2011年経済の回顧と明年以降の課題(H23.12.27)

―第10回世田谷フォーラム(12/26)基調講演の要旨


【東日本大震災の衝撃で1〜3月期、4〜6月期はマイナス成長】
 日本経済は、2008年秋のリーマン・ショックにより、2009年には−5.5%の大幅なマイナス成長に陥ったが、2010年にはリバウンドして+4.4%のプラス成長となり、米国(+3.0%)やユーロ圏(+1.8%)を大きく上回る回復を示した。
 しかし、本年(2011年)に7月入ると、不幸にして3月11日に東日本大震災が発生し、東日本における工場、農地、漁港、道路などの生産設備とインフラが破壊され、これに伴う日本全体のサプライ・チェーンの寸断も加わって、1〜3月期(前期比−1.7%)、4〜6月期(同−0.5%)と2四半期連続してかなりのマイナス成長となった。

【国内向け出荷はほぼ回復したが、輸出が回復せず、輸入は高止まりして貿易収支が悪化】
 これを鉱工業製品の出荷動向によってみると(図表1)、工場の被災とサプライ・チェーンの寸断によって、3月と4月の生産水準が前月比夫々−15.5%、+1.6%と大きく低下したため、この2か月間の鉱工業製品の国内向け出荷は−16.1%、輸出は−19.1%の大幅下落を余議なくされた。また、その不足を補うため、鉱工業輸入は逆に+5.3%の増加となった。
 その後、国内向け出荷は5月、6月に急回復してほぼ大震災前の2月以前の水準に近づいたが(10月の2月比は−3.8%)、輸出は6月から回復したものの大震災前の2月以前の水準を大きく下回っている(同−11.4%)。他方、輸入は原発停止に伴う火力発電用LPG、原油の輸入増加もあって高止まりしているため(同+1.1%)、鉱工業製品の貿易収支は悪化したままで、これを中心に通関ベースの貿易収支(季節調整済み)は4月以降11月まで、一貫して赤字となっている。


【米欧の減速を中心に本年の先進国成長率見通しは昨年の3.1%から1.6%へ鈍化】
 大震災後8か月経っても輸出が以前の水準に戻らない理由は、原発の稼働率低下による電力不足で生産能力が十分回復しない下で輸出より国内向け出荷を優先していることによる面もあるが、本年の海外需要が減速傾向にあることの影響も少なくない。
 IMFによる本年の世界の経済成長率見通しは、6月時点の+4.3%から10月時点では+4.0%に0.3%ポイント下方修正されたが、これは米国の−0.7%ポイント、ユーロ圏の−0.4%ポイントを中心に先進国の成長率見通しが2.2%から1.6%へ−0.6%ポイントも下方修正されたことによる面が大きい。新興国・途上国も修正されたが、6.6%から6.4%へ−0.2%ポイント下方修正されたに過ぎない(図表2)。


【米国とユーロ圏の苦難】
 米国は、本年1月から12月まで給与税減税を実施したが、住宅バブル崩壊によって悪化したバランスシートの調整が家計と金融機関で進行しているため、家計消費、住宅投資、信用供与が振るわず、成長率は鈍化、失業率は高止まりしている(図表2)。
 このため、給与税減税の延長を検討しているが、財政赤字がGDPの10%に達しているため国債増発には頼れず、財源を富裕層増税(民主党)に頼るか、歳出カット(共和党)に頼るかで与野党が対立し、取り敢えず来年1月から2か月の減税延長が決まっただけである。
 ユーロ圏では、ギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペイン、イタリアなどが財政赤字と経常収支赤字の双子の赤字が大きくなり、ソブリン・リスクから国債の値下がり(金利の上昇)に直面し、それが金融機関の資産減価を招いている。共通通貨のユーロを用いているこれらの国々は、為替レート切り下げという価格調整を使うことが出来ず、もっぱら財政緊縮という所得効果で経済水準を引き下げ、双子の赤字を解決しようとしているが、国民の反対に会って政治危機が生まれている。ユーロ圏の明年の成長率は一段と低下するであろう(図表2)。

