竹中金融行政がデフレを長引かせている ─ 国内銀行の自己資本比率規制を廃止せよ(H16.8.31)



【銀行貸出減少のデフレ効果は大きい】
   98年以来、日本国内の銀行貸出の総残高は一貫して減り続けており、特に小泉政権が発足した2001年以降の減り方が大きい(98〜00年△5.9%、01〜03年△10.8%)。本年7月の総貸出率残(銀行・貸金合計)も、前年比△3.4%と減少スピードは衰えていない。銀行は貸出の代りに長期国債の保有を増やしているが、それでもマネーサプライ(M2+CD)平残の伸びは貸出の減少が響いて、前年比+2%弱にとどまっている。
   この貸出減少とマネーサプライの低い伸びが国内需要(とくに中小企業の投資)を抑え、国内の需給ギャップの改善を遅らせ、デフレを長引かせている金融面の原因である。(注)
(注)小泉政権が財政支出を減らしていることも国内需要を抑え、デフレを長引かせている一因であるが、小泉政権は反面で5兆円を超える公債発行の増加によって税収減を補うビルトイン・スタビライザー効果を利かせているので、財政政策全体としては、必ずしも大きなデフレ効果をもたらしている訳ではない。むしろ金融面のデフレ効果の方が大きい。


【貸出の需要はあるが供給が不足している】
   銀行貸出の減少は、資金需要が減っているからではない。貸出を断られている中小企業が沢山居るのである。「日銀短観」の「金融機関の貸出判断DI」も、中小企業は98年以来最近まで一貫して「厳しい」超であった。
   貸出が減っているのは、貸出の「需要」がないからではなく、貸出の「供給」、つまり銀行に貸出を増やす「意欲と能力」が欠けているからである。このため、「銀行信用のアベイラビリティ(利用可能性)」が低下し、中小企業の投資を始めとする国内民間需要の拡大が抑えられている。それが需給ギャップの改善を遅らせ、デフレを長引かせる一因となっている。

【貸出の「意欲と能力」の喪失が"流動性のワナ"の原因】
   量的緩和政策で日本銀行が30〜35兆円の不活動残高(アイドル・バランス)を日銀当座預金に積んでも、この資金(ゼロ金利)を使って貸出を増やそうとする銀行がない。このためゼロ金利の下でベースマネーの供給を増やしても一向にマネーサプライの増加率が高まらない状態、つまり"流動性のワナ"の状態に陥っているのである。
   ケインズは、「金利が極めて低くなると、将来の少しの金利上昇でも確定利付き債券(例えば国債)の値下がりが大きくなり、多額のキャピタルロスが発生するので、その可能性を恐れて人々は確定利付債券を買わなくなり、マネーを限りなく選好するようになる。このため、いくらマネーの供給を増やしてもマネーのアイドル・バランスが増えるだけで、金利が下がらない状態、すなわち"流動性のワナ"に陥る」と説明した。
   しかし、今日の日本の"流動性のワナ"は、これでは説明できない。銀行は国債を大量に購入しているからである。原因は前述の通り、銀行が貸出の「意欲と能力」を喪失しているからである。これが今日の日本の"流動性のワナ"を解く鍵である。

【銀行貸出の「意欲と能力」の低下は竹中金融行政が原因】
   では何故、銀行は貸出増加の「意欲と能力」を失っているのか。
   一つの原因は、10年以上の経済停滞の下で、銀行の目から見て「期待収益率が高く信用リスク(回収不能発生の可能性)の小さい」貸出機会が少ないからである。
   しかしもう一つ重要な理由がある。それは金融行政が、「不良債権早期処理」を強制しながら、同時にBIS規制である「自己資本比率」の維持を求め、それが出来ない銀行には公的資本を注入し、その銀行に経営改善計画に基づく「収益性の改善」を求めているためである。
   この過剰介入の竹中金融行政こそが、銀行の貸出「意欲と能力」を減退させ、一方で「信用のアベイラビリティ」低下によって国内民間需要の停滞とデフレを長引かせ、他方で「流動性のワナ」を作り出して金融の量的緩和政策を無効にしているのである。

【不良債権処理、自己資本比率維持、収益性の改善は相互に矛盾する】
   竹中金融行政が求める三つの指標の改善、すなわち@「不良債権比率の引下げ」、A「自己資本比率の維持」、B「収益性の改善」は本来矛盾する。不良債権の早期処理は、当期の利益を投入し、更に自己資本を取崩して行なうので、@の改善はAとBを悪化させる。
   また自己資本比率の引上げは信用拡張係数を低下させるので、資本1単位当りの収益を低下させる。つまりAとBも矛盾する。
   この@ABの矛盾を和らげる方法は、@ABの比率の共通の分母である貸出残高を期待収益率が低く信用リスクの高い方から減らすことである。減らす対象は多くの場合中小企業向け貸出が選ばれ、「貸し渋り」「貸しはがし」となる。
   このようにして、相互に矛盾する三つの指標の改善を同時に求める竹中大臣の過剰介入型金融行政は、必然的に銀行貸出の「意欲と能力」を低下させ、国内民間需要を抑制してデフレを長引かせる。

