小沢民主党のマクロ経済政策

―民主党政権で日本経済はどうなる―(H19.10.21)

【小沢民主党のマクロ経済政策に関心が高まってきた】
 小沢民主党が政権をとった場合、どのようなマクロ経済政策を実施するのであろうか、という質問を最近よく受けるようになった。国内の経営者や市場関係者ばかりではなく、ファンドを運営しているような海外の金融筋の友人からも受ける。
 内外からこうした疑問が出るのは、当然かも知れない。日本のマスメディアは、テロ特措法や政治資金規制法など目先の対決法案を解説するだけで、小泉・安倍・福田と続いて来た自民党政権の経済政策と比べて、小沢民主党の経済政策はどのような特色を持っているのか、小沢政権が成立した場合、日本経済はどのように変わって行くのかといった事を、まったく論じていないからだ。
 経済や経済学に必ずしも明るくない政治記者や政治評論家は、この問題にあまり興味がないためであろうか、自民・民主の経済政策にあまり差はないとか、民主は「バラ撒き」型だなどというコメントをたまに目にするが、これでは無責任な評論と言うほかはない。

【藤井裕久議員と鈴木淑夫が徹底的に討論】
 鈴木政経フォーラムは、去る10月15日(月)の昼食勉強会に、藤井裕久衆議院議員(民主党最高顧問・税制調査会会長)をゲストに招き、鈴木淑夫との間でこの問題を徹底的に討論した。
 以下はその時の討論を踏まえ、鈴木の責任で取りまとめた「小沢民主党のマクロ経済政策」である。藤井議員や民主党と打ち合わせた文章ではなく、鈴木の個人的見解であることは言うまでもない。

【格差対策は成長促進かセイフティ・ネット強化か】
 まずマクロ経済政策の基本原理として、@経済のグローバル化という世界の趨勢は受け入れざるを得ない、A一般的には政府の裁量的介入(規制)よりも市場原理の方がマクロ経済を運営する上で優れている、という二つの基本姿勢においては、小泉・安倍・福田自民党と小沢民主党との間に決定的な差異はない。
 しかし、二つの点で、両党のマクロ経済戦略は決定的な違いがある。
 第一に、グローバル化と市場競争の結果生じる輸出関連企業と国内関連企業の間の格差、大企業と中小企業の格差、中央と地方の格差、企業と家計の格差、正規雇用と非正規雇用の格差などについて、自民党は「成長がやがて格差を縮小する」と考えるのに対して、小沢民主党は「セイフティ・ネットを強化しなければ格差は縮小しない」と考える。
 その結果、第二に、自民党は成長促進戦略に最大の重点を置くが、民主党はセイフティ・ネットの強化策に最大の重点を置く。これが財政政策と金融政策の違いに投影されて来る。

【自民党の成長促進は超低金利政策が頼り】
 小泉・安倍・福田自民党は、セイフティ・ネットの強化に関心が無かったので、平成14〜19年の6年間に、各種社会保険料引き上げ、医療費自己負担引き上げ、所得税増税で8兆円強の国民負担増加を行った。
 自民党は、社会保障費、公共事業費、地方交付税交付金の最大歳出項目を削減し、歳出と財政赤字拡大に歯止めを掛けることに最大の関心があり、格差拡大を是正するためのセイフティ・ネットの強化に無関心であった。
 小泉・安倍・福田の成長促進戦略は、竹中元大臣や中川元政調会長がしばしば明言していたように、財政政策によってではなく、超金融緩和政策の持続を当てにしていたのである。出来る限り長く@超低金利政策を続け、A円安で輸出促進を計り、輸入品値上がりによるB物価上昇を実現することを、日本銀行に期待してきた。A輸出促進とB物価上昇で名目成長率を上げ、税収増加とB超低金利による利払い抑制で財政赤字を削減しようと考えでいた。

