日本経済には米国よりも早く立ち直る条件がある

―早急な内需喚起策が大前提(H20.11.26)


【対米輸出の減少にばかり目を奪われるのは誤り】
 「米国経済が立ち直らない限り、日本経済は立ち直れないであろう」という解説が、新聞やTVで当然のようにまかり通っている。しかし、これは極端に輸出に偏った02〜07年度の成長を頭に置いた「硬直的」な発想であり、「単純」な予測ではないだろうか。
 日本経済では、欧米先進国で起こっているような急激な住宅価格の下落は起こっていない。日本の金融機関は、サブプライム・ローン問題に端を発する証券化商品、派生商品の急落による痛手を欧米の金融機関ほどは受けていない。
 それにも拘らず、欧米と同じように株価暴落が起こり、景気後退に陥っている。
 これは、欧米の不況に伴う世界経済の成長減速で輸出が鈍化するため、輸出の7割以上(年率10%以上)の伸びに支えられてきた02〜07年度の日本経済が、いわば成長のエンジンを失って失速し、企業業績の悪化や、失業の増加が起きると企業や消費者が考えているためである。
 事実、企業マインドと消費マインドは萎縮し、4〜6月期と7〜9月期の2四半期連続のマイナス成長に続いて、10〜12月期や08年度のマイナス成長も必至と見られている。

【欧米の景気後退は住宅価格下落と金融危機の悪循環による】
 しかし、欧米では金融危機の直接のインパクト、あるいはそれを引き起こした住宅バブルの破裂によって景気後退が起こっているのに対し、日本経済はその欧米に対する輸出の減少によって景気後退が起こっているのである。
 この違いをよく考えてみる必要がある。もし、日本経済の内部に欧米経済と異なる回復の要因があり、また欧米以外の新興国への輸出が維持されるならば、欧米経済が国内の不況要因に悩まされている間にも、日本経済は欧米への輸出に依存せず、独自に立ち直ってくるシナリオがあり得る。
 そこで日本と比較するために、先ず欧米の不況のメカニズムを整理してみると、下のフローチャートのようになる。不況の始発点は住宅バブルの崩壊に伴う住宅価格の下落であり、それが一方で景気後退(住宅投資と消費の減少、それに伴う設備投資の減少)を引き起こし、他方で金融危機(金融商品の値下がり、不良貸付の増加による金融機関の経営危機)を生んでいる。この金融危機は、信用収縮を通じ、間接的に景気後退と住宅価格の下落を促進している。更に景気後退は、一方で住宅価格の下落を加速し、金融危機を深刻化する形で、全体が悪循環を形成している。




【欧米は大規模な景気対策と金融危機対策で対応】
 この悪循環を断つために、米国とEU諸国では、二つの手を打っている。一つは財政出動を中心とする景気対策である。米国ではオバマ新政権が数千億ドル(数十兆円)の第2次景気対策を準備していると伝えられ、EU諸国でもドイツが500億ユーロ(約6兆円)、フランスが1750億ユーロ(約22兆円)の景気対策を発表した。
 もう一つは金融危機対策である。米国では7000億ドル(約67兆円)の公的資金投入枠を決めた金融安定化法に基づき、citiに対し、不良債権(3060億ドル)に係わる損失の補填、200億ドル(約1.9兆円)の公的資本注入を決めた。またFRB(連邦準備制度理事会)は、最大8千億ドル(約77兆円)の資金供給枠(住宅ローン証券化商品の買いオペなど)を設定した。ドイツでは金融機関の支援に5000億ユーロ(約64兆円)を用意し、フランスでは大手6行に総額105億ユーロ(約1兆円)の公的資本を注入した。

【住宅価格の下落が止まらなければ欧米の景気底入れはない
 しかし、上のフローチャートを見れば分かるように、悪循環の始発点はバブルの崩壊による住宅価格の下落であり、景気対策や金融危機対策をいくら実施しても、それによって住宅価格の下落が止まらなければこの悪循環は止まらない。
 S&Pケース・シラー住宅価格指数(米国)の先物価格の推移を見ると、下のグラフのように、先物価格が下げ止まるのは2年後の2010年、上がり始めるのは3年後の2011年である。この先物価格を形成している予想によれば、住宅価格の上昇で個人消費と住宅投資が立ち直り、設備投資も回復に転じて米国景気が立ち直るのは、早くても2年後、遅ければ3年後ということになる。