【不良債権処理と自己資本比率規制は貸出の「意欲と能力」を低下させる】
   同じことを、銀行の実務に則してもう少し具体的に述べてみよう。
   イ.不良債権処理のためには、貸倒れ引当金の積み増しか、貸出債権を市場に割引きして売却することになるが、いずれも銀行の純資産(資産マイナス負債)を減らすので、貸出の「意欲と能力」は低下する。
   ロ.とくに貸出債権の市場売却は、市場評価の高い比較的優良な不良債権しか売れないので、劣悪な債権が手許に残り、ポートフォリオの質がかえって悪化し、新規貸出の「意欲と能力」に対するブレーキとある。
   ハ.BIS規制では、自己資本比率の分母となる資産のうち、国債はリスクウェイトが0%と評価されて算入されないが、対民間貸出はほとんど100%と評価されて全部算入されるので、貸出の「意欲と能力」は抑えられ、国債保有の「意欲と能力」が高まる。この国債保有は、超金融緩和とデフレの下では結構採算が取れるのである。何故なら、短期国債の「実質」金利はデフレのお陰でプラスであり、長期国債の金利は預金金利を上回っているので利鞘が稼げる。
【大切なのはポートフォリオ全体の期待収益率とリスクであり純資産だ】
   銀行をイ・ロ・ハのような貸出抑制的行動に追い込む不良債権早期処理とBISの自己資本比率規制は、本来は何を目的にしているのであろう。それは銀行のポートフォリオ全体の期待収益率を高め、各種のリスクを抑制し、あるいはリスク対応能力を高めることにある筈だ。それが銀行経営健全化の基礎であり、行政が目的とする銀行システムの安定につながるからだ。
   しかし、現在の過剰介入型竹中金融行政がやっていることは、個々の資産の期待収益率とリスクの評価であり、また自己資本の中身(繰延べ税金資産の扱いなど)の査定である。
   しかし、個々の資産の評価の合計(金融行政の対象)と、個々の資産から成るポートフォリオ全体の評価(銀行経営の基盤)とは異なる。例えばあるグループの資産のリスク(例えば貸出の信用リスク)と他のグループの資産のリスク(例えば確定利付き債券の価格リスク)が逆相関であれば(例えば景気が回復して金利が上がれば、信用リスクは低下し価格リスクは上昇する)、この二つのグループを含むポートフォリオ全体のリスクは、二つのグループのリスクの合計より小さい。
   また銀行経営、従って貸出の「能力と意欲」にとって大切なのは、資産と負債の差額である「純資産」であり、金融当局が恣意的に中身を査定して決めた「自己資本」の量ではない。

【貸出減少・国債増加は将来のリスクを高め収益率を下げる】
   いま日本の銀行のポートフォリオでは、貸出が減り、長期国債が増えている。前述のように不良債権早期処理と自己資本比率規制の下では、当然そうなる。
   しかし、今後日本経済が立直って行けば、貸出の期待収益率は上昇し、信用リスクは低下する。反面長期国債は長期金利の上昇につれて評価損が拡大する。評価損の実現を避けるには償還期まで保有せざるを得ないが、その間の収益率は他の資産(例えば新規の貸出や債券投資)に比して低い水準にとどまり、ポートフォリオ全体の収益性向上のお荷物となる。
   つまり現在の自己資本比率規制を中心とした竹中金融行政は、ポートフォリオの高いリスクと低いフランチャイズ価値(将来利益の割引現在価値)を銀行に強制しているのだ。
   また税金繰延べ分の自己資本を実現するためには、繰延べ期間の黒字を確かり維持しなければならないため、今後銀行は保有する担保不動産、株式、貸出などのうち、値上がりの大きい資産から売却するであろう。しかしその事は、ポートフォリオの質を劣化させて行くので、ポートフォリオ全体のリスクを高めフランチャイズ価値を低めていることを意味する。

【国内銀行には自己資本比率規制を適用するな】
   以上のように、自己資本比率規制を中心とする竹中介入型行政は、現在の国内民間需要を抑えてデフレを長引かせているだけではなく、将来の銀行経営の健全性に逆行するような銀行行動を誘導している。
   その原因はBIS規制に基づく自己資本比率規制にある。
   これは廃止すべきである。ただし、国際的に活動する大手銀行についてはそうも行かないので、日本の金融当局は、BISの場で、2006年適用開始予定の新BIS規制に満足せず、個々の資産ではなくポートフォリオ全体を評価するポートフォリオ・アプローチが大切であることを主張すべきである。細かい介入型規制を極力排除し、銀行の自己管理型、市場規律型のリスク管理を、ポートフォリオ・アプローチの観点から考え直すべきである。
   他方、国内の銀行については、BIS規制の適用を中止し、ポートフォリオ全体のリスクとフランチャイズ価値に焦点を当て、自己資本ではなく純資産に注目した銀行の自己管理型、市場規律型の監督行政に転換すべきである。
   銀行は自己責任で銀行ポートフォリオ全体のリスクとリターンに関する経営戦略を決め、それに対応したリスク管理体制と適正な純資産総額を確立すべきである。その結果として実現する収益性と不良債権比率は銀行自身の責任であり、それを評価するのは行政ではなく、市場であるべきだ。

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