物価上昇、超低金利、円安、雇用不安の四重苦
―生活重視の政治はどこへ行ったのか(H20.7.25)
【生活の四重苦で消費者コンフィデンスは02年の水準まで低下】
「政治とは生活だ」「国民の生活が第一」と言うのは、昨年7月の参議院選挙で、民主党が大勝した時のスローガンである。自民党も本年1月の党大会で、「生活重視の政治」に切り換えると宣言した。
しかし、最近の国民生活は、消費者物価上昇による実質所得・実質賃金の減少、引き続く超低金利による物価上昇下の預貯金の目減り、成長減速による雇用不安、円安(とくに対ユーロ)による夏休みの海外旅行コストの上昇など、三重苦、四重苦とも言うべき状況に置かれている。
このため消費者のコンフィデンスは、本年に入って急激に低下し、下図のように、今回景気回復前の02年頃の水準にまで下がっている。
それにも拘らず、政府は何の対策も打っていない。生活を重視する筈の政治は、どこへ行ったのだろう。
【物価上昇で実質の賃金・所得・消費は前年比マイナス】
本日(7月25日)発表された6月の全国消費者物価は、5月(総合で前年比+1.3%、除く生鮮食品で同+1.5%の夫々上昇)に引き続き、総合で前年比+2.0%、除く生鮮食品で同+1.9%と大幅な上昇を続け、騰勢は強まる気配を見せている。国内企業物価に至っては、下図のように月を追って前年比上昇幅が急激に拡大し、直近の6月は前年比+5.6%の大幅上昇となっている。これがタイム・ラグを経て、今後の消費者物価の一層の上昇に響いて来るであろう。
このため、可処分所得(勤労者所帯、4〜5月平均は前年比−1.7%)、賃金(全産業、同+0.5%)、消費支出(全世帯、同−1.7%)は、いずれも消費者物価上昇率を差し引いた実質では前年比でかなりマイナスとなっている。間もなく発表される6月の所得、賃金、消費の計数を加えた4〜6月の平均は、実質前年比でマイナスになるのではないか。
このような家計所得・消費のマイナスを主因に、4〜6月期の実質GDPの成長率が、ゼロないしマイナスとなる蓋然性はかなり高いと思われる。
国民生活を圧迫している物価上昇は、遂に景気悪化の大きな原因になってきたのである。
【超低金利の下で家計の金融資産は10兆円以上の目減り】
消費者物価の上昇は、更に、家計の預貯金の目減りを引き起こし、マイナスの資産効果(逆資産効果)を通じて家計消費を抑制している。
家計の金融資産の平均金利を、仮に直近の普通預金金利(0.198%)と3年物定期預金金利(0.333%)の中間(0.265%)と仮定すると、6月の全国消費者物価(除生鮮食品)の前年比+1.9%を0.265%から差し引いて、金融資産残高は年間−1.6%目減りしていることになる。
07年12月末現在家計の保有する金融資産は1544兆円、負債は381兆円であるから、差し引き1163兆円の純金融資産を持っている。その−1.6%が目減りしていることになる。これは18.6兆円に相当するので、大型消費を控えようという心理的効果を生むのには十分な逆資産効果を生み出すであろう。
【金融資産目減りの逆資産効果と円安で海外旅行は落ち込む】
このような逆資産効果に加え、本年初めに対米ドルで100円を割り込み、対ユーロで160円を割り込む円高となっていた円レートが、最近は再び対米ドルで107円前後、対ユーロで170円に接近する円安となっていることも、海外旅行のコストを高め、海外旅行を控える動機として働いている。
下図は日本円の実質実効為替レートを描いたグラフであるが、昨年8月以降の円安修正は1割程度に過ぎず、最近は再び円安に振れていることが分かる。
海外旅行の取り扱い額は、直近の本年3月に前年比−3.7%、4月に同−8.3%と2か月連続して前年をかなり下回った。
【4〜6月期の成長停滞と雇用悪化】
サブプライム・ローン問題に端を発する世界経済の成長減速に伴い、このところ日本の輸出は増勢が鈍化しているが、加えて家計消費が実質ベースでマイナスとなって来たため、製造業の生産活動は弱含み横這いとなり、これを中心に雇用情勢は悪化し始めている。
直近の5月には、就業者が前年比−0.3%の減少、完全失業者は同+4.7%の増加となり、完全失業率(季節調整済み)は本年1〜3月平均の3.8%を上回る4.0%に高どまりしたままである。
これと表裏を成して、4〜6月期の実質成長率はゼロないしマイナスとなる蓋然性が高まっている。
生活重視に変った筈の福田政権は、国民生活の圧迫によって目先の景気がここ迄悪化しているにも拘らず、生活に的を絞った経済対策を何一つ打とうとせず、内閣改造を最優先の課題と考えているように見える。恐らく、目先の国民生活や景気の悪化について、あまり重大に考えていないのではないか。
【国民生活に的を絞った三つの対策】
しかし、国民の生活が第一と考える政治であれば、事態がこれ以上の大事に至らないうちに、国民生活の一層の悪化を防ぐ政策を政府も野党も総選挙前に打ち出すべきではないか。
第一に、ガソリン税の暫定税率を期限を区切って引き下げるべきである。そして、夏休み・秋の行楽シーズンの国民のガソリン代を減らし、また農民や漁民の燃料コストを引き下げるという政策姿勢を示すのがよい。暫定税率引き下げの期間は、ようやく値下がりを始めた世界の原油相場をにらみ、原油の輸入価格の今後の動向を見て、弾力的に考えればよい。
これは一種の減税政策である。財源は、歳出の無駄の排除や埋蔵金の処理をあて、どうしても足りない場合には一時的な国債発行増加もやむを得ない。
第二に、日本銀行は実質金利のマイナスをプラスに修正する「金利水準の正常化」を目指す中期的な姿勢を、もう少し明確にすべきである。マイナスの実質金利をいつ迄も許容する積りはないことを示すことによって、将来の金利と円相場の予想に上振れが起きることは、好ましい変化である。
第三に、政府、とくに財務大臣は、長期的には「強い円」が望ましいという態度を時折示すべきであろう。少なくとも、当面の行き過ぎた円安の修正が中長期的には望ましいという考え方を、市場に理解させた方がよい。