【日本の製造業と非製造業、大企業と中小企業に跛行性】
 翻って日本経済の現状をみると、2四半期連続してマイナス成長となったあと、7〜9月期は5月以降の国内需要と輸出の一定の立ち直り(図表1)がゲタを履く形で7〜9月期に響いたため、前期比+1.4%(年率+5.6%)の比較的高い成長率となった。
 しかし、本年12月調査「日銀短観」の「業況判断」と「本年度売上高計画」によると、輸出や工場展開などで海外依存度の高い大企業製造業が前回(9月)調査比で悪化し、国内依存度の高い大企業非製造業と中小企業は好転しているという跛行的な結果が出た(図表3)。
 これは、本年の米欧経済の成長鈍化、円高、タイの大洪水などの影響を本年後半になって大企業製造業が強く受けているためと見られる。
 他方、国内依存度の高い非製造業や中小企業の好転は、19兆円を超える第1〜3次補正予算が執行されるため、明年にかけて、復旧・復興の本格化とその波及効果を期待しているためと思われる。
 このような跛行性の下で、10〜12月期の成長率はプラス成長ながら7〜9月期よりは鈍化し、2011暦年の前年比成長率は僅かなマイナスになる蓋然性が高い。


【アジアの新興国・途上国の内需取り込みが大きな戦略目標】
 このような本年の推移から判断すると、明年に持ち越しされた経済的課題は、主として三つあると考えられる。
 まず海外経済との関係では、米欧先進国が問題を抱え中で、アジアの新興国・途上国は世界経済成長に対する寄与率が5割に達している。勿論、本年の新興国・登場国にもインフレやバブルの懸念から引き締め政策に転じ、輸出も米欧経済の影響で鈍化するなど問題がない訳ではないが、これまでの引き締め気味の政策運営によって、多くの国で国内の調整が峠を越え、緩和政策に転じ始めている。図表2に明らかなように、新興国・途上国の本年の成長鈍化は小さいし、明年も内需を中心にかなり高い成長率を維持するとみられる。
 従って、アジアを中心とする新興国・途上国の内需を、アジアに居る日本が取り込むことは、明年以降の大きな戦略目標であり、そのためにはアジアにFTA、EPAのネットワークを張り巡らせ、日本とアジアの双方の経済を解放し、一体化していく努力が必要である。
 日本がTPP加盟交渉への参加に踏み切った結果、TPPの外側に居るアジア諸国でも、日本とのFTA、EPA締結に関心を持ち始めた国・地域が増えている。明年以降の日本経済の対外解放戦略の推進は極めて重要である。

【復旧復興と社会保障費膨張を賄う増税】
 次に国内では、大震災からの復旧復興と、少子高齢化に伴う社会保障費の膨張をどのようにファイナンスするかが大きな問題となっている。
 政府は第1〜3次補正予算(合計19.7兆円)のうち、9.2兆円を復興債で賄った後、@来年(12年)度から3年間10%の法人税付加税、A再来年(13年)1月から25年間の個人所得税付加税、B14年6月から5年間の個人住民税均等割りの標準税率引き上げ、によって償還する方針である(図表4)。
 このうち@法人税付加税については、本年(11年)度の税率改正によって、実効税率をこれ迄の30%から25.5%へ引き下げたので、来年(12年)度から3年間10%の付加税が掛かっても、実効税率は28.05%に上昇するだけで、これ迄の30%から見れば減税である。
 これに対して、個人はAによって25年間、Bによって5年間、純粋の増税となる。
 更に個人は、税と社会保障の一体改革によって、2010年代中頃までに消費税率を現行の5%から10%へ、段階的に引き上げられる(図表4)。
 法人は減税となり、個人は増税となるこの税制改革は、13年以降の日本経済にどのような影響を与え、それを予想する12年の個人行動にどのような影響があるのか(後述)。


