サムプライム・ローン問題と日米欧の金融政策

―短期の金融不安対策と長期の物価安定対策の調和が課題に―(H19.9.19)

【米国は予想を上回る0.5%の金利引き下げ】
 米国の連邦公開市場委員会(FOMC)は、9月18日(火)、フェデラル・ファンド(FF)レートの誘導目標を5.25%から4.75%へ5%ポイント下げた。4年3か月振りの下方転換である。同時に公定歩合を5.75%から5.25%へ同じく0.5%ポイント引き下げた。FFレートと公定歩合の下げ幅は、事前の市場予想(0.25%)を上回っていたため、株価は大きく反発した。
 米国では、サブプライム・ローン問題に端を発する金融不安が表面化した8月に、公定歩合を0.5%ポイント引き下げたので、合計1%ポイントの公定歩合引き下げとなった。
 公定歩合は、金融不安が生じた銀行がFF市場で資金を調達できない時に、直接、連邦準備銀行から借り入れる際の金利である。この金利を、金融不安発生以来、既に1%ポイント幅で引き下げたということは、金融不安を鎮める「最後の貸し手(lender of last resort)」機能をフルに活用しようとしている事が窺われる。

【日本は7月以来の利上げ問題を又しても見送り】
 米国で予想を上回る利下げが行われ、株価が反発したのを受けて、19日(水)の東京市場でも朝から株価が大幅に反発した。午後になると、日本銀行政策委員会の政策決定会合でも、8対1の多数で、利上げ見送りの決定が行われた。これはほとんど市場に織り込まれていたが、それでも安心感からか、発表直後にさらに上げ幅を広げた。
 7月までは、米国の金利据え置き、日本とユーロ圏の金利引き上げが予想されていたが、8月にサブプライム・ローン問題に端を発する世界的な金融不安が発生し、世界同時株安となった後、日米欧の中央銀行は、世界的金融不安を鎮静化させるため、8月中の中央銀行信用の供給拡大に加え、9月に入って金利水準についても、引き下げ方向の調整を行ったことになる。

【サブプライム・ローンの証券化商品の劣化】
 よく知られているように、サブプライム・ローンとは、信用度の低い低所得者向けの住宅ローンであるが、これが証券化されて売り出されており、世界中の金融機関が、程度の差はあれ、保有している。
 ところが、米国の住宅価格が下がり始めたため、住宅を担保に借りていたサブプライム・ローンの焦げ付きが増えてきた。そうなると、焦げ付いて回収不能となったローンの証券化商品は、価格がゼロになる。そこ迄行かなくても、全額回収不能となれば、証券化商品の価格は大きく下がる。
 その結果、その証券化商品を大量に保有していた米国や英国などの金融機関に債務超過に陥る懸念が発生し、中には預金の取り付け騒ぎが起こっているところもある。そのような金融機関にはその国の中央銀行が機敏に貸し出しを行って資金繰りを助けているので、その金融機関が破綻し、金融システム全体の動揺に及ぶ事態は、防がれている。

【米国の超低金利時代が長過ぎたのではないか】
 幸い、日本の大手金融機関は、サブプライム・ローンの証券化商品を大量には保有していないと言われている。例外的に大量に保有している中小金融機関があるのかどうかは、まだ分からない。
 サブプライム・ローン問題については、少なくとも二つの反省点がある。
 一つは、FFレートの1%という超低金利が修正され始めたのは04年に入ってからであり、06年まで2年間かかって0.25%ポイントずつ引き上げて5.25%に達した。しかしこの超低金利時代が長過ぎたため、住宅価格にバブルが発生し、低所得者向けのリスクの大きい住宅ローン(サブプライム・ローン)が拡大し過ぎたのではないか、という点である。実際、米国の成長率は、超低金利時代の03年に2.5%に達し、超低金利の修正が始まった04年には3.6%にも達している。
 これは、グリーンスパン前FRB議長の政策に対する批判であり、また超低金利をまだ続けている日本に対する「他山の石」である。

【リスクの高い証券化商品の割引率が低過ぎる】
 もう一つの反省点は、サブプライム・ローンの証券化商品のpricing(価格の付け方)である。
 低所得者向けであり、住宅価格の上昇が止まった時には回収不能に陥る危険性の高い「ハイリスク」商品であるから、証券化商品の値段はローン残高よりも割り引かれなければならない。このリスク相当の割引率が甘かったために、保有金融機関に大きな損失が発生したのである。
 今後は、証券化商品のpricingが正当かどうか、金融当局は確り監視しなければならない。
 ローンの証券化自体は、リスク分散という観点から優れた手法であるので、これを非難するのは当たらない。

【短期の金融不安対策と長期の物価安定・成長持続対策の調和がこれからの課題】
 さて、日米欧の中央銀行は、サブプライム・ローン問題に協調して対処したが、これは短期的には正しい政策対応であるとしても、長期的には注意すべき問題をはらんでいることを見逃してはならない。
 米国とユーロ圏には、インフレの問題がある。最近の原油価格の高騰は、特に気に懸かる。本来はインフレの懸念に対処し、米国は金利据え置き、ユーロ圏は金利引き上げを考えていた筈だ。それを利下げや据え置きに変えたのであるから、景気動向に変わりがなければ、インフレのリスクが高まってくることになる。
 他方、日本は低過ぎる金利水準を正常化しなければ、効率の悪い設備投資が増えたり、衰退産業を温存して産業構造の転換を遅らせることにもなる。また地価のバブルや円安のバブルが発生する危険性がある。特に、米国と日本の株価が同時に反発する中で、再び円安が進んでいることが気になる。
 日米欧共に、短期のサブプライム・ローン問題と、長期の物価安定・成長持続の問題を如何に調和させるか、極めて難しい局面を迎えている。