【米国の景気底入れが無ければ日本の景気回復はないのか?】
 先物価格は、あくまでも現時点の人々の予想に基づいて形成されているのであるから、米国政府の諸対策によって予想が好転してくれば、先物価格の底入れはもう少し早まってくるかも知れない。しかし、その場合でも、来年中の底入れは考えにくいので、米国経済の景気後退と低迷は、来年いっぱいは続く可能性が高い。
 米国経済が立ち直り、つれて日本の対米輸出が回復してこない限り、日本経済も不況を脱することが出来ないという最初に紹介した見方に立てば、日本経済の不況や停滞も来年いっぱいは続くことになる。事実、民間の経済研究所10社のうち8社までが、08年度に続き09年度もマイナス成長と予測している。
 しかし、この予測は、09年度については外れ、プラス成長と見る2社が当たる可能性があるのではないだろうか。

【日本に欧米型の悪循環は存在せず不況の原因はもっぱら輸出鈍化】
 理由は、少なくとも三つある。
 第一に、日本の景気後退は、欧米とは異なり、上のフローチャートのような悪循環によるものではない。もっぱら輸出の鈍化が始発点となって起こっている。
 日本では、欧米のような住宅バブルは発生していなかったから、住宅や土地の値下がりは遥かに小さい。また、日本の金融機関は、証券化商品や派生商品の値下がりに伴う痛手が、欧米の金融機関よりも少ない。従って、日本には住宅価格の下落と金融危機と不況の悪循環は、あるとしても小さなもので、不況の主因ではない。

【新興国向けの輸出は増加している】
 第二に、日本の不況の始発点である輸出の鈍化についても、その国別内訳をよく見る必要がある。
 最新の計数である10月の輸出は、全体として前年比−7.7%の減少であるが、地域・国別輸出を見ると、下の表のようになる。大きく減少しているのは北米と西欧向け(輸出全体の33%)である。次いで、欧米の景気に影響を受け易いアジアNIEs向け(同21%)も減っている。これに対し、中国向けはほぼ横這い、ASEAN、中南米、中東、東欧・ロシア向けの輸出は増えている。この新興国を中心とした5地域・国向けの輸出は全体の44%に達する。
 従って、欧米向けとアジアNIEs向けの輸出減少幅が現地の在庫調整一巡によって縮小すれば、中国、ASEAN、中南米、中東、東欧・ロシア向けの輸出増加を維持することによって、日本の輸出は増加に転じることが出来ると見られる。他方、日本の輸入は10月も前年比+7.4%の伸びとなっているが、実質GDPの2四半期連続のマイナス成長、鉱工業生産の3四半期連続の減少の影響が遅れて出て来るので、輸入の伸びは今後鈍化し、減少に転じることもあり得る。
 その結果、GDP統計上の「外需」(純輸出)は、米国景気が立ち直らなくても、前期比プラスに転じて成長に寄与するようになるのではないか。





実質国民総所得(GNI)から景気の先行きを考える】
 日本固有の景気回復要因は、第三に、日本経済の所得面、すなわち実質国民総所得(GNI)が本年10〜12月期から回復して来ることである。
 景気を見る場合、普通は実質GDP(国内総生産)あるいは実質GNE(国民総支出)といった生産面や支出面から見る。しかし国民所得統計では「三面等価」の原則が成立しているので、実質GDI(国内総所得)あるいは実質GNI(国民総所得)から景気を考えることも出来る。
 「三面等価」の原則により、名目GDP(国内総生産)と名目GDI(国内総所得)は等しいが、「実質」GDPと「実質」GDIは一致しない。これは、実質GDIでは、輸出入価格の変動、すなわち「交易条件」(輸出価格÷輸入価格)の変化により生じる利得を、「交易利得」(マイナスの場合は「交易損失」)として勘案するからである。
 実質GDP+交易利得(−交易損失)=実質GDI
 実質GDI+海外からの所得の純受け取り=実質GNI(国民総所得)
 さて、実際のGDP、交易利得、海外から所得純受入れの三つを棒グラフで、GDIとGNIという二つの総所得を折れ線グラフで描くと、下のグラフのようになる。




