民主党は政策研究組織を設立せよ(H15.11.26)


─ 個別政策をつなぐ理念<国家観>を持て ─

【本当の「脱官僚」政権担当能力を持つために】
   今回の総選挙の最大の意義は、二大政党制への流れが定着したことにある。選挙直後の11月10日、11日に朝日、読売両紙が行った世論調査によれば、二大政党化の流れを評価する国民の声は、両紙共68%に達した。
   その反面で選挙結果には、民主党への政権交代を支持する票が必ずしも十分現れたとは言えない。自民党が無所属や保守新党の吸収で「単独過半数」に達し、自公の両与党で「絶対安定多数」を確保したからだ。民主党が増やした議席の過半は、他の野党から奪ったものであり、与党から奪ったものではない。
   しかし、比例区で民主党が自民党を上回り第1党となったことは、将来に望みをつなぐのに十分な結果である。ただ、本当に民主党が政権を担当する能力を持つためには、まだまだ準備しなければならない事が沢山ある。
   その中の重要な一つは、民主党の議員が個別対策をつなぐ理念<国家観>を共有することだ。そうしなければ、民主党議員の多くが大臣、副大臣、政務官として政権に参加しても、個別事情に詳しい官僚の説得に会って議員の意見がバラバラになり、官僚主導政治を打破する「脱官僚」の政権運営が出来ないからである。

【個別政策をつなぐ理念がマニフェストに無かった】
   民主党の若手議員は、自分の専門とする個別政策についてはよく勉強しているし、議員立法などの政策立案能力もある。その成果が「マニフェスト」に反映され、選挙で議席を増やす原動力になったことは疑いない。
   しかし民主党の「マニフェスト」は、他党より優れていたとは言え、100点とは言い難い。総需要管理政策、規制撤廃、社会保障制度改革、教育改革、安全保障政策、憲法改正問題など重要な政策課題が玉虫色になっており、国民に分かり難かった。
   そして、これらの個別政策を貫く民主党の政策理念、日本の国家をどのような姿にしようとするのかが、「マニフェスト」にははっきり出ていなかった。この理念<国家観>を、民主党の議員が確信を持って共有していない限り、官僚の個別の政策論に引きずられず、逆に官僚を使って政策を主導することは出来ないであろう。

【ボトム・アップの議論で玉虫色を克服せよ】
   勿論、玉虫色になったこれらの政策課題は、民主党の中でも意見の分かれるところだ。もっとも、自民党の中に比べれば、まだ民主党の中の方が意見の隔たりは小さいかも知れない。しかしだからと言って、玉虫色にしておいてよいという問題ではない。自民党は玉虫色にしているからこそ、官僚主導や密室政治になっているのだ。それを真似していたのでは、民主党は自民党に代る政権担当能力を持つ政党に育たない。
   民主党は、若手議員を含めて率直な意見を戦わし、ボトム・アップで政策を決めるよい伝統を持っている。旧自由党は、小沢党首を信頼する小グループの政党であったから、しばしばトップ・ダウンで政策決定が行われた。しかし243人の国会議員を擁する新しい民主党は、伝統のボトム・アップ方式で政策の基本理念や国家観を議論し、違いを克服し、明確な共通認識を持つ努力を重ねなければならない。
   恐がってそれを避けていれば、次回選挙の「マニフェスト」も玉虫色の部分が残り、なかなか政権が取れないか、取っても官僚主導でバラバラな政策となり、自民党政権とどこが違うのかと国民に愛想を尽かされるのではないか。

