どうなる日本経済 ─ 短・中期展望(H16.10.19)
1.本年度は次第に勢いが衰えていく
【早くも生産・出荷は頭を打ち在庫率は上昇】
景気回復のテンポが、ここへ来て明らかに鈍ってきた。鉱工業生産と出荷は、本年5月をピークに弱含み横這い傾向に転じ、最新(8月)の在庫率は出荷の頭打ちから本年の最高水準に達している。9月以降の生産予測指数から判断すると、7〜9月期の生産は5四半期振りに前期比マイナスとなりそうであり、出荷も同様に前期比減少するかも知れない(このホームページの<月例景気見通し>欄"2004年10月版"[H16.10.6]参照)。
今回の景気回復をリードして来たのは、輸出と輸出関連設備投資である。このうち輸出が、米国と中国の成長減速の影響を受けて、伸び率を落として来たのが生産、出荷の頭打ちと在庫率上昇の主因である。原油高の世界的影響もこれから出て来る。
鉱工業以外のサービス・セクターなどを含む実質GDPの動きを見ても、昨年10〜12月期の前期比年率+7.6%、本年1〜3月期の同+6.4%から4〜6月期には同+1.3%へ成長スピードが急落したが、どうやらこの急激な成長鈍化は、急成長した10〜12月期と1〜3月期からの反動減というような一時的な動きではなさそうである。
【年度内は輸出の鈍化を補う新しい需要が出て来ない】
今回の景気回復を特徴付けるものは、前述の輸出・輸出関連設備投資リード型の反面、個人消費に勢いがなく、また財政・金融政策面からの刺激がないことである。このネガティブな特色が変わらないことも、本年度経済の先行きを心細いものにしている。
失業率がジリジリと下がり、常用雇用は本年に入ってようやく前年比プラスとなったが、正社員から非正社員(パート、派遣など)へのシフトやベア抑制などが続いているため、人件費総額は依然として減り続けており、雇用者報酬の減少は止まらない。このため貯蓄率を下げて支出を維持している状態なので、個人消費に勢いは出ない。
財政面では支出削減が続く一方、社会保険の保険料引上げ、給付引下げ、自己負担増が本年10月から始まり、また控除の縮小・廃止で所得税が増える(本年度国民負担増1.3兆円)。
金融面では不良債権比率が低下しているものの、自己資本比率規制の下ではリスクを取って貸出を行う銀行は現れない(このホームページの<論文・講演>欄「BANCO」"竹中金融行政の功罪"[H16.10.14]参照)。日銀預金に30〜35兆円のベースマネーが積まれていても、誰も借りて貸出拡張に使おうとはせず、マネーサプライは増えない。
【各四半期の瞬間風速は年率1.5〜2.0%成長止まり】
結局、本年7〜9月期以降、明年1〜3月期までの年率成長率(瞬間風速)は、4〜6月期並みか、それをやや上回る1.5〜2.5%にとどまるであろう。これ迄毎四半期の前期比成長率に0.2〜0.4%(年率で1.2%前後)寄与して来た「純輸出」が、輸出の伸び率鈍化(これに伴なう輸出入差額の消滅)でほとんど貢献しなくなる。加えて貯蓄率の一層の引下げには限度があるため、個人消費と住宅投資も大きくは伸びられない。公共投資は勿論減り続ける。
年度内の成長を積極的に支えるのは設備投資だけであろう。後向きの過剰在庫が積み上がれば一時的に在庫投資も増えて成長率は上がるが、先に行くとその反動減で成長率が下がる。
【ゲタのお陰で04年度は2年目の3%台成長】
この程度の1.5〜2.5%の瞬間風速で推移したとしても、昨年10〜12月期と本年1〜3月期の急成長で、04年度は既に2.4%の「ゲタ」をはいているので、04年度平均の前年比成長率は3%台に乗る。
この結果、03年度(+3.3%成長)と04年度は、2年連続の3%台成長を記録する。これは前回や前々回のプラス成長期にはなかったことで、その限りでは長期停滞の中の大型景気と言える。
しかし中身は、前述の通り04年度中に既に1.5〜2.0%へ勢いを失っているのである。
2.来年度は1%台成長へ減速(グロース・リセッションの様相も)
【米国と中国の成長減速で輸出の伸びは低いまま】
成長の勢いは、05年度に入ると一段と衰えて来るであろう。
既に本年度中に減速し始めた輸出は、来年度に入っても低い伸びを続け、純輸出の成長寄与度は03年度、04年度の0.7〜0.8%程度から0.1〜0.2%程度に落ちると予測される。
米国では誰が大統領に当選しようと、始めの1年間は双子の赤字対策に取組まざるを得ないので、財政政策は緊縮的になる。その上、50ドル/バーレルを超す原油価格の高騰によって米国の投資と消費は悪影響を受け、FRBの予測では成長率が0.75%程度押下げられる。
中国では金融引締めにも拘らず経済は9%台成長を続けているが、このまあではエネルギーなど基礎物資の不足が一層深刻化するので、早晩引締め強化などで7〜8%成長へ減速するであろう。
米国と中国の成長減速は、他のアジア諸国やEUの成長テンポを鈍らせるので、世界経済全体として来年度の拡大テンポは下がり、日本の輸出の伸びも低い状態にとどまろう。
【設備投資の増勢は本年度がピークで来年度は低下する】
