イラク支援法案は日本の安全保障の原則に反する (H15.7.8)


【国連の武力行使容認決議を欠いた米英の先制攻撃】
   「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法案」(以下「イラク支援法案」と略す)を成立させるため、政府・与党は6月18日で終わる通常国会を7月28日まで40日間延長し、同法案は7月4日(金)に衆議院を通過した。
   私は裁決に際し、この法案に反対した。以下その理由を整理して述べたいと思う。
   まずこの法案の賛否を考えるに当って、三つの事実を確認しておきたい。
   第一に、イラク戦争は国連の武力行使容認決議がないままに、米英両国がイラクの大量破壊兵器を発見して廃棄するために、先制攻撃をしかけたものである。「イラク支援法案」の前文には、イラク戦争が国連決議に基づいて行われたと書いてあるが、これは国際的に認識されている事実に反する。また大量破壊兵器は未だに見付かっておらず、この戦争の目的には米英両国の国内世論を含め、国際的に疑惑が寄せられている。

【国連は米英の軍事政権を当局として認めた】
    第二に、イラクには現在イラク国民を代表する政府は存在せず、米英両国軍隊の軍政下にある。5月22日に採択された国連安保理決議1483は、その事を明確に認め、「統合された司令部(the "Authority"、「当局」)の下にある占領軍(occupying powers)としての米英両国の特定の権限(the specific authorities)、責任、および義務を国連安保理は認識する」と全文で述べている。
    つまりこの国連安保理決議1483は、国連の決議に基づかないで米英両国が始めたイラク戦争の結果、両国の軍事政権がイラクを支配しているという事実を、「当局」という言葉を使って認めたのである。その上で、国連も「イラク特別代表」を任命し、米英占領軍(つまり「当局」)の下で、国連の活動をさせてもらう事について米英両国から了承を得た、という話なのである。

【湾岸戦争と異なり国連軍としての軍隊出動の要請はない】
    第三に、決議1483にある「イラクの安定および安全の状況に貢献するよう加盟国に訴える(appeals)」という文言は、国連の平和維持活動(PKO)に加盟国の軍隊が出動する要請(request)とは全く違う。軍事政権下にある以上、治安維持の責任は「当局」としての米英両国にあることを明確に述べた上での、加盟国に対するお願いという程度である。
    これは、湾岸戦争の時に、加盟国に国連軍としての軍隊出動を要請した国連決議とは質的に異なっている。それなのに、湾岸戦争の時には自衛隊を派遣せずにカネで済ませ、今度は自衛隊を派遣しようというのが、今回のイラク支援法案である。

【国連中心の枠組作りに協力して復興を支援せよ】
   これはまったく原則を欠いた行き当たりばったりの対応である。
   日本国憲法の前文にある平和主義、国際協調主義の理念は、国連憲章と一致している。日本は国連から平和維持活動への参加要請があった場合は、積極的に自衛隊を海外に派遣すべきである。しかし今回は違う。米英が国連を無視して戦争を始め、イラクは米英の軍政下にある。国連の平和維持活動の決議は行われていない。
   国連中心の集団的安全保障体制を積極的に支持する日本の原則からすれば、国際社会が一致してイラクの復興を支援できるような国連の枠組を作るため、国連と加盟国に強力に働きかけるべきである。また、国連決議1483に述べられているイラク国民自身による暫定行政機構を早期に立ち上げるため、国連や加盟国との協力を強化すべきである。
   これが日本の安全保障の原則に基づく独自外交である。ただ軍事政権の当局である米国に追随するだけでは日本の国益に反する。長い目でみれば、国連中心の協力体制を作ることが、同盟関係にある米国を援けることにもなる。

【人道的復興支援活動に力を入れるには自衛隊は不要】
   国連決議1483は、加盟国にイラクにおける人道的復興支援活動と安全確保支援活動の二つを要望(appeal、又はcall upon)している。
   まず人道的復興支援活動については、日本は直ちに国連やその他の国際機関を通じて、食料・医療品の供与、インフラの整備をはじめ、真にイラク国民の復興ニーズに基づく人道的支援を積極的に実施すべきである。これには自衛隊を使う必要はないので、新しい法律を作る必要はない。
   次に安全確保支援活動については、国連決議1483が明確に認めているように、軍政下では基本的に占領軍である米英両国の責任である。イラク支援法案では、米英軍が行なう安全確保の活動を医療、輸送、補給等の面で支援するために自衛隊を出すこととしているが、これは日本の安全保障の原則に反する。国連の枠組の中で、国連軍への参加要請(request)がない限り、自衛隊を出すべきではない。
   政府は戦闘の行われない安全な所に自衛隊を出すと言っているが、本当に安全なら自衛隊を出す必要はない。しかし実際はイラクのどこでテロを含めて戦闘が起きるか分からない。軍隊である自衛隊は米英軍と識別がつかないから、攻撃の対象になりうる。その時に軽装備の自衛隊では、極めて危険である。

【イラク支援法案は憲法に違反している】
   結局、このイラク支援法の内実は、自衛隊を使う米英占領軍支援のための法律である。しかし、米英両国と集団的自衛の条約を結んでいない日本には、それを行う法的根拠がない。その上「国権の発動たる戦争(中略)は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」という憲法第9条に違反している。
   「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」「いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」という憲法全文の平和主義、国際協調主義から判断して、自衛隊の海外派遣は、国連の要請に基づき、国連の枠組で行う平和維持活動に限られると私は考える。
   これがイラク支援法案に私が反対した理由である。繰り返すが、イラクの復興支援に対しては、自衛隊とは関係なく、現在行ない得る最大限の努力を払うべきである。また国連および加盟国と協力して、もっと積極的にイラク復興支援を行なう国連の枠組を作る努力をすべきである。長い目でみれば、それが同盟国である米国を支援することになる。米国の一国主義は長続きするものではない。