経済政策に見る「バカの壁」(その2)(H16.1.19)
─規制撤廃、地方分権、社会保障─
【規制撤廃は官主導から民自立に改革するための鍵】
[最新コメント]"経済政策に見る「バカの壁」(その1)"に続いて、重要な分野で「バカの壁」が経済政策の発展を妨げている例をあと三つ挙げてみたい。
日本経済の構造改革でいま一番大切なことの一つは、官主導から民自立に経済の仕組みを変えて、低迷している国内需要向け産業の投資機会と雇用機会を増やすことである。これなしには、日本経済が持続的な成長軌道に乗ることは出来ないであろう。
いま日本経済の回復を引張っている輸出関連製造業には、既に官の過剰介入はなく、世界の企業を相手に自由競争をしている。問題は残りの国内需要向け産業(就業者数全体の9割に達する)に対する規制の撤廃や緩和である。既に(その1)で論じた「民営化」も「官業の民業圧迫」を無くすのであれば、民自立の投資・雇用機会を増やすので、同じ効果を持つが、ここではもっと広範な官の過剰介入の廃止問題を取り上げたい。
【監督官庁の業法を廃止し市場法に置き換えるのが規制撤廃】
日本では、民間の事業については必ず監督官庁が存在する。そして総ての業界について、監督官庁が「業法」に基づいて規制している。この「業法」を廃止して、市場経済の競争ルール(公正な競争、情報の公開など)一般を定めた「市場法」に置き換え、この市場法に違反しない限り、民間は創意工夫をこらして自由に経済活動が出来るようにするべきだ。これが官主導から民自立への改革を実現する規制改革である。
小泉内閣は、宮内議長の下に「総合規制改革会議」を発足させたが、そこから提案された「12の重点検討項目」は棚ざらしにされたままで、まったく前進していない。
小泉政権で進んだのは、こうした全国規模の規制改革ではなく、「構造改革特区」の創設である。これは、個々の地方自治体が規制撤廃を要望したうち、監督官庁が承認したものだけを(全体の1〜2割にすぎない)、要望した自治体に限った規制撤廃するというものだ。
【「特区」は良いことと考えるのは「バカの壁」】
この「特区」方式は、二重の意味で必要な規制撤廃になっていない。第1に、規制の実施主体である監督官庁の承認を求めるのは、俎の上の鯉に包丁を持たせるような話で、適切な規制撤廃が進む訳がない。第2に、適切な規制撤廃は全国規模で行うべきであって、要望した自治体だけに特定すべきではない。
何故小泉政権はこんなことをするのか。「特区」というのは、中国が社会主義計画経済の市場経済化を進めるに当たり、特定地域を「特区」として自由化、市場経済化の先頭に立たせ、次第に全国に広げて行った制度である。
小泉政権は、この「特区」の制度が自由化や規制撤廃の模範だと思っているのではないか。そこで思考を停止し、「特区は改革にとって良い事だ」という「バカの壁」を立てているのではないか。
【官僚主導ではなく政治主導で全国規模の規制撤廃を】
発展途上の社会主義計画経済に市場経済を導入する際には、「特区」は一つのやり方として評価できるとしても、先進国である日本の市場経済の規制緩和・撤廃に「特区」を摘要するのが良い筈はない。そこをよく考えないで思考停止しているのは、「バカの壁」だ。
グローバルな市場経済で自由競争をし、大活躍している1割の輸出産業と、官の規制の強い9割の国内需要向け産業に分かれている先進国日本では、グローバルな自由市場を手本にして、国内の市場法を作るべきだ。そして国内産業の規制撤廃(業法の廃止)を全国規模で実施すべきである。
その際俎上に乗っているのは業法に基づいて規制を実施している監督官庁である。この業法を市場法に置き換え、規制撤廃を進めるのは政治の役割である。監督官庁にお伺いを立てているようでは、「バカの壁」は破れない。
【地方自治体の自主性を奪う補助金の仕組み】
規制撤廃と並んで大切な構造改革の手段は、中央支配から地方主権に仕組みを変える地方分権の推進である。この分野にも「バカの壁」が見られる。
