円と日本経済の沈下
―2008年 年頭所感(H20.1.1)
経済も政治も先行き不透明感を強めたまま年を越したが、2008年の年頭に当たり、日本経済を中心に所感の一端を述べ、ご参考に供したい。
【2006年の世界経済に占める日本のシェアは1桁に低下、1人当たりGDPは18位に転落】
旧臘26日、平成18年度国民経済計算の確報が発表された。平成18年の日本の名目GDPが世界の名目GDPに占める比率は、9.1%に下がり(1年前は10.2%、2年前は11.1%)、1人当たり名目GDPは、OECD加盟国30か国中、18位に低下した(1年前は15位、2年前は12位)。
かつて日本のGDPシェアは15%前後であり、米国の30%弱と合わせて世界のGDPの5割に迫っていたが、とうとう1桁のシェアに迄低下し、米国と合わせても36.4%になってしまった。
また1人当たり名目GDPは、かつて1993年に2位であり、2000年にも3位であったが、その後6年間に急激に低下して、18位になった。
このような日本経済の国際的沈下は、この6年間に、@日本の実質経済成長率が米、英、加、豪、北欧諸国など多くの先進国を下回り、AGDPデフレーターは下落を続け、B円の為替相場は円安トレンドを辿ったからである。
@実質成長率が低く、AGDPデフレーターが下落し、B円安が続けば、国際比較に使う名目GDPは、[実質GDP×GDPデフレーター×円相場]であるから、日本のGDPの国際的沈下が起きるのは当然である。
【バブル崩壊後の自律回復を潰した97年度超緊縮予算】
何故、この6年間に@〜Bが起こったのか。まず@実質成長率から考えてみよう。日本の実質経済成長率は、バブル期(87〜90年度)には年平均+5.5%の高成長を記録したあと、バブル崩壊後の3年間(91〜93年度)は、93年度のマイナス成長を含み、年平均+0.8%しか成長していない。しかし、設備や在庫のストック調整を了えた日本経済は、バブル崩壊に伴う不良債権問題を抱えながらも、94〜96年度の3年間に年平均+2.8%の成長率にまで回復した。このまま行けば、不良債権の整理も徐々に進んで行ったに違いない。
ところが橋本政権は、財政再建最優先の経済戦略を掲げ、消費税引き上げ5兆円、特別減税打ち切り2兆円、社会保険料引き上げ2兆円、公共投資削減4兆円、合計13兆円のデフレ・インパクトを含む超緊縮予算を97年度に執行した。
その結果、成長率は97年度+0.6%、98年度−1.0%、99年度+0.9%に急落し、97年秋から大型金融倒産を伴う「平成金融恐慌」が発生した。
2000年度には世界的ITバブルに伴って輸出が急増したため、一時+3.1%の成長に回復したが、ITバブルの崩壊によって翌01年度には−1.2%と再びマイナス成長に落ち込み、02年度も+1.0%成長にとどまった。
【不良債権増加、信用収縮、財政赤字拡大が大きく進み03年度には再び金融恐慌前夜に】
「平成金融恐慌」の発生に伴い、98年から04年までの7年間、銀行の貸付残高は減少を続け、日本経済で大規模な信用収縮が起こった。97年度以降の長期停滞の下で、バブル崩壊とは関係ない新たな企業業績の悪化が広がり、不良債権は再び急膨張した。
財政赤字は、橋本内閣の意図とは逆に、97年度の2倍に膨張し、これ以上の財政刺激政策を困難にした。
このような状況の中で、01年4月に発足した小泉内閣は、不良債権の早期処理、自己資本比率の厳守、経営効率の改善、という相互に矛盾する三つの経営目標を同時に銀行に求めた。このため、信用収縮は一層激しくなり、03年3月には株価が日経平均で7607円まで下がり、大手銀行を始め金融機関の株式含み損が絶望的に拡大し、再び「金融恐慌前夜」となった。この時前言を翻し、債務超過のりそな銀行に株主責任を問うことなく公的資金を投入し、「too
gig to fail」政策を実行したため、株価は反発し、金融恐慌はかろうじて回避された。
【期待成長率の低下が自己現実的に潜在成長率の低下を招いた】
このような不良債権の膨張、信用の収縮、株価の低迷、財政赤字の記録的増加(将来の増税予想)の下で、日本経済の将来についての人々の期待は当然悲観的となり、予想成長率の低下が投資の沈滞を通じて自己現実的に潜在成長率を引き下げてしまった。
日本銀行が推計した潜在成長率を見ると、97〜03年の7年間は年平均+0.7%に迄低下しており、とくに03年は+0.3%という低さである。
成長ポテンシャルの低下に対し、小泉、安倍、福田の歴代政権が採った成長促進策は、サプライ・サイドを改善する規制改革には見るべき成果が無く、もっぱらデフレ対策を強調し、日本銀行がゼロ金利や量的緩和政策によって超低金利を出来るだけ長く維持するように要請することであった。超低金利で投資を刺激し、財政の金利負担を抑える一方、円安を促進して輸出主導型成長を図ろうと言う戦略である。
