日米の景気動向と銀行業の将来(H16.3.15)


─ニューヨークの金融エグゼクティブとの対話─

【久し振りのN.Y.金融界訪問】
   久し振りにニューヨークへ行って、米国金融界のエグゼクティブ達に会って来た。
   彼等の私に対する質問は、「日本経済の回復は本物か」と「日本の銀行は本当に最悪期を脱したのか」の二つに集中した。私の彼等に対する質問は、「本年秋から来年に向って、米国経済は減速するのではないか」と「米国の金融サービス業は日本で何をしたいのか」に焦点を絞った。
   夫々について、面白い意見交換が出来た。人によって意見の違いはあったが、この辺が多数意見だなという感触は得た。
   以下では、私が彼等に語ったことと、彼等が私に語った多数意見を、要約してみる。

【日本経済はこのままでは持続的成長軌道に乗らない】
   まず日本経済について。私は、「回復が本物か」という質問の意味が、10年以上の経済停滞の中で、1996年度や2000暦年を中心に起った景気回復と同じような回復が今また起っているのかという意味であるならば「Yes」、いよいよ長期停滞を脱し、自律的、持続的成長が始まったのかという意味ならば「No」だ、と答えた。
   「No」の理由は、今の回復が輸出と輸出関連設備投資だけにリードされており、輸出企業の雇用、賃金の改善が個人の可処分所得を回復させ、個人消費と住宅投資を誘発する動きが無いからだ。これは、企業がビジネス・モデルを変え、損益分岐点操業度を引下げて減収増益が可能な体質に変ってきているためで、根が深く、今後も続く。

【ビジネス・モデルの転換と社会保険料負担が個人消費の足を引張る】
   日本の従来のビジネス・モデルは、終身雇用と年功序列賃金で従業員を企業にひきつけ、企業内で熟練度を高めることで、競争力を高めてきた。しかし、今はIT革命で技術が急速に変っており、古い熟練度を持つ40歳代、50歳代の男子正社員が割高になった。このため彼等をリストラし、割安な若い人や女性をパートタイム社員にして雇い、年金保険料負担も避けている。
   企業がこのようなビジネス・モデルの転換を続けている限り、就労人口の1割に過ぎない輸出関連製造業の回復が、日本全体の可処分所得を回復させ、持続的成長を実現することは難しい。それに、社会保険料負担などの増加で、国民負担は2004年度だけでも1.2兆円増えるし、今後毎年増えていく。これも個人消費と住宅投資の足を引張り続ける。

【日本の銀行の不良債権比率】
   次に日本の銀行界について。大手行の不良債権比率は、2002年3月の8.6%をピークに減り始めており、昨年9月には6.4%に下った。2005年3月に4%まで下げるという金融庁の目標は多分達成されるであろう。
   しかし、三つの事に注意する必要がある。
   第1に、4%自体、国際基準から言ってまだ高く、国際的な優良銀行のように2%以下になるためには、2007年頃までかかる。
   第2に、これは平均の話であり、優良2行は既に4%を割っている反面、不良行はまだかなり高い。平均で論じない方がよい。
   第3に、全体の3分の1を占める地域銀行の不良債権比率は、2002年9月の8.3%をピークに低下し始めたが、改善のテンポは緩やかで、2003年9月末現在、まだ7.5%だ。ここでは格差が特に大きく、問題行が含まれてる。

【日本の銀行業の将来性】
   不良債権の処理を最優先にしている間は、処理損失を示す信用コス率は、業務純益率(貸出利鞘マイナス経費率)を上回り、赤字が続く。その上、自己資本比率を維持しなければならないので、なかなか積極的な業務は展開できない。
   卸売銀行業務、小売銀行業務、信託銀行業務を併せ持った総合的な金融サービス業として、日本の銀行が国際的に進出するにはもう少し時間がかかる。
   古いタイプの小売銀行業務の「敗戦処理」がまだ続いており、新しいタイプの卸売銀行業務を含む金融サービス業を展開する余力は、まだ日本の銀行にはない。またそれを可能にする金融業の垣根規制の撤廃も遅々としている。
   ただし、大手行のうちの最優良行と大手の優良証券会社が合併して、国際的に比肩し得る金融サービス会社に脱皮することは、将来の問題として十分あり得る。

【米国景気の先行きについては意見が割れた】
   私の米国経済に関する質問の答えは、完全に分かれた。景気回復が進んで金利が上昇し、また大型減税の効果が薄れれば、本年下期以降来年にかけて、高過ぎる家計の債務負担を金利上昇が直撃し、住宅投資の減少が住宅価格を低下させ、逆資産効果で個人消費も落ち、成長が大きく減速するというのが悲観論の典型である。
   楽観論は、Fed.が当分利上げをしないし、現に長期金利が低下しているので、上記のシナリオは現実的ではないとする。その背景には、企業の生産性向上で当分インフレ率は上がらないので金利引上げは無いであろうし、景気そのものも企業投資に支えられるという見方がある。
   また、今年1月にFed.のグリーンスパン議長が今後の金融政策についての言い方を変え、「当分の間」低金利政策を続けるから、「経済が安定している間は」低金利政策を続けるに変えたが、この「言い方の変更(language shift)」は意味がないと言う人が多い。Fed.の腹は、低金利政策を続けるということだと言う人が多い。これも楽観論の根拠になっている。

【米国銀行の対日戦略と日本の垣根規制撤廃】
   米国の銀行が日本で何をしたいのかという点については、銀行によってまちまちである。米国の銀行は、日本で言えば銀行業、証券業、信託業の三つを総合的に行う「金融サービス業」であり、大手行は多国籍企業である。
   従って、日本にどれだけの比重をかけるか、小売銀行業務、投資銀行業務、資産運用サービス、財務・証券サービス、クレジット・カード業務などのうち、どの業務を中心にして、日本の業務展開を行うかは、将に経営戦略そのものである。当然銀行によって違う。
   日本の大手銀行も、早く総合金融サービス業に脱皮すべきであるし、金融庁は古い小売銀行の復活を目指すような時代遅れの行政を改め、もっと大胆に金融の垣根規制を撤廃し、総合的な金融サービス業への道を開くべきである。