日本経済の潮目は変ったか?(下)(H15.12.24)
─いまはまだ夜明け前─
【設備投資回復のスピードは今回の方が前回より遅い】
「日本経済の潮目は変ったか?(上)」では、設備投資や個人消費という国内民間需要が自律的に立上がらない限り、日本経済の潮目は変らないというのが結論であった。そこで次に、この二つの需要項目を見ていこう。
まず今回は民間投資の成長寄与率が高い(78%)という三つ目の特色から考えてみよう。民間投資の寄与率は、前回も比較的高かった(67%)。そこで民間投資の中心である設備投資について、今回と前回を比較してみると、次の通りである。
設備投資回復のスピードは、前回は年率12.3%、今回は同8.6%と今回の方が遅い。当然経済成長率に対する寄与度も、前回は1.9%、今回は1.4%である。今回、回復に対する民間投資の寄与「率」が78%と高く出たのは、回復のスピード(年率成長率)が、今回は2%台と前回の3%台よりも低かったからである。
従って、03/Vまでのスピードに関する限り、今回の設備投資が前回よりも強力に回復をリードするので、日本経済の潮目が変わることになるという主張は根拠がない。
【設備のストック調整から判断すれば来年も設備投資は伸びる】
しかし03/Vはまだ回復の途中であるから、これから来年04年にかけて設備投資の伸びが加速するとすれば、話は変ってくるかも知れない。現在が日本経済復活への序曲だと主張している人は、恐らくそう考えているのであろう。
設備投資の増加が来年も続くであろうという予測については、まず異論はないところであろう。ストック調整の目途として、設備投資の対GDP比率を実質ベースでみると、この10年間のピーク(P)とボトム(B)は次の通りである。
現在は16.6%であり、前回のピーク17.6%から判断して、しばらくは設備投資が成長率を上回って成長をリードしても、設備ストックの過剰で設備投資が反転下落することはない。
【IT産業復活と中国向け輸出だけでは投資リード型成長にはならない】
しかし、潮目は変ったと主張する人は、恐らくそのような循環論を越えて、論理を展開するのではないだろうか。例えばIT産業復活に伴なう新製品供給のための新規投資、中国を中心とする東アジアの拡大と一体化した鉄鋼や化学など素材産業の更新投資などが、来年以降も伸び続けて日本経済の潮目を変える、という主張であろう。
しかしこれらの輸出関連製造業のウェイトは、日本経済の中で決して高くはない。製造業全体でもGDP全体の4分の1である。問題は、残りの4分の3以上を占める国内の消費関連製造業や流通、建設、不動産などの非製造業である。この分野の過剰人員、過剰設備、過剰債務の整理は、不良債権処理と表裏の関係にあるが、いまはその最中である。それを促進しなければ国内需要の自律的な回復はないが、次に見るように当分起こりそうにない。この分野の企業収益力が高まり、設備投資が自律的に起きてこない限り、潮目が変るような民間投資リード型の成長は始まらないであろう。
これは、国内の個人消費が自律的に回復してデフレ(物価の持続的下落)を止めるのはいつか、という判断とも深く係わっている。現状では、需要が低迷して販売価格が持続的に下落するので、高価な新鋭機械への更新投資は採算上不可能だという業界がこの分野には多い。
【個人消費が停滞していては広範な投資は起きない】
そこで今回の回復の四つ目の特色、すなわち前回(25%)や前々回(52%)に比べて民間消費の寄与率が極めて低い点(16%)について考えてみよう。それがデフレの一因であり、また回復のスピードが遅い一つの理由だからである。
GDP統計の雇用者報酬の伸び率を、今回、前回、前々回について、名目と実質で比較してみると、次の通りである。
今回の回復局面だけは、名目でも実質でも、雇用者報酬が減少している。これは、日本の企業の人減らしと賃金抑制が、常用雇用からパートへの転換も含めて、企業のリストラという名目で本格化したことの反映である。それでも家計消費がそこそこ伸びているのは、貯蓄率を下げて何とか消費しているからだ。
【リストラが終り雇用者報酬が増えなければ日本経済の潮目は変らない】
企業がリストラによって損益分岐点操業度を下げ、成長率が低くても高い収益率をあげるようになったという今回の特色は、実はプラス、マイナスの両面を持っている。民間投資リード型の回復にとってはプラスであるが、それが民間消費の自律的回復につながらないという点ではマイナスである。高失業率とデフレが続く中でのプラス成長という今回の特色は、そこから生まれている。
このような姿がいつ迄続くのであろうか。日本経済の潮目が変り、長期停滞が終ると主張する人は、遠からず企業のリストラは終り、失業率の低下と共に雇用と賃金が回復し、雇用者報酬が増えて個人消費の自律的回復が始まり、デフレが終わり、内需関連産業を含む全面的な投資リード型成長が始まると見ているのであろう。
しかし、この見方は楽観的に過ぎると思う。最新の「日銀短観」(03年12月調査)を見ても、大企業の雇用人員判断DIの「過剰」超幅は、製造業で18%ポイント、非製造業で13%ポイントに達している。現実の雇用者数も、03年9月末現在で前年比1.4%減っている。
早々と「日本経済復活への序曲」を口にするのもよいが、冷静に見れば、まだ数年は早過ぎるのではないか。
【国内の投資機会を増やす規制撤廃を急げ】
今回の回復は、これ迄と同様に程度の差はあれ財政・金融政策に支えられている。それでもスピードは前回や前々回よりも遅いのだ。民間投資の牽引力は前回よりも弱い。純輸出の拡大にはこの先限界が見えている。企業の立直りが雇用者報酬、ひいては個人消費の回復につながる因果の鎖は、今のところ切れたままである。高失業率とデフレの進行という重荷を背負った回復はまだ続くのだ。
IT産業復活や中国を中心とする東アジアの再興という好条件はあるが、それだけで日本経済が長期停滞を脱するためには、それらが国内需要(投資と消費)の自律的拡大を招かなければ不可能である。しかし今の段階でそう見るのは早計であろう。内需関連企業のバランスシート調整やリストラが完了するのは、まだ先である。それとの関係で不良債権の処理が終り、地銀以下を含む日本の銀行システム全体が健全化する迄にも、まだまだ時間がかかる。
企業の調整を促進するためにいま大切な政策は、国内に投資機会を増やす規制撤廃である。しかし教育、医療、福祉、職業紹介、農業などの新しい成長分野での参入規制撤廃が遅々として進まない現状では、設備投資が国内向け産業を含めて全面的に開花し、雇用者報酬が増加に転じ、国内民間需要リード型の自律的成長が始まるのは難しいであろう。
日本経済はまだ「夜明け前」である。
─完─