小泉郵政改革は「官から民」の改革基本理念に逆行する ─ 何のための郵政民営化かよく考えよ(H16.9.16)



【郵政事業の分社化と「基本方針」早期決定にこだわった小泉首相】
   政府は9月10日に郵政民営化の「基本方針」を決定した。与党である自民党と公明党の了解を得られないままの決定であるから、今後法案化や国会審議の過程でどう変わるか分からないが、取敢えず現時点の「基本方針」についてコメントしておこう。
   「基本方針」によれば、2007年に政府の100%出資の純粋持株会社(事業は行わず、もっぱら株式を保有する会社)を作り、現行の日本郵政公社を郵便保険会社(簡保を継承)、郵便貯金会社(郵貯を継承)、郵便事業会社(郵便を継承)、窓口ネットワーク会社(郵便局網を継承)の4つに分社化して、純粋持株会社にその4社の株式を保有させる。その上で、2017年まで10年をかけて、郵便保険会社と郵便貯金会社を「民有民営」化する、というものである。
   小泉首相は、この「基本方針」の決定に際して、4事業の分社化を譲らず、また与党の承認が無くても9月10日に「閣議決定」するという二点で、指導性を発揮したようだ。与党の中にある時期尚早論を無視し、麻生総務相(郵政担当大臣)と生田郵政公社総裁の反対を押し切った(「反対するなら辞めさせる」)、と伝えられる。

【民営化する郵便保険会社と郵便貯金会社は「焼け太り」】
   しかし、小泉首相と政策担当の竹中大臣は、実は、大きな妥協を反対派との間で行い、この「基本方針」を早期決定に持込んだのである。
   それは、郵便保険会社と郵便貯金会社が「民有民営」化に移行する2007年から2017年の間に、二つの会社は融資業務や保険商品の拡充など、新規業務に参入してもよいとされたことだ。これによって、「民有民営」化される二つの会社の自由度は増し、機能は高まってますます発展するという明るいイメージで、反対派の郵政族や郵政公社を抱き込もうとしている。
   この議論は、もともと生田総裁が「民間会社並みに法人税を払えというのはコインの片側で、もう一方の側にはビジネスモデルの自由化がなければならない」と言い出したことに竹中大臣が相乗りし、「コインの両面」論として唱えられている。
   これは何を意味するのか。巨大な郵便保険会社と郵便貯金会社が出現して、事業内容を自由に拡大し、民間の保険会社や銀行・信金・信組・農協を、スケール・メリットを発揮してますます圧迫し、発展する姿にほかならない。これを、改革に伴う「焼け太り」と言わずして、何と言うのであろうか。

【官業の民業圧迫を助長するか赤字を拡大して国民負担の増加となる】
   しかも、この「焼け太り」する二つの会社を、2017年までに、どのような形で政府が100%出資する持株会社から分離して「民営民有」化するのか、その際政府から完全に分離されるのか、など「民有民営」化にとって肝心な所はあいまいなままである。
   また、もし仮に、分社化した郵便保険会社と郵便貯金会社が、業務内容を拡大して民間の金融業と競争する能力を欠いていると、大きな赤字を出すことになる。その赤字処理に政府がどれだけ責任を負っているのかも、決まっていない。
   要するに、分社化した二つの会社は、発展すれば既存の民業を圧迫し、発展出来なければ国民の負担となる赤字を出すことになる。このような存在を創り出す必要が、どこにあると言うのか。
   これでは、小泉首相の郵政民営化は改革の「本丸」どころか、「官業の民業圧迫」を助長し、「官から民へ」という改革の基本理念に逆行するか、赤字を拡大して国民の負担を増やすことになる。
   これは、元を正せば小泉首相自身が、何のための郵政民営化かという事をよく考えもせず、説明もせず、「民営化は既定路線だ」と言うだけで反対派を押し切ろうとし、「業務拡大」の明るいイメージという同床異夢で決着をつけた結果である。
   関係者は「業務拡大」という方向性だけで一致したため、巨大な郵便貯金会社と郵便保険会社の規模や機能の縮小論(例えば決済専門銀行化や地域分割論など)は、いつのまにやら議論の表舞台から消えてしまった。

【肥大化した公的金融を縮小するという改革の理念が抜け落ちた】
   しかし、郵政改革で一番大切なことは、次の点だ。貯蓄主体から投資主体への資金の流れを仲介する金融業(銀行、証券、保険など)は、市場メカニズムに従って民間でやるべきビジネスであるにも拘らず、資金の流れの4分の1(時として3分の1)が民間市場を通さず、郵貯・簡保⇒資金運用部預託⇒財政投融資計画⇒政府金融機関・公共事業、という公的ルートを通っている。この異常に肥大化した公的金融を縮小する改革こそが、郵政改革の基本的な狙いである。
   既に、郵貯・簡保⇒資金運用部預託、というルートの改革は始まり、資金運用部預託に代って、財投債・財投機関債の市場発行が徐々に増えている。残っているのが、公的金融の入口である郵貯、簡保の縮小である。
   従って、郵政改革で一番大切な部分は、どのようにして郵便貯金会社と郵便保険会社の機能を制限し、規模を縮小するかという点にある。この点が、前述のように、表舞台からすっぽりと抜け落ちたのが、今回の政府の「基本方針」である。

【郵貯、簡保をやめても郵便局の利便性は落ちない】
   国民の側から見ると、便利な郵便局のシステムと機能を残して欲しいと思うかも知れない。私もそう思う。
   しかしそれは、郵便貯金会社と郵便保険会社の機能と規模を縮小し、場合によっては廃止しても可能である。
   窓口ネットワーク会社が、郵便局の窓口ネットワークを、郵便事業会社に貸すだけではなく、民間の銀行、信金、信組、農協や民間の生命保険会社に貸せばよいのだ。更に、国や地方公共団体の公的サービス(住民登録、印鑑登録、それらの移動、変更、証明書発行、税金の納付や確定申告など)にも、窓口ネットワークを貸せばよい。
   そうすれば国民は、郵便局を今迄以上に便利なワンストップ・サービスステーションとして利用出来る。郵便局員もそれらの代理業務を行うようにすれば、郵貯と簡保の縮小で浮く人員を吸収できる。
   今回の政府の郵政改革の「基本方針」を、そのまま本当に実施すれば、「悔を千載に残す」ような結果になる。それは反対派の言う意味での「悔い」ではなく、「官から民へ」の改革推進派の立場からの「悔い」である。