日本経済の潮目は変ったか?(上)(H15.12.17)


─前回、前々回との比較─

【今回の回復は95〜96年や00年の回復と質的に違うのか?】
   日本経済は、小泉政権の緊縮予算の下にあるにも拘らず、02年第2四半期から03年第3四半期まで、6四半期連続してプラス成長を実現した。それをリードしているのは、財政支出ではなく、純輸出と設備投資である。
   このため待望の「自律的回復」が始まったとして、「日本経済の潮目は変った」「長期停滞が遂に終わる」「日本経済復活への序曲だ」などという声が、小泉政権の内部や周辺のエコノミストから上っているようだ。来年の経済誌の正月号は、そのような「勝利宣言」が目立つのであろうか。
   しかし、本当に潮目は変ったのか。10年間の長期停滞の間にも、95〜96年と00年に2回小さな景気回復はあった。今回もそれらと同じ3回目の小さな景気回復の波ではないのか。それとも潮目の変化と言えるような質的な違いが、前2回の回復と今回の回復との間にあるのか。
   以下ではデータにそくして客観的に分析してみたい。

【長期停滞中の三つの景気回復局面の比較】
   バブル崩壊後現在までの10年間程の経済停滞の間に、6四半期以上連続してプラス成長を記録した時期が、今回を含めて3回あった。95/T〜97/T(前々回)、99/W〜01/T(前回)、02/U〜03/V(今回)の3回である。
   この三つの小さな景気回復期における成長率と需要項目の成長寄与率を比較してみると、次のようになる。



【今回の回復スピードは前回、前々回より遅い】
   まず定量的に三つの景気回復局面を比較してみると、前回と前々回は年率3%台で成長したのに対して、今回は年率2%台であり、勢いが弱い。年度の平均成長率でみても、前回の00年度には3.0%、前々回の96年度には3.6%と3%台に達しているのに対し、今回は03年度の予測(政府は2.1%)も04年度の予測(同1.8%と伝えられる)も2%前後である。
   経済成長の勢いから見る限り、今回は前回や前々回よりも勢いが弱く、日本経済の潮目の変化を感じさせるものはない。定量分析に関する限り、「日本経済復活の序曲」などと騒ぎ立てる根拠はない。

【今回は輸出・投資リード型成長で財政支出と消費の寄与はない】
   次に成長要因を定性的に比較してみよう。
   上記の表の実質成長寄与率をみると、三つの回復局面はかなり際立った違いを示している。
   第一に、前回も前々回もプラスであった政府支出の寄与率が、今回は△24%と大きなマイナスである。小泉政権の緊縮予算の下で、公共投資を中心に歳出が削減されている中での回復が、今回の特色の一つである。
   第二に民間消費の寄与率が、前々回、前回、今回と期を追って低下しており、民間消費の寄与が極めて小さい回復であるというのが、もう一つの今回の特色である。
   第三に民間投資の寄与率が今回と前回は極めて高いが、今回が最高である。民間投資リード型回復というのが、今回の三つ目の特色である。
   第四に純輸出の寄与率が、前回と前々回は無きに等しいが、今回は極めて大きい。輸出リード型回復が、今回の四つ目の特色である。

【財政支出が減っても12兆円のビルトイン・スタビライザー効果が景気を支えた】
   以上の四つの特色が、日本経済の潮目の変化を物語るほどの意味を持っているのかどうか、考えてみよう。
   まず第一の政府支出がマイナスの下での回復について、民間支出リード型の自律的回復が始まったと見てよいのかどうか。
   財政の景気に対するインパクトは、支出の大きさだけで決まるものではない。小泉政権発足時の01年度当初予算は28兆円の公債発行であったが、01年度の補正予算で2兆円、02年度の補正予算で5兆円夫々追加して35兆円となり、更に03年度当初予算では36兆円強の発行を計上している。04年度当初予算では、40兆円に近い公債発行となろう。
   この28兆円から40兆円へ、通計12兆円(43%増)の公債発行増加は、経済停滞に伴なう税収の落込みを埋めたもので、財政のビルトイン・スタビライザーであり、そのために12兆円を投入したことを意味する。これは大きな景気下支え効果である。その下で02/Uからのプラス成長が始まったのであって、財政刺激の無い民需主導の自律的回復と言うのはこれを無視した言い方であり、やや言い過ぎと言えよう。
   また、01年3月から始まったゼロ金利政策の下で、民間投資の金融機会費用が著しく低下したことも、民間投資リード型の回復を支えている。これも忘れてはならない。
   更に、自己資本比率の低下した銀行(最近ではりそな銀行)への公的資本注入や、破綻した銀行(最近では足利銀行)への公的資金投下も、国民の金融資産(預金)の減少による逆資産効果を防いでいるという意味で、景気下支え効果を持っている。
   従って、財政・金融の両政策と関係なく、民需主導の回復が始まったので、潮目は変ったのだという主張は、事実誤認と言わなければならない。

【純輸出の成長寄与率が高いのは輸入の伸びが低いため】
   次に、純輸出の寄与率が高いという今回景気回復の特色が、潮目の変化を意味するのかどうか、考えてみよう。
   潮目が変ったと見る人は、今回の輸出伸長が、デジタル家電や乗用車の電子部品・デバイスを中心とする日本のIT産業復活と、中国を中心とする東アジア経済の最発展による鉄鋼など素材産業の立直りであることを強調する。確かにこの二つの動きが、今回の日本の輸出増加の背景にあることは間違いない。
   しかし、統計を調べてみると、今回純輸出の寄与率が高いのは、輸出の伸びが高いからというよりも、輸入の伸びが低いからである。念のため、前回と今回について、純輸出が大きく拡大した時期の輸出と輸入の伸びを比較してみると、次の通りである。



【生産回復に伴なう輸入増加と円高圧力で純輸出はやがて縮小する】
   確かに今回は輸出の伸びは前回より高いが、それ以上に今回の輸入の伸びが前回よりも低いことが目立つ。その原因を財別に調べてみると、今回は輸入の25%を占める素原料が減少しているのである。これは今回の鉱工業生産の水準が、回復したとはいえ前回よりも7%程度、前々回よりも12%程度低い水準に落込んだままだからだ。
   この素原料の輸入は、今回も生産の回復が進むにつれ、やがて反転して増え始めるであろう。また今回の純輸出の増加が円高圧力を生み出せば、グローバルに展開する日本の企業は海外生産の比率を上げ、この面からも純輸出は減り始める。
   従って、日本のIT産業復活と中国を中心とする東アジア経済再発展は事実であるとしても、それによっていつ迄も純輸出リード型の回復が続き、日本経済が長期停滞を脱すると見るのは無理があろう。やはり設備投資や個人消費という国内民間需要が自律的に立上がらない限り、日本経済の潮目は変らない。

─(下)に続く─