国債価格にバブルが発生した(H15.1.27)

─インフレ待望・円安誘導は戦後三回目の金融政策大失敗に通じる─

【インフレと円安の待望が戦後二回の金融政策大失敗を招いた】
日本の金融政策は、戦後今日までの間に二回大きな失敗をした。二回共インフレ待望・円安誘導論が強まった時である。
一回目は1971年に1ドル=360円から308円に戦後初の円切上げが行なわれた時だ。
これ以上の円高を防ぎ、円安に誘導すべしという調整インフレ論が当時の中曽根通産相によって堂々と主張され、金融緩和が行き過ぎて、過剰流動性を発生させた。その
結果、72年の暮から大インフレが始まり、73年秋の第一次石油ショックで狂乱物価となった。挙句はインフレと不況が共存するスタグフレーションに陥り、戦後初のマイ
ナス成長を記録した。
二回目は1987年2月のルーブル合意に基づきドル安・円高を防ごうとした時だ。景気回復にも拘らず低金利政策による円安誘導の試みを89年末まで続け、株価と地価の
バブルを発生させた。この時もバブル崩壊後にマイナス成長を記録し、失なわれた十年と呼ばれる長期停滞とデフレに今も悩み続けている。

【再びインフレ・円安待望論が強まり国債バブルが発生している】
この状況で最近インフレ・ターゲットを導入すべしという主張が台頭し、金融の一層の緩和によるインフレや円安の誘導を待望する議論が目立ち始めた。小泉首相も、
デフレ対策の次の手は金融政策だと言い始め、次期日銀総裁にはデフレ克服に熱心な人が望ましいと考えているようだ。
しかし、現在金融市場には20兆円近い資金が遊んでいるのに誰も借りず、短期金利はゼロ、長期国債利回りは1%を割っている。優良な貸出先が見付からない金融機関
は、資金運用難からこの長期国債を大量に抱え込んでいる。これ以上の金融緩和政策はこの低利国債を更に金融機関に蓄積させる。
1%以下の長期国債利回りは、長期国債の価格にバブルが発生していることを意味する。株価と地価のバブル崩壊で大量の不良債権を抱えた金融機関に、三番目の国債
バブルが発生しているのだ。

【経済が上向けば国債バブルが破裂して膨大な評価損が発生する】
その状況で幸い将来の経済が上向き始めた時に何が起きるか。デフレの終了、物価の上昇、企業収益率の回復、成長率の上昇など経済が立直る時に起きる全ての現象は
いずれも長期金利の上昇要因である。何故なら、長期金利は将来予想される名目成長率や収益率に依存し、それらが高いほど長期金利も高くなるからである。1%を割る
現在の長期国債利回りは、少なくとも2〜3%には直ぐ上昇するであろう。
長期国債は確定利付債券で支払い金利(額面利回り)は固定されているから、その時価は、例えば市場利回りが1%から2%に上昇すれば二分の一に、更に3%に上昇すれ
ば三分の一に暴落する。その時金融機関に膨大な評価損が発生する。金融機関は保有株式の数倍に当る国債を保有しているから、その金額は最近の株価下落に伴なう評価
損を遥かに上回る。また最近数年間の不良債権処理に伴なう累計損失額にも匹敵するであろう。せっかく経済が立直っても、その事が引き金となって、不良債権処理費
用、株式評価損に次ぐ第三の膨大な損失が発生し、新たな金融パニックを起こしかねない。

【金融機関はロックイン効果で貸し渋りをする】
長期国債は償還期まで保有していれば、時価が簿価(額面金額)に収れんして評価損は消える。金融機関は評価損の実現を避けるため、膨大な長期国債を持ち続けるこ
とになる。つまり景気回復で優良貸出先が現われても、長期国債を売って貸出に乗り換えることが出来ない。再び貸し渋りが起こり、景気回復の足かせとなる。
第二次大戦後の米国で同じ事が起こった。戦時中に大量に発行された低金利の長期国債が、戦後の景気回復やインフレ発生で暴落したからである。その結果、銀行の貸
し渋りでクレジット・クランチが発生した。当時、この現象はロックイン効果(あるいはローザ効果)と呼ばれた。

【インフレ待望論者を日銀総裁にしてはならない】
インフレ目標論者、円安誘導論者、一層の金融緩和論者は、この事が分かっているのか。戦後三回目の金融政策大失敗を準備しているのかも知れないという自覚がある
のか。
次の日銀総裁は5年間の任期中に必ずこの問題に直面する。デフレ克服だけが仕事ではなく、克服した直後に国債バブルの崩壊に直面するのだ。従って、長期的な視野
を持った金融の専門家でなければ、次の日銀総裁は務まらない。
今のデフレは貨幣的現象ではない。実体経済の需要不足によるものだ。対策は一層の金融緩和政策ではない。実体経済の需要喚起策である。徹底した規制緩和、政府事
業の民間開放、減税、大都市再開発などによって民間のビジネス・チャンスを増やすことだ。