この結果、極端に輸出に偏った2%強の成長が03〜06年度に実現し、04年にはようやく三つの過剰(設備、雇用、債務)は解消したが、国内には輸出企業と内需企業、企業と家計、中央と地方などの格差が拡大、輸出から内需への好循環は始動せず、潜在成長率も04〜06年に年平均+1.5%に回復したにすぎない。
【下落するGDPデフレーター――実は05年以降は価格体系の変化】
この超低金利→円安促進→輸出主導型成長を続けるため、政府は今だにデフレが続いていると言っているが、実は一般物価水準の持続的低下である「デフレ」は04年までに終わっている。その後07年始めまで進行していたのは、国内企業物価の上昇(原材料・エネルギーなど素材価格の上昇)と消費者物価の下落(デジタル製品やサービス料金の下落)、投資デフレーターの上昇と消費デフレーターの下落、という価格体系の変化である。
GDPデフレーターの下落は輸入デフレーター(マイナス項目)の大幅上昇(資源・エネルギー価格の上昇)によるもので、輸入デフレーターを差し引く前の総需要デフレーター(企業部門の総産出価格)は05年から上昇している。他方、企業部門の総投入価格(賃金と輸入デフレーター)のうち、輸入デフレーターは上昇しているものの、賃金は下がっているため、差し引き企業部門には総需要デフレーターの上昇による収益増加がもたらされている。どこにもデフレ・スパイラルの心配などない。
価格体系変化の原因は、グローバル化、IT化による価格、料金、賃金、家賃、地代などの国際的平準化がもたらす内外価格差の縮小(日本の国内物価割高の解消過程)と、新興国の発展に伴う資源・エネルギー価格の国際的上昇である。
【円安傾向を改めない為替相場――長過ぎる超金融緩和政策】
日本は経常収支の黒字が累積して超債権国になっており、消費者物価の下落で超物価安定国になっている。それなのに名目円相場は実効レートで見て00年度以降下落傾向にある。この基本的な原因は、価格体系の変化をデフレ継続と見誤り、デフレが終わった04年以降もゼロ金利・量的緩和などの超金融緩和政策を続けているためである。
この結果、物価で調整した実質円相場=交易条件は大幅に悪化している。自国製品を安く売り、外国製品を高く買い、それでも儲かる黒字を使って赤字国米国の発展を低金利でファイナンスする「お人好しで滑稽な日本」を演じているのだ。その陰で、国内では内需関連企業、中小企業、家計、地方の回復が置き去りにされ、格差拡大の下、国民生活は向上していない。
【経済戦略の転換が必要――日本経済の実力回復を目指して】
グローバル化は受け容れざるを得ないし、政府の裁量的介入(規制)より市場原理の方が経済運営の基本原則として良いことは言うまでもない。しかしグローバル化と市場原理は、格差の拡大など「市場の失敗」を伴う。政府・自民党はこれ迄、成長促進の「上げ潮路線」で格差の縮小を目指して来た。
しかし、超低金利・円安促進・物価上昇指向の輸出主導型成長は、三つ共家計の実質所得にとってマイナス要因なので、内需回復につながらず、潜在成長率は一向に上がらない。古い産業構造を温存し、生活向上につながる国内の「脱産業化」は進まない。
格差対策の基本はセイフティ・ネットの強化による国民の安心、安全の向上でなければならない。その財源を、民主党が主張しているように官から民へ、中央から地方への行政改革=歳出削減で調達すれば、経済の効率が高まり、潜在成長率は上がるであろう。しかし、それを実行する政治力が民主党にないと、バラ撒き型の大きな政府となり、財政赤字の壁で持続性を失う。
今年遅かれ早かれ実施されるであろう総選挙の結果、民主党を中心とする政権が生まれた場合、その政権に思い切った行政改革を実行する「統治能力」、「政権担当能力」があるかどうかによって、日本の命運が決まると言っても過言ではない。
【円を健全通貨に育て円建国際市場を発達させよう――次期日銀総裁の使命】
今後は金利水準の正常化を急ぎ、超債権国、超物価安定国の日本に見合った円相場の水準を実現しなければならない。金融の規制をグローバル基準で緩和し、円を使い勝手のよい通貨にしよう。健全で使い勝手のよい円は、国際通貨としてもっと使われるようになる。地盤沈下している日本の為替市場、金融市場、株式市場の国際的地位も回復する。
そ の中で、円建ての国際金融・資本市場の発展を促そうではないか。そうすれば、日本の巨額の対外債権のうち円建てで保有する部分が増え、為替変動リスク(とくにドル安による減価)を免れる。対外債権の効率的運用もやり易くなる。これは国民生活の基盤である国民の貯蓄残高を効率的に運用し、日本の国民所得を増やすことにほかならない。
優れた経営能力を持った外資も、日本企業を買収する形で流入し易くなる。日本は「脱産業化」の中心技術であるITのハード技術は持っているが、それを経営に応用するなどのソフト技術を、もっと、外資から学ばなければならない。
こうすれば日本経済の潜在成長率は高まり、円相場は実力相応に上昇するであろう。日本の1人当たり名目GDPも、世界経済の中で実力相応の水準に回復し、国民生活は向上するに違いない。