脱却で有利になった企業は雇用・賃金を十分に増やさず、政府に至っては逆噴射の緊縮財政政策を行ったのである。だから、14年度はマイナス成長になろうとしている。

【15年4月以降、実質賃金、実質消費が前年比プラスに転じる】
 以上、異次元金融緩和が生み出した①円安、②株高、③デフレ脱却、が14年度の景気を好転させず、逆にマイナス成長に陥らせた原因を見た。
 2015年は、この政策上の誤りを正し、景気を浮揚させるチャンスである。
 第一のチャンスは、14年4月の消費税率引き上げの影響が、15年4月以降の消費者物価の前年比上昇率から消えることだ。最新計数の14年11月の全国消費者物価(除、生鮮食品)は、消費増税の影響を除くと、前年比+0.7%の上昇である。他方、7~9月期の名目賃金(厚労省調べ)は前年比+1.5%、雇用者報酬(内閣府調べ)は同+1.0%のそれぞれ上昇である。消費増税の影響がなければ、既に実質賃金や実質雇用者報酬は増加しているのである。15年のベース・アップや賞与は14年より大幅になるとすれば、家計の実質所得、実質消費は、15年4月以降前年水準を間違いなく上回るであろう。

【10~12月期から成長率は緩やかなプラスに転じる】
 第二のチャンスは、14年4月以降に起こった消費増税前の駆け込みの反動による落ち込みは7~9月期で終わり、10~12月期からは緩やかに回復する気配が出ていることである。例えば、鉱工業生産、出荷は、14年4~6月期、7~9月期と2四半期連続して前期比マイナスであったが、10~11月の実績と12月の予測調査から見て、10~12月期に前期比プラスに転じることは、ほぼ確実と見られる。この緩やかな回復をリードしているのは、設備投資とようやく立ち直ってきた輸出数量である。
 15年4月以降は、この回復傾向と、前述した実質消費のプラス転換によって、緩やかな成長路線が次第に確りして来るのではないか。その勢いがどれ程の強さになるかは、17年4月までの2年間、消費増税がないというチャンスを活かして、企業がどの程度前向きに設備と雇用の拡大、賃上げを実施するかに懸っている。

【15年度中に「出口政策」を模索せよ】
 15年度以降2年間、緩やかな成長軌道に乗り、デフレに戻る心配が無くなった時は、日銀はたとえ消費者物価の上昇率がインフレ目標の2%に達していなくても、現在の米国のFRB(連邦準備制度理事会)がそうしているように、量的緩和政策を手舞う「出口政策」に入るべきである。14年10月31日の「量的・質的金融緩和」の「拡大」に伴い、日銀の保有資産の対GDP比率は、FRBの27%の倍を超え、60%を突破しようとしている。その内容は、平均残存期間7~10年の長期国債、ETF(上場投資信託)、J‐REIT(日本版不動産投資信託)などであるから、日銀資産の金利リスク、流動性リスク、信用リスクは高まり、資産内容は劣化している。
 量的緩和のためにやむを得なかったとは言え、このようなリスクの一層の拡大を少しでも早く止めるため、日銀は15年度中に、FRBの出口政策を参考にしながら、真剣に出口政策を検討し、注意深く模索すべきであろう。その場合の最大のポイントは、如何にして長期金利の上昇とそれに伴う日銀や民間金融機関の評価損をマイルドにとどめ、金融システムの動揺や円の信用失墜を防ぐかにある。金融抑圧(人為的金利規制や国債消化の割当て)は、市場の歪みと混乱を招くので決して行ってはならない。FRBのやり方から十分に学ぶべきであろう。