それは、いわゆる「三位一体」改革である。現在、中央政府が地方自治体を支配する有力な仕組みとなっているのは、各省庁が持っている「補助金」の制度である。これは、各省庁が作った計画(中期、長期)に沿ったプロジェクトを持ってきた地方自治体には、所要資金の半分(多少割合が違うケースもある)を補助金として与える制度だ。この補助金総額は、実に20兆円に達する。このため地方自治体は、中央官庁の補助金対象計画にはない事業をやりたくても、地方単独事業となって所要資金が全額自己負担となるので、容易に出来ない。逆に、あまり必要のない事業でも、中央官庁の計画にあれば補助金欲しさに実施する。
【「三位一体」改革は「バカの壁」】
地方自治体の自主性を奪うこの補助金の仕組みを廃止することが、地方分権推進の基本でなければならない。
ところが小泉政権は、補助金、地方交付金、地方税財源の三つを「三位一体」で改革するのが地方分権だと言うところで思考を停止し、「バカの壁」を築いている。このため、壁の前で何が行われたかと言えば、20兆円の補助金総額のうち来年度予算で僅かに1兆円を削減することが決った。その分地方交付税と税財源を増やすと言うのであるが、各自治体ごとに補助金削減と見合っていないので、補助金を減らされっぱなしの自治体が出てくる。
また財務省は地方自治体の財政再建を進めるチャンスとばかりに、補助金と交付金を減らし、税財源を十分に移譲しないことを考えている。
【地方主権を強める構造改革の一環である事を忘れている】
要するに、地方自治体の自主性を高めるのが目的であれば、補助金の仕組みを壊して、使途を特定しないカネ(一括補助金でも交付金でも税財源でもよいが)を自治体に渡し、自治体が本当に必要と考えている事業に使わせるべきなのである。
ところが「三位一体」という言葉だけが踊り、補助金の仕組みはそのままで1兆円の補助金削減だけが実施された。「三位一体」という言葉を使った所で思考を停止して「バカの壁」を築き、何のためにやるのかを考えていないのだ。地方自治体の自主性を高め、中央支配から地方主権へ日本の仕組みを変える構造改革のためだという事を忘れている。そこに財務省もつけ込んで、地方予算を締め上げる余地が生れる。
【保険方式に固執し税方式に耳を貸さない「バカの壁」】
ほかにも「バカの壁」は沢山あるが、ここでは最後に社会保障制度の「バカの壁」を指摘しよう。
年金、医療、介護という基礎的な社会保障制度について、政府と厚生官僚は、社会「保険」方式でなければならないという所で思考を停止し、「バカの壁」を立てて「税」方式に耳を貸さない。
しかし、働く世代から保険金を取り、高齢者に給付する賦課方式の社会「保険」制度は、働く世代が減り、高齢者が増える「少子高齢化」の下では破綻するに決っている。こんな事は子供でも分かることだ。
基礎年金、高齢者医療、介護の三つについては、国民全員が所得・消費の水準に応じて負担する「税」方式に早く切り替えなくては、給付は下がり、保険料は上がり、保険料の未納が増えて「保険」制度そのものが破綻するのは目に見えているではないか。
【「保険」方式と「税」方式の併用に早く切り替えよ】
少子高齢化の下でも社会「保険」制度が維持できる社会保障は、働く世代だけが加入する賦課方式の医療保険と報酬比例の積立方式の年金保険だけである。あとの基礎年金、高齢者医療、介護は「税」方式に早くも切り替えなければいけない。高齢者のモラル・ハザードを防ぐためには、ある程度の自己負担と重複診療・重複投薬を防ぐ電子システムが必要である。いずれにせよ、働く世代に保険料という形で負担させるのは止めた方がよい。
「保険」方式は厚生官僚にとっては長年先輩から受け継いできた伝統であろう。また社会保険庁や自治体保険課の行革にもつながる。しかしだからと言って、「保険」方式でなければだめだという「バカの壁」の前であぐらをかいて居ては、日本の社会保障制度そのものが崩壊してしまう。
ここは政治が指導性を発揮し、「バカの壁」を壊すべきだ。