【民主党は歳出項目組替えでセイフティ・ネットを強化】
 これに対して、セイフティ・ネットの強化に最重点を置く小沢民主党は、年金基礎部分への消費税全額投入、子供手当創設、農業の戸別所得補償、最低賃金引き上げのための中小企業対策などのセイフティ・ネット強化策に15.3兆円の財政支出を新たに投入すると言っている(前回参院選の「マニュフェスト」)。
 このため、小沢民主党が政権を取れば、財政の「バラ撒き」で「大きな政府」となり、財政赤字が拡大するという誤解が一部に生まれている。
 しかし民主党は、この財源を既往歳出の削減によって賄うとしている。つまり、セイフティ・ネット強化に向けて歳出項目を組替えるのであり、「大きな政府」路線ではない。
 財源捻出の方法は、地方自治体に対する事業補助金の一括交付化による無駄の排除、特殊法人・独立行政法人・特別会計等の原則廃止による補助金の削減、談合・天下りの根絶による行政経費の節減などである。

【民主党は「バラ撒き」型ではなく「大きな政府」にもならない】
 このように小沢民主党は、中央政府が直接的、間接的に地方自治体や民間に介入している諸制度を廃止して、中央行政をスリム化し、そこで浮いた財源を国民生活安定のためのセイフティ・ネットの強化に振り向けようとしているのである。規模としては「小さな政府」でも「大きな政府」でもない「中立的な政府」と言ってよいであろう。
 その結果、中央行政の無駄が排除され、地方自治体や民間の自立性が高まって経済効果が向上するならば、経済成長を促進する効果を持つであろう。また、セイフティ・ネットの強化に伴って国民生活の安心と安全が高まれば、経済成長にとってプラスとなろう。
 金融政策について小沢民主党は何も言っていないが、小泉・安倍・福田自民党の超低金利・円安促進・物価上昇の成長戦略がいずれも輸出企業の発展と政府財政赤字の削減を目標として発想された戦略であり、国民生活の向上を阻害することを民主党は見逃してはならない。
 貯蓄超過部門である家計にとって、超低金利は所得分配上不利である(有利なのは赤字の政府と投資超過企業)。円安は輸入品の値上がりと海外旅行コストの上昇を伴い、国民生活を圧迫する。物価上昇が国民生活の安心と安全を脅かすことは言うまでもない。

【自民党の農業政策の失敗が日本の貿易自由化を妨げている】
 次に個々の経済政策について論じたい事は多いが、ここでは三点に絞ろう。
 まず農業問題。自民党のコメ対策は、@大規模経営にのみ補助金を与えて米作規模の拡大を図りコストを引き下げる、A小規模経営には減反奨励の補助金を出して作り過ぎを防ぐ、B十分にコストが下がる迄高関税を維持する、というものだ。
 しかし、結果は、高関税に守られて国内ではコメの生産過剰が起こり、米価は値下がりしてコスト割れを招き、農家が悲鳴をあげている。またコメなど主要農産物の高関税を維持するために、日本の工業製品に対する相手国の高関税の引き下げを要求することが出来ず、FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)の交渉が進まない。貿易立国の日本の国益は明らかに、損なわれている。その上、高関税でも国内農業を守りきれず、食料自給率がどんどん下がっている。
 WTO(世界貿易機関)の農業助成ルールは、出来る限り関税を引き下げて自由貿易を促進し、その結果国内の市場価格が国内の生産コストを下回った場合は期間を限って農家に所得補償を行い、その期間中に徐々にコスト引き下げ努力を促す、というものである。欧米先進国の農業政策は、皆このルールに沿っている。

【貿易自由化を容易にする民主党の農業戸別所得補償】
 小沢民主党の農業戸別所得補償は、この考え方に沿った政策である。コメ、麦、大豆などの主要農産物について、市場価格と平均生産コストの差額を戸別に補償するというもので、この場合、平均生産コストより低いコストの農家は有利であるから、コスト引き下げのインセンティブが働く。こうして毎年生産コストは下がり、補償額の減少と関税の引き下げが徐々に進んで行くことを期待している。
 コメ、麦、大豆などに戸別補償をする以上、高関税にこれ迄のようにこだわる必要はない。相手国に対し、日本の工業製品輸入に対する高関税引き下げと交換で、日本の農産物輸入の高関税引き下げを提案し、FTAやEPAの交渉で弱腰にならずに、イニシアチブをとることが期待される。
 民主党はこの所得補償額を総額1兆円と見ており、前述した15.3兆円の歳出削減、とくに無駄の多い農水省の公共事業削減の中で十分賄えるとしている。