本年度中好調を持続する設備投資は、さすがに来年度には伸びが落ちるであろう。とくに輸出関連の多い大企業製造業の設備投資は、本年度に20%という高い伸びとなるが、その結果設備能力はやや過剰気味になるという見方が「日銀短観」にも出ている(このホームページの<最新コメント>欄"9月調査「日銀短観」の注目点[H16.10.1]"参照)。
他方、内需関連企業の設備投資は、個人消費、住宅投資、公共投資などの内需が弱い上、新しいビジネス・チャンスを生み出すような目立った規制緩和がないので、輸出関連設備投資に代って設備投資全体の伸びを維持するような内需関連投資の動きはない。
【雇用者報酬は改善せず個人消費と住宅投資は加速しない】
今回の景気回復をリードして来た輸出と設備投資がこのように鈍化してきた時、代って個人消費や住宅投資が伸びを高めて来れば、来年度の成長率が大きく鈍化することはなく、景気回復は続く筈である。
事実、長期停滞に陥る80年代以前の日本経済はそうであった。輸出と輸出関連設備投資にリードされた景気回復は、雇用と賃金を改善して個人所得を回復させ、個人消費と住宅投資の回復につながって行った。
しかし今回は、前述の通り、雇用形態のシフトとベア抑制(企業の経営改革)によって、人件費総額が抑えられ、経済の拡大にも拘らず雇用者報酬が減り続けている。このため、個人消費と住宅投資が増加率を高めることがない。
【ゲタを失ったうえ瞬間風速も低下し来年度の成長率は1%台へ】
このため来年度の成長率は、輸出と輸出関連設備投資の鈍化と同時にGDP全体も鈍化すると見込まれる。05年度は、04年度のような「ゲタ」が無くなるので、四半期ごとの瞬間風速がそのまま平均成長率に反映されることになる。
04年度中の瞬間風速は、前述のように年率1.5〜2.5%と見られるが、05年度に入ると設備投資の伸びが鈍化してくるので、恐らく年率1.0〜2.0%に下がるのではないか。従って、年度平均成長率も1.5%程度と、03年度や04年度の4%台から大きく低下することになろう。一種のグロース・リセッション(成長しながらの景気後退)のような様相を呈するであろう。
3.今後マイナス成長にはなりにくいが国内経済は立上がらない
【企業の損益分岐点操業度が下がり低成長に対する抵抗力が強まった】
バブル崩壊後の長期停滞中、95/T〜97/Tと99/W〜01/Tの2回、連続プラス成長を記録したが、この景気回復のあとには必ずマイナスを伴なう不況に陥った。
しかし、今回の景気回復が崩れる明年の05年度には、マイナス成長にはならない可能性が高い。
民間企業の自助努力により、物(無駄な設備、不要な不動産)、金(過大な借入金)、人(給料・社会保険負担の割高な男子高齢正社員)の節約が進み、損益分岐点操業度が下った結果、低成長率に対する企業の耐久力が強まっている。
これらの企業努力と表裏の関係で、大手銀行の不良債権処理が進み、05年3月には竹中プラン通り不良債権比率が02年頃の半分、4%程度に下がりそうである。しかも、公的資本を全額返済した上で、不良債権処理を実現している東京三菱銀行や住友信託銀行も居る。
【一部の大手行に限られる不良債権処理の進捗】
しかし、解決されていない問題も少なくない。それが国内経済の自律的回復を妨げ、輸出の鈍化と共に来年の経済全体を低成長に陥らせてしまう。
まず、大手行の再建が進んで来たとは言っても、ダイエーなどの大口不良債権を抱えて合併に活路を求めている「UFJ」銀行や公的資本注入による事実上の国有化で生き延びている「りそな」銀行もある。
また地域銀行の不良債権処理は、地域経済の不振と中小企業の苦境で遅々としている。前述した自助努力による民間企業の経営改善は、大企業中心の話である。
更に、BISの自己資本比率規制が続く限り、銀行はリスクを取って貸出を拡張せず、国債の保有を増やし続けるであろう(前掲"竹中金融行政の功罪"参照)。
【「改革なくして成長なし」を実感する来年の経済停滞】
また、より根本的には、官主導から民自立へ、中央支配から地方主権へ、日本の仕組みを変え、国内のビジネス・チャンスを拡大して日本経済を建て直す構造改革が、ほとんど進んでいない。それが国内経済に自律的回復の動きが出ない根本的な原因である。
行政の過剰介入をやめて民間市場経済を自立させる改革は、「構造改革特区」として部分的地域的実験的に僅かの分野で行われているだけだ。それも、縦割りの各種「業法」に手を着けないままの規制緩和なので、実際は「業法」にひっかかって実が挙がらない。
地方に主権を移譲して地域経済の自主性を高め、活性化する改革は、僅か3兆円の「三位一体」改革という入口で揉め続けており、まったく実効が挙がっていない。
官業の民営化も、政治的に目立つ高速道路と郵政事業を採上げたものの、道路公団の民営化は形だけで中身は族議員の思うままであり、郵政民営化は2017年迄に行う方針が閣議で決まっただけで、本当にどうなるのかは霧の中だ。
国民の将来不安を除く年金・医療・介護など社会保障制度の抜本的改革も手着かずである。やっている事は、少子高齢化につれて、保険料と自己負担を上げ、給付を下げることの繰り返しである。そうした中で、所得税定率減税の廃止や消費税引上げなどの増税路線が聞こえて来る。
皮肉な事であるが、「改革なくして成長なし」という小泉首相の言葉が、真実味をもって迫って来るのが来年の日本経済の停滞局面ではないだろうか。