【10〜12月期以降交易損失の縮小が国民総所得の拡大に寄与】
 このグラフは、各四半期の前年比で描かれているが、08年に入ると、実質GDPの増加を交易損失(マイナスの交易利得)が上回り、実質GDIも実質GNIも前年比でマイナスになっていることが分かる。
 これは、08年に入って、原油、穀物、鉱石などの国際商品市況が高騰し、輸入物価が大幅に上昇して日本の交易条件が悪化(交易損失が拡大)したためである。下のグラフは国際商品指数と輸入物価を折れ線グラフで描いたものであるが、国際商品指数は本年6月まで急騰したあと急反落に転じ、日本の輸入物価は2か月遅れて、本年8月をピークに反落している。このため日本の交易条件は本年8月まで悪化し、9月から好転している。
 従って、四半期ベースでみれば、交易条件の悪化・交易損失の拡大は、前掲の棒グラフのように7〜9月期まで続いたが、10〜12月期以降は交易条件の好転、交易損失の縮小が始まったと見られる。



国際商品市況の反落と円高傾向が交易条件を好転させる】
 世界経済の成長鈍化に伴い、国際商品市況は、一高一低を繰り返しながら、当面は軟弱な地合いを続けると見られる。従って、9月から始まった交易条件の好転は、来年に向かって続くであろう。
 他方円相場は、一種の「円安バブル」と見られる行き過ぎた円安が、金融危機の発生と欧米の金利低下に伴う円キャリ取引の逆転もあって修正局面に入った。一高一低のうちにも、しばらくは円高基調を維持すると思われる。
 円相場自体は交易条件と直接関係はないが、日本の輸入価格は海外相場に基づいて決められることが多く、輸出価格は日本の相場に左右される面が大きいので、円建て価格で見ると、円高の時は輸入価格の低下ほどには輸出価格が低下せず、交易条件が好転する傾向がある(01〜07年の円安両面ではその逆で交易条件が悪化)。このため、今後しばらくの円安修正局面では、為替相場の面からも交易条件の好転(交易損失の縮小)がもたらされると見られる。

【交易利得で家計の実質所得の増加、企業収益の増加が起きる】
 このような交易条件の好転・交易損失の縮小・交易利得の発生に伴う国内総所得GDIの回復は、具体的には、輸入価格の低下を反映したガソリン、食品、衣料、雑貨などの下落を中心に、全国消費者物価の上昇率が縮小し、更には下落に転じ、家計の実質所得が増加する形で現れる。また輸入原材料・輸入部品を使っている企業は、輸入原材料・部品のコスト低下による収益圧迫の解消・収益の増加という形で現れる。
 これらは、国内の所得を増やし、国内需要面から景気を回復させる要因として働くであろう。

【三つの好条件には三つの下振れリスクがある】
 以上、欧米には存在せず、日本経済にだけ存在する景気回復の要因を三つ指摘したが、それだけで日本経済が09年度から回復すると言い切れる訳ではない。何故なら、三つの要因の夫々について下振れリスクが存在するからである。
 第一に、今回の金融危機に伴う日本の金融機関の痛手は欧米よりも小さいとしても、欧米並みの株価暴落で含み損は拡大しているし、景気後退に伴う不良債権の増加もある。金融機関の予想外の経営悪化で、欧米型の悪循環に近い現象が起こらないとも限らない。
 第二に、新興国の経済が欧米経済から予想外に強い悪影響を受け、世界経済の成長減速が大きくなるリスクがある。またロシアなどの資源国は、国際商品市況の下落で窮地に立つリスクもある。
 第三に、交易条件の好転で所得面から回復要因が生まれてくるとしても、それを上回る雇用・所得の悪化と企業収益の悪化が、目先10〜12月期以降の景気後退によって起こるリスクがある。

【リスクを未然に防ぐ緊急の内需刺激策と金融安定化策が必要】
 このような様々の下振れリスクを考えると、日本でも、内需刺激策と金融安定化策の早期実施が喫緊の課題である。それによって、10〜12月期以降のマイナス成長を少しでも小幅にとどめ、金融不安を未然に防いだ時、始めて上述の三つの好条件が活きてくる。
 しかし、現実を見ると、政府は景気対策を盛り込む第2次補正予算の提出を、来年の通常国会に先送りするという。また、金融機能強化法の改正案も、この臨時国会中に成立する確証がない。
 内需刺激策と金融安定化策の早期実施がないと、対欧米輸出の減少から起こる不況要因が日本の三つの好条件を押し潰し、欧米と同じような長くて深い景気後退に陥るリスクが高まってくる。
 この局面では、麻生内閣の責任は極めて重大である。