【小沢民主党の税制改革はセイフティ・ネット強化対策と一体】
 次に税制改革。個人の所得減税には、@課税所得控除、A税額控除、B逆所得税(手当支給)の三つの方法があるが、所得税率に累進制があるので、@は限界税率の高い高所得者の減税額が大きくなる。また@とAは、課税最低限に達していない低所得者には何の恩恵も与えない。Bであれば、そのような低所得者にも確実に恩恵が及ぶ。
 民主党の税制改革は、配偶者控除、扶養控除などの@課税所得控除を整理し、子供手当、公立高校の無償化、農業の戸別所得補償などのB逆所得税を増やそうという方針である。
 これによって、所得税制の所得再分配機能を強化し、セイフティ・ネット強化策の一環にしようとしている。
 なお、法人税の実効税率引き下げと相続税の見直しについては、民主党の方針は未だはっきりしていないようだ。たぶん、両方共いま実施する気はないのであろう。法人税については、外国資本の日本に対する直接投資を促す効果をどう見るかがポイントである。相続税については、機会均等(事前の格差排除)という観点から、格差是正を主眼とする民主党の経済政策の中で、避けて通れない分野である。

【現行年金制度から民主党案に移る過渡期が課題】
 最後に年金改革。消費税を全額最低保障年金に使う以上、今は増税の必要がなくても、少子高齢化が一層進む将来は、消費税率引き上げが課題となってこよう。この場合、消費税を年金目的税とすることによって、国民の理解が得られるのではないか。
 一つ、民主党が明らかにしなければならない課題は、現行の年金制度から民主党案に移る過渡期の姿である。
 国民一人一人が現行制度の下で既に得ている年金取得の権利を侵害してはならない。民主党もそう考えているとすれば、@既に年金を受給している人の年金額は死ぬ迄現行制度のままで、減らないこと、Aこれから年金を支給される人については、既に現行制度の下で保険料を払い込んでいる人は、その限りで現行制度下の年金額を受給する権利があること、B同じことであるが、国民年金(基礎年金)について、保険料を払って来た人と、そうでない人の間では、最低保障年金に差が出来ること、などを明確に説明しなければならないであろう。

【民主党政権下で日本経済の効率は高まる】
 以上、小沢民主党の経済政策について、私が理解している限りにおいて説明してきた。繰り返しになるが、小沢民主党が政権を取ると、「バラ撒き」型の財政になるとか、「大きな政府」になるとかいうのは、まったくの誤解である。
 セイフティ・ネットを強化する財源を捻出するため、官から民へ、中央から地方へという中央行政の無駄の排除は、徹底して行われるであろう。その結果、日本経済全体としての効率が向上するならば、成長のポテンシャルは高まって来る。
 セイフティ・ネットを強化する所得再分配政策によって、国民生活の安心、安全が高まれば、現在よりも内需主導型成長の傾向が強まるであろう。
 しかし、その事は必ずしも輸出の成長牽引力が低下することを意味しない。農業の戸別所得補償によって、農産物の高関税維持にこだわらないようになれば、FTA、EPAなどの拡大によって貿易自由化が進むからである。その結果、日本の工業製品の輸出が伸びる。
 超低金利・円安バブル・物価上昇の現行自民党戦略から脱却できれば、効率の低い投資、古い産業構造の温存、不動産バブルのリスクなどが無くなり、長期的に見て、日本の持続的成長の基盤は強まるであろう。小沢民主党が、この点にまで思いを至すことを期待したい。
 民主党政権の下で、本当に上記のような日本経済が実現するかどうかは、小沢民主党に中央行政をスリム化して15.3兆円の財源を捻出する政治力が本当にあるかどうかに懸かっている、という事を、最後に強調しておきたい。それが出来なければ、一部の批判のように、「バラ撒き」型の「大きな政府」になってしまう。