いまは「円安バブル」の中期的崩壊過程(H20.3.25)

【選後日本の金融政策は2度失敗】
 第2次大戦後、日本の金融政策は、2度大きな失敗を犯した。1回目は、1971年の円切り上げ後の金融緩和が行き過ぎて、「過剰流動性インフレ」を引き起こし、73年秋の第1次石油ショックも加わって「狂乱物価」となった時である。
 2回目の失敗は、1987年10月の「ブラックマンデー」のあと、89年5月まで低金利政策を続けたため、地価や株価の「資産バブル」を引き起こし、その反動で低成長に陥った時である。
 2回とも、大幅な円高のあと、それ以上の円高を防ごうとして、金融緩和の期間が長過ぎ、インフレやバブルが発生したのである。詳しくは、鈴木淑夫『日本の金融政策』(岩波新書)を参照されたい。

【今回の長過ぎる超金融緩和は前2回の失敗に類似】
 今回は、2001年3月から06年7月まで5年以上にわたってゼロ金利政策・量的緩和政策を続けた。その過程では、景気回復がかなりはっきりして2%台成長が定着してきた04年以降においても、2年以上にわたって、ゼロ金利を続け、更に日銀当座預金残高を30〜35兆円に積み増した。
 この積み増しについては、効果のはっきりしない政策の追加として、市場では疑問視する声が上がり、日銀内部でも、当時政策担当の白川理事(現在副総裁・総裁代行)が反対したという報道がある。
 私は、この5年以上の超金融緩和は長過ぎたと思うし、ゼロ金利政策の打ち切りが06年7月まで遅れたために、その後の金利引き上げが遅れて、今でも0.5%という超低金利にとどまっているのは、正常な姿ではないと思う。中期的な実質成長率、物価上昇率、企業収益率など実体経済の諸指標の予測から判断して、現在も政策誘導金利は低過ぎる。

【経済のグローバル化がインフレと国内バブルを阻止】
 行き過ぎた金融緩和は、1972〜74年に大インフレを引き起こし、88〜90年に資産バブルを発生させたが、今回はインフレも資産バブルも起こっていない。資源・エネルギー価格の国際的高騰と外資の不動産投資による東京都心などの地価上昇はあるが、全面的なインフレや資産バブルには広がっていない。
 その最大の理由は、経済のグローバル化が進み、内外価格差縮小の圧力が日本の国内物価や地価に加わっているからである。
 日本の消費財価格、サービス料金、流通マージン、家賃・地代(背後に地価)は、国際的に割高であったが、グローバル化の進展に伴い、この10年間ほどの間にこれらの内外価格差はかなり縮小してきた。多国籍企業が日本に進出する際、これらの非貿易財の内外価格差を検討して立地の是非を決めるため、非貿易財にも国際的な価格平準化の圧力が加わり続けているからである。

【今回は「円安バブル」が発生した】
 このため、長過ぎた超金融緩和政策にも拘らず、物価や地価・株価には上昇圧力が加わりにくく、インフレも資産バブルも起こっていない。
 その代わり、超低金利の過剰資金は、外貨建の資産に向かった。
 内外金利差を利用した外貨建金融資産(債券、株式)への投資が、直接、あるいは投資信託を通じて間接的に、盛行を極めた。また、低利で円を調達し、外貨に替えて運用する「円キャリ取引」も累増した。その結果、外貨高・円安がこの6年半の間に大きく進んだ。
 例えば、円の名目実効為替レートは、2000年末から07年中頃迄に、24%も円安になった。実に4分の3の水準に値下がりしたのだ。この間、日本の物価は海外よりも落ち着いていたので、実質実効為替レートに至っては、36%も円安となり、1985年のプラザ合意の時よりも下がってしまった。プラザ合意後の円高・ドル安は、「行ってこい」となったのだ。

【サブプライム・ローン問題で「円安バブル」が破裂】
 これは、今日まで7年間に及ぶ超低金利政策(ゼロ金利政策、量的緩和政策を含む)が生み出した「円安バブル」にほかならない。行き過ぎた超低金利の過剰流動性が、1973年の時のように商品・サービスに向かわず、また1988年の時のように土地・株式に向かわず、今回は「外貨建資産」に向かって、バブルを引き起こしたのである。
 しかし、均衡価格からはずれて行き過ぎたバブルは、必ず何かを切っ掛けに破裂する。
 今回は、07年7月末から表面化した「サブプライム・ローン」問題によって、米国の金利が相次いで引き下げられ、インフレ気味のEUの金利引き上げが中止され、内外金利差やその予想が縮小に転じたことを切っ掛けに、「円安バブル」は崩壊した。
 サブプライム・ローンを組み込んだ金融商品を抱える欧米の金融システムの不安、これに伴う欧米の成長減速見通しや不況の懸念によって、外貨建金融資産投資のリスクが高まっていることも、「円安バブル」の崩壊を促進している。

【「円安バブル」の中期的崩壊過程が始まった】
 円相場は、昨年の7月に比べて、実質実効ベースで現在1割ほどの円高となっているが、この7年間に36%も円安になったことを考えると、これで「円安バブル」の崩壊が終わったとは思えない。
 一高一低を繰り返しながら、今後も中期的に「円安バブル」は崩壊の過程を辿るであろう。その過程で急激な円高が起きることは、好ましくない。国際取引の採算が攪乱されるからである。
 しかし、中期的な円高傾向は、日本経済にとって決して悪いことではない。

【円高は日本経済に不利とは限らない】
 円高は日本の輸出に不利であるが、日本のGDPに占める製造業の比率は2割に過ぎず、仮にその半分が輸出企業であるとして、1割である。残りの9割は、家計部門、公共部門、内需向け製造業やサービス部門である。これ等は円高によって輸入品が値下がりし、実質購買力が増えるので有利である。
 また輸出企業も、他国で真似の出来ない高級な機械などを輸出している場合が少なくないので、世界需要の価格弾力性は低く、円高に見合った値上げが通るケースが少なくない。
 東芝など電気・電子機器メーカーでは、原材料や部品の輸入と製品の輸出をバランスさせ、為替差損が発生しないようにしているケースも少なくない。
 トヨタを始めとする自動車メーカーなどは、工場をグローバルに展開しているので、国内生産と海外生産の比重を変えて為替相場変動に対応することも出来る。

【円高は成長パターン転換の好機】
 更に、日本経済全体の視点に立つと、実質レートの円高は日本製品を高く売り、海外製品を安く買うことを意味する。これは、少ない輸出で高い成長が可能になる交易条件の好転にほかならない。日本の潜在成長率を高める上でも、有利な条件である。
 日本は、ニクソン・ショック(1971年)やプラザ合意(1985年)で大幅な円高に直面しながら、産業構造の柔軟な変化によって対応し、経済発展を維持してきた。
 今回の円高は、行き過ぎた「円安バブル」の巻き戻しであり、1971年や85年のケースよりは、はるかに対処が容易である。
 むしろ、これを契機に、極端に輸出に偏った成長から、内需と輸出のバランスがとれた成長に転換し、企業と家計の格差を縮小する絶好の機会である。
 詳しくは、私の新著『円と日本経済の実力』(岩波ブックレット、今月発行)を参照されたい。