【官僚に引きずられないために準備すべき二つの武器】
   官僚が過去の経緯や現在の状況に関する情報を豊富に引用し、政治主導の新政策に抵抗した時、政治側には二つの武器がある。
   一つは、官僚以外の民間の専門家の意見を新政策の根拠に使うことだ。もう一つは、選挙によって国民に支持された理念<国家像>に基づいて新政策を行うのであり、その責任は政治がとるから官僚は心配せずに企画せよ、と明言することである。
   この二つの武器を使えるように準備することが、「脱官僚」政権を本当に打立てることが出来るかどうかを決める。
   民主党に期待される理念<国家像>についての私の意見は、紙幅の関係で次の機会に譲らざるを得ない。ただ、一言だけ経済政策について触れるとすれば、「市場の失敗」(シビルミニマムを脅かす分配の不公平、公害・環境破壊、公共財の不足、司法・警察・安全保障の不充分な枠組など)以外は公的介入を排除し、「自立した活力ある民間と小さな効率的な政府」という国家像を掲げることである。社会保障、道路建設、規制改革、総需要管理、金融再建などの個別政策は、すべてこの理念に基づいて判断すべきである。

【政調と並ぶシンクタンク「民主政策フォーラム」を創れ】
   民主党として今述べた二つの武器をボトム・アップで準備するには、いまの政策調査会では無理であろう。政策調査会やその傘下にある「次の内閣」の各部会は、目先の法案審査や議員立法の準備に追われる。議員も同時併行的に開かれる部会を渡り歩き、知識を吸収することに精一杯だ。
   代表や政調会長の周囲に政策通の若手議員を集めるやり方も、付け焼刃的になる。透明性を欠き、ボトム・アップの党内伝統にも反する。
   本当に政権を取る気があるならば、ここは別の組織を作るべきではないか。「民主政策研究所」というとイメージが堅く、少し狙いからずれるので、仮に「民主政策フォーラム」とでもしておこう。
   「民主政策フォーラム」は政策調査会と表裏の関係にある党内組織とすべきである。哲学的な思索を行う「シンク・ネット」や雑誌を発行する広報機関など既存の組織を発展強化する形で包み込むのが望ましいが、あくまでも政策調査会を手伝う別動隊であり、政策志向の強い組織とすべきであろう。

【外部の専門家と議員で作るプロジェクトチーム方式】
   「民主政策フォーラム」は、現在玉虫色のまま残されている重要な政策課題を中心に、外部の専門家と民主党の専門議員から成るプロジェクトチームを作り、民主党の政策を具体的に考えることとする。その際大切なことは、民主党の政策理念、ないし国家像を明確にするための主導的なプロジェクトチーム(代表、政調会長、フォーラム顧問などを含む)と個別政策のプロジェクトチームとの間で、十分なキャッチボールを繰り返すことだ。それを企画するためのフォーラムの責任者(議員でない方がよい)とスタッフを新たに任命する必要があろう。
   この「民主政策フォーラム」は、外部の専門家への謝礼以外はあまり金のかからない組織であろう。政策調査会の中に蓄積されている基本政策に関連する情報をフルに使い、足りない場合に限り集めるための情報収集費用が少し要るかも知れない。

【実践的政策立案と基本的政策立案の協力関係が鍵】
   私は日本銀行の金融研究所を創立し、初代副所長、2代所長となったあと、調査統計局と金融研究所の両方を担当する日銀理事になった。その後、野村総合研究所の副理事長を2年、理事長を5年務めた。
   両方で感じたことは、実践部隊(日銀では企画局と調査統計局、野村総研では野村証券の営業)と基礎問題の研究所との提携が如何に大切かという事である。両者が表裏の関係で機能し、研究所は実践部隊が忙しくて手の回らない部分で何を欲しがっているのかを理解して提供し、実践部隊は研究所の成果を積極的に活用して戦った時、組織はもっともうまく機能する。
   政策調査会と「民主政策フォーラム」の関係も同じであろう。フォーラム側はプロジェクトチームのテーマについて政調会長と十分な協議を行って共通の目的意識を持つべきであるし、政調側はフォーラムの成果を全議員で消化し、実践に活かすべきである。
   そうすれば、次の「マニフェスト」はもっと分かり易く、力強いものになり、民主党に「脱官僚」の政権担当能力が本当に備わって来るであろう。
   民主党の全議員が、真剣にこの提言を考えてくれることを期待したい。