株価急落=「スピード調整」の裏で進んでいること―あと1年以内が勝負 (H25.6.3)

【日本の株価急落】
 5月下旬に入り、株価が急落した。
 総選挙直前にアベノミクスが打ち出された昨年11月を底に、日経平均株価は8千円台中頃から本年4月の13千円台まで大幅に上昇したが、更にその後上昇テンポは加速し、1か月あまりの間に14千円台を通り過ぎて5月22日には15.6千円にまで達した。この加速には誰もが不安を感じたと思われるが、果たして翌23日から急落し、10日間程の間に大幅な下落と小幅反発を繰り返しながら下落し、6月初現在、14千円台を割った水準にある。
 これは、急激な上昇局面での「スピード調整」であり、調整完了までに1~2か月はかかるが、その後また上昇するであろうという見方が、市場関係者の多数意見のようだ。しかし、この背後には、アベノミクスの日本経済への影響が、新しい局面に入ってきたという事実があることを、見逃してはならないと思う。

【長期金利の乱高下と上昇傾向は期待インフレ率上昇の反映】
 新たしい動きの1つは、長期金利の上昇である。長期国債の10年物市場利回りは、アベノミクスが打ち出された昨年11月には、0.7%ほどであったが、その後上昇と下落の乱高下を繰り返しながら本年4月初めには0.4%台前半まで低下した。アベノミクスの「異次元金融緩和」で、日銀の買オペ対象国債は、これまでの残存期間平均3年以内から長期化し、平均7年程度に延びることとなったため、市場の長期金利が下がると考えられた。「金融緩和→金利低下→円安と株高」の連想である。
 ところが、その後長期金利は乱高下を繰り返しながら上昇に転じ、0.9%前後に達し、これを反映して銀行の住宅ローンの金利は2度引き上げられた。「金融緩和→期待インフレ率上昇→金利上昇→円高と株安」の連想である。
 このように、アベノミクスはもともと長期金利に対し、上昇と下落の2つの影響を及ぼす性格を持っているのである。アベノミクスを打ち出して以来、長期金利の乱高下がはなはだしいのは、このためである。そして、期待インフレ率上昇に伴う金利上昇圧力の方が、徐々に強まっているものと思われる。

【長期金利の上昇を恐れることはない】
 日本銀行は長期金利の乱高下が、金融機関の資産運用のリスクを高めることを防ぐため、急激な金利上昇には弾力的な買オペで対処している。しかし、これによって長期金利のボラティリティを下げることは出来ても、アベノミクスが期待インフレ率の上昇を狙っている以上、長期金利の上昇傾向を防ぐことは出来ない。
 そもそも、中央銀行がコントロール出来る市場金利は短期金利だけであって、長短市場間にセグメンテンションがない限り(市場が効率的である限り)、期待インフレ率を反映して動く長期金利をオペレーション(日銀による売買)でコントロールすることは出来ない。
 今後アベノミクスの狙いが功を奏し、人々の期待インフレ率が一層上がっていけば、長期金利の一層の上昇は避けられない。
 しかし、その弊害を過度に心配する必要はない。第一に、この金利上昇は名目金利の上昇であって、そこから期待インフレ率を差し引いた実質金利は上昇していないので、実体経済に抑制的効果は及ばない。
 第二に、長期金利の上昇は財政負担を大きくするが、財政再建の尺度である「財政の基礎的収支」からは、金利負担が除かれているので関係ない。財政再建は長期趨勢の課題であって、短期的に循環変動する金利の影響は除いて考えるのが適切だからだ。

