日本銀行総裁の適格条件を考える (H25.1.17)

【多忙な国内日程の合間をぬって頻繁に短期海外出張】
 安倍晋三首相は、4月8日に任期が切れる日本銀行の白川方明総裁の後任選びに、本格的に着手したようだ。
 麻生太郎副首相兼財務大臣は、日本銀行総裁の適格条件として、①健康、②語学力、③大組織運営の経験、の三つを挙げたと伝えられる。この三つは、確かに日本銀行総裁の「必要」条件である。
 日本銀行総裁は、2か月に1回開かれるBIS(国際決済銀行)の総裁会議に出席するほか、G7やG8(先進国財務大臣・中央銀行総裁会議)に出席するため、頻繁に海外出張する。最近は新興国を含むG20も開かれる。海外中央銀行や国際機関からの講演の依頼もある。多忙を極める国内の日程をかいくぐるようにして、米国、欧州、アジアなどにトンボ返りの短期出張を繰り返さなければならない。

【緊急時には時差の関係で真夜中の電話会議】
 また、国内に居る時も、沢山の会議出席と講演をこなすほか、国会開会中は参考人として頻繁に衆参両院の委員会に呼び出される。
 このような国内外の会議出席や講演は、金融政策の説明責任(アカンタビリティ)を果たす上で、総裁の重要な仕事である。従って、それを遂行するための①健康が、総裁の適格条件の一つとなるのは当然と言えよう。
 更に、グローバル化した現代の金融情勢の下では、米国、欧州と並ぶ3大金融センターの一つである日本の中央銀行は、米国、欧州と密接に情報を交換し、どこかの国の金融システムや市場に動揺を発生した時には、そのグローバルな波及を防ぐため、間髪をいれずに日米欧の中央銀行が協調して共通の対策を講じなければならない。
 このような場合の緊急連絡は、時差の関係で真夜中の電話会議になる。総裁は真夜中に起こされて、米欧の中央銀行総裁達と緊急に電話で打ち合わせることがある。①健康でなければとても務まらない。

【①健康と②語学力が無ければ日本銀行総裁は務まらない】
 以上、説明責任を果たすための国内外の会議出席や講演と、緊急時の米欧中欧銀行との真夜中の電話会議は、①健康が必須の条件となるが、加えて海外での会議、講演、海外との電話会議は、総て総裁自らが直接英語で話さなければならない。②語学力、とくに英語を自由に話せなければ、現代の日本銀行総裁は務まらない。
 しかも日常会話ではなく、数字がポンポン出てくる金融の話であるし、駆け引きもある。総裁の語学力が劣るからといって、いちいち通訳を介したり、総裁の権限を持たない代理の役員が出れば、日本は著しく不利になるのは当然である。
 スイスのバーゼルに在るBISの総裁会議では、日本を朝発って、時差の関係で夜着くと、直ちに出席する加盟国の総裁全員で夕食となるが、デザートに入る時から真剣な会議に変わる。いわゆるワーキング・ディナーである。この場合は通訳が入れないから、語学力のない総裁は著しく不利になる。

【③大組織のマネジメントの経験は必須条件】
 このように、①健康と②語学力がなければ現代の日本銀行総裁は務まらないが、麻生大臣が3番目に挙げた③大組織運営の経験も大切な条件である。
 日本銀行は、15の局、室、研究所、32の国内支店、7つの海外駐在事務所を持つ大世帯である。日本銀行総裁は、この大組織のマネジメントのトップとして、下から上がってくる様々な案件を決済し、また役員会議(いわゆる丸卓)などの諸会議をリードしている。③大組織運営の経験のない人、例えば純粋な学者には、とても困難であろう。
 しかも、総裁はこのようなマネジメントにのみ携わっているのではなく、下から上がってくる情報や意見を参考に金融政策の運営を考え、9人(総裁、2人の副総裁、6人の審議委員)から成る政策委員会政策決定会合を議長としてリードし、金融政策を多数決で決めていかなければならない。
 金融政策の決定と大組織のマネジメントの両方に責任を負う能力があることが、総裁の3番目の必須条件である。

【十分条件には④金融政策の理論、実際、歴史の知識が加わる】
 以上のように、麻生大臣が挙げた3つの条件は、確かに日本銀行総裁の「必要」条件である。しかし、これだけでは「充分」条件になっていない。もう一つは、④金融政策の理論と実際、およびこれ迄の歴史を熟知していることである。これが無ければ、日本銀行内部と政策委員会をリードし、また海外の中央銀行総裁と対等に渡り合うことは不可能であろう。グローバルな市場も、日本の金融政策を信頼しないであろう。
 安倍首相は、「より大胆な金融緩和によってデフレ脱却を図れる人」を次期総裁の条件としているようだ。「アベノミクス」の3本の矢、すなわち金融緩和、財政出動、成長戦略のポリシー・ミックスの一環として、より大胆な金融緩和を担う人物を求めていることは分かる。
 デフレ脱却と行き過ぎた円高の修正は、確かに緊急の政策目標である。次期総裁は、財政出動、成長戦略と並んで、一層の金融緩和を工夫しなければならない。2%のインフレ目標の達成、そのためのより長期の国債購入などが課題になるであろう。

【デフレ、インフレ両方向の防止こそが今後5年間の課題】
 これらに成功して2%のインフレ率に達した時、次の政策課題は「出口政策」である。2%以上のインフレや資産バブルを起こさずに、安定成長路線に軟着陸しなければならない。米国の連邦準備制度理事会(FRB)の議事録によれば、米国は今年中に現在の量的緩和から転換する「出口政策」の議論を始めているようである。
 日本銀行総裁の任期は5年である。「アベノミクス」が成功すれば、5年の間に必ず「出口政策」の局面を迎えるであろう。
 日本銀行は、過去において、政府から円高防止のための金融緩和持続の要請を強く受け、政策転換が遅れて、72~73年の大インフレ(74年には石油ショックで狂乱物価)と87~89年の資産バブル(90年以降はバブルの崩壊で「失われた20年」へ)を起こした経験がある。インフレとバブルの抑制に失敗したこの歴史を忘れずに、脱デフレにも、インフレ・バブル防止にも、両方向に手腕を発揮できる総裁こそが、いま求められているのである。デフレ脱却に偏り、インフレやバブルに対する警戒感を欠いた人物を総裁に選んではならない。