【停止中原発の再稼働をどう考えるか】
 三つめの課題は、停止中の原子力発電所の再稼働をどう考えるかである。
 現在日本にある54基の原発のうち、7基しか稼働しておらず、それらも順次定期検査のため休止する。原発11基を有し、原発依存度50%といわれる関西電力では、今冬の電力需要期に原子炉が1基も稼働していない。このため10%の節電を需要家に要請した上、他の電力会社から電力の融通を受けると伝えられる。このほか、東北電力と九州電力も原発の休止でこの冬の電力供給能力が不足し、他社から融通を受けると報じられている。
 停止原発を再稼働させない場合、問題は少なくとも二つある。第1は、電力不足が日本経済の復興や新しい発展を妨げないかということである。7〜9月期に急回復した経済が、電力不足が一因となって早くも10〜12月期、1〜3月期に減速するのではないかという不安がある。
 第2に、再生可能エネルギーの増設には時間が掛るので、原発を補うには火力発電所の大増設以外に途はないが、これに伴うLPG、原油、石炭の輸入増加は、エネルギーの海外依存度上昇、発電コストの上昇、地球温暖化ガスの排出増加という別の問題を招く。

【日本経済の対外開放と停止原発再稼働の重要性】
 以上の三つの課題、即ち
1.日本経済の対外開放(TPP交渉とアジア内需の取り込み)の進め方、
2.(1)復興資金調達と(2)少子高齢化に耐えうる安定した社会保障制度確立の財源として、無駄の排除の余地と増税をどう考えるか、
3.再生可能エネルギーでは間に合わない電力不足の対応策。安全停止原発の再稼働か。温暖化ガスを排出し、エネルギーの輸入依存度を高める火力発電(LPG、石油、石炭)の拡大か。
以上の1〜3、をどうするかによって、明年以降の日本経済の進路は大きく変わってくる。

【対外開放の推進を急ぎ、停止原発の再稼働に踏み切れるか】
 1.については、TPPに他のアジア諸国を呼び込み、TPPのルールをASEAN諸国とのFTAやEPAに持ち込むなどによって、日本のFTA網、EPA網をアジアに築く努力を急ぐべきであろう。
 順序は逆になるが、3.については、原発の新増設は、リスクの少ない新型原発の開発が進むまで見合わせ、研究開発のみを進めるべきであろうが、停止中の既存原発については、高い安全基準を設け、それをクリアした原発については、注意深く再稼働を始めるべきではないか。そうしないと、日本経済全体、ひいては日本の納税者にとって、負担が大きくなり過ぎて、今後の経済発展、ひいては国民生活向上の大きな阻害要因になり兼ねない。

【明年以降の命運を左右する増税問題】
 2.については、二つに分けて考える必要がある。復興債償還のための増税は、時間差はあっても、復旧復興の歳出という形で国民に還元される増税である。それが無駄な支出や財政赤字縮小(いわゆる財政再建)に使われることのないように監視する必要はあるが、原則として容認しても、経済や国民生活に悪影響はないであろう。
 少子高齢化に伴う医療、介護、年金、子育て支援などの社会保障支出の膨張を賄うための消費税率引き上げについては、@その前に国会議員の定数削減、公務員人件費カット、国の地方出先機関の統廃合、特別会計とそのさきにぶら下げる天下り先法人の整理など、宙に浮いている行財政改革の懸案を実行すること、A無駄な社会保障関係支出や財政赤字の縮小に使われないこと、の2点が大切である。この2点が解決しない限り、国民は消費税率引き上げに反対するのではないか。強行すると政権の命取りになり、消費活動における買い急ぎと、大幅な反動減を招くであろう。
 財政再建(財政赤字の縮小)には、今回の2種類の増税を転用してはならない。これは今回の法人実効税率引き下げを始めとする各種の成長促進政策によって、日本経済を成長軌道に乗せ、雇用者所得と企業収益が旧に復する過程で増加する税収を充てるべきである。
 それを待てずに、今回の増税を財政赤字の縮小に転用したり、経済の回復力が弱いうちに今回の増税を強行することを決めたりすると、その実施は先であっても、人々の「期待」を通じてその時点から支出活動を慎重化させ、明年以降の日本経済の展望に暗い陰を落とすであろう。消費税率引き上げも、2015年に固執すべきではないし、5%の段階的引き上げも、3%、2%の2段階に固執すべきではない。すべては、人々の「期待」への影響に注意を払いながら、柔軟かつ慎重に進めるべきであろう。