【米国の金融緩和縮小=出口政策の影響】
 今回の株価急落は、テクニカルには「スピード調整」であろうが、その裏にはアベノミクス自身が引き起こしている長期金利の上昇があることを指摘したが、もう1つ見逃せない動きがある。それは米国の景気が少しずつ堅調になってきているため、FRB(連邦準備制度理事会)の内部において、量的金融緩和の縮小、いわゆる「出口政策」の検討が始まっていることである。本年後半にはこれが表面化してくると思われる。金融緩和の縮小は米国の金利を上昇させ、程度の差はあれ米国株価の下落を招くと思われるので、これに連動して日本の株価が下落するリスクがある。米国の長期金利上昇は日本の長期金利上昇にも響くので、この面からも日本の株価に下落圧力が懸る恐れがある。
 もっとも、連動する日本の金利上昇は、米国の金利上昇を下回るとすれば、ドル高=円安の圧力を生み、日本の株価に好ましい影響を与える面もあろう。

【金融相場から業績相場に移行すれば、更に上昇余地】
 以上、日本の株価急落の背景には、日本の長期金利上昇と米国の金融緩和縮小の可能性があることを指摘したが、それによって「スピード調整」後の株価が上昇力を失うと見るのは早計であろう。日本の株価は、これ迄の「金融相場」から今後は「業績相場」に移行する可能性があるからである。
 本年3月期決算に基づく株価収益率(PER)や株式益利回りは、東証一部全銘柄ベースで、それぞれ26.66倍と3.80%であったが、明年3月期決算の予想に基づく試算では、それぞれ17.5倍と5.70%となる(植草一秀氏試算)。従って、業績相場という観点からは、日本の価格にはまだ上昇の余地がかなり残されている。

【第3の矢、成長戦略が成功しなければ、業績相場は尻つぼみとなる】
 しかし、明年3月期の業績予想、更にはその先の2015年3月期の業績予想を左右するのは、アベノミクスの第3の矢、「成長戦略」の成否であろう。何故なら、第1の矢の金融緩和と第2の矢の財政出動だけでは、以下に述べるように、日本経済が持続的成長軌道に乗ることは出来ないと見られるからだ。
 金融緩和は、これ迄のところ、期待を通じる株高と円安に成功したが、株高の資産効果と円安の輸出促進効果だけでは、経済成長率はそれ程高まらないし、持続性もない。ベース・マネーの大量供給は銀行の準備を豊富にしているが、その結果銀行貸出が増えて企業の投資が増える気配はない。円安による収益好転に伴って輸出企業の内部留保は豊富になっているが、それを使って投資や雇用の拡大や、ベース・アップを実施する動きはない。企業は第3の矢によって本当に日本経済の持続的成長が実現するかどうかを、慎重に見極めようとしている。
 財政出動は、これ迄のところ経済成長を支えているが、昨年度の大型補正予算が本年度経済を支えるのが最後であろう。財政赤字をこれ以上拡大するような財政出動を行う気は政府にないし、むしろ逆に2014年4月に3%、15年10月に2%、合計5%(13兆円)の消費税増税を実施する構えを崩していない。

【成長戦略が日本の命運を決める】
 成長戦略が掛け声倒れに終わった場合の日本経済は、惨憺たる有様になろう。経済成長は十分に高まらず、マクロ需給ギャップはあまり縮小しないし、賃上げも抑えられたままなので、インフレ率は目標の2%に達しないであろう。しかし、消費税率引き上げの影響で2%は上昇するので、表面的には3%前後の上昇となろう。名目賃金の上昇しない勤労者の実質賃金は減少するし、年金生活者への実質給付も減少し、その引き上げは遅れる。庶民の生活は苦しくなる。
 株式や土地などの資産バブルの膨張は進み、貧富の差は拡大する。しかし、最終的にはそのバブルも崩壊して混乱を招くであろう。
 財政再建は税収が伸びないので進まず、国債の信頼は失われて下落し、長期金利が上昇する。これは金融機関のバランス・シートを悪化させ、金融危機の引き金になりかねない。
 以上のような悲惨なシナリオを避けるため、ここは総力を挙げて成長戦略を成功されなければならない。抵抗する既得収益を打ち破って規制緩和を進め、民間の新規参入の機会を医療・介護・育児、環境、電力その他のエネルギー、農業、雇用市場などで拡大し、またTPPのようなEPA網、FTA網によって、海外の優れた経営や人を呼び込まなければならない。
 勝負はあと1年以内である。