日銀の株式買取りは「無いよりまし」の効果しかない(2002.9.24)

−二つの副作用に注意せよ−

【銀行は株価下落により資本不足に陥るリスクを負っている】
 9月18日(水)午後、日本銀行は大手銀行11行と地銀4行から株式を直接購入する方針を発表した。
 日本の銀行は「銀行株式保有制限法」により、2004年9月までに株式保有額を自己資本の範囲内に減らすよう義務付けられている。保有株式が自己資本の範囲内であれば、株価が下落した時の損失に耐えられるという考えから作られた制度である。
 本年3月末現在、大手銀行が保有する上場株式はまだ25.6兆円もあり、自己資本17.3兆円を8.3兆円も上回っている。従って最近の株価急落によって発生した含み損や、将来更に株価が下って発生するかも知れない含み損は、自己資本を大きく減価させることになる。
 株価下落によるこのような自己資本不足の発生は、不良債権を処理する能力の減退にほかならないし、極端に進めば銀行自体が債務超過に陥って破綻する。そうなればシステム危機である。従って、自己資本を超過する株式保有(大手行の場合8.3兆円)は2004年9月を待たずに早く売却し、資本不足発生のリスクを小さくし、不良債権処理を早めて欲しいと考えられている。しかし、銀行が一斉に大量の株式を売却すれば株価が更に下がり、含み損が更に拡大して、システミック・リスクが高まるかも知れない。

【銀行のリスクを日銀が肩替りする措置】
 このようなジレンマを解決するため、今回日本銀行は、自己資本超過額を限度に、株式を買上げることにしたのである。つまり銀行が負っている株価下落による資本不足発生のリスクを、日本銀行が肩替わりしようというのだ。
 もっとも、日本銀行もそのリスクにいくらでも耐えられる訳ではない。株価が下った場合の含み損に備えて価格変動準備金を積まなければならないが、準備金は無限  積めるものではないからである。それは日本銀行の利益の範囲内ということになる。恐らくそれは年5千億円程度であろうか。その場合、値下りを最大50%と見れば年間1兆円の購入が限度ということになる。もう少し大きくしたとしても、1.5兆円を超えるのは無理であろう。

【リスク軽減の効果はやらないより益しという程度】
 大手行だけ考えた場合でも、8兆円を超える超過株式を、2004年9月までの2年間に、日本銀行が2〜3兆円買上げたとして、それだけで銀行の自己資本不足発生のリスクが大きく軽減し、その分不良債権の処理が進むであろうか。私は疑問に思う。
 従って今回の措置の効果は、「やらないよりもまし」かなという程度にとどまるのではないか。
 他方、この措置には二つの副作用がある。
 一つの副作用は、日銀の株式買上げにより、銀行が市場に売却する株式が減るので、それだけ株価が上がるのではないかという思惑の発生である。事実 、この措置を発表した9月18日(水)午後2時45分以降、翌19日の午前中まで、株価は大きく上った。しかしその日の午後から20日(金)にかけて、株価は反落したのである。
 このような心理的な影響は長続きしない。株価は基本的には企業業績の予想に依存するのであり、今回の措置は企業業績とは関係ないからである。今回の措置を株価対策と誤解して、無用の政策不信が起きては困る。

【二つの副作用による撹乱に注意する要】
 もう一つの副作用は、日本銀行のベースマネー供給の一部が、株式買オペによって供給されることの影響である。
 価格変動準備金を十分に積めば、株式購入でベースマネーを供給しても、日本銀行券の信認、円の信認に響くことはないであろう。しかし、準備金が不十分であったり、国際的な説明が不十分であったりすると、日銀券や円の信認に響く。この措置の発表以来、円相場が少し弱いのが気にかかる。
 また、ベースマネーの供給量が一定であるとすれば、株式購入分だけ他の買オペ対象資産、例えば国債の購入額が減る。その心理的影響が早くも9月20日(金)の長期国債の入札に現われた。応募額が入札枠に達しなかったのである。この情報が市場に流れると、長期国債の先物価格が崩れ、利回りは1.26%前後から1.31%にハネ上った。これが長期金利全般に波及すると、金利上昇の悪影響が景気に出るので注意が必要だ。
 以上の二つの副作用がもたらす悪影響が大きい場合は、株式購入自体を考え直さなければならない。

【既存の株式取得機構よりはましな措置】
 なお、銀行の株式売却が株価に悪影響を与えるのを防ぐという目的で、既に「銀行等保有株式取得機構」が出来ている。しかしこの機構が銀行から株式を購入する場合は、購入額の8%を銀行から機構に拠出させ、株価下落のリスクに備えることになっている。つまりこの場合は、株価の下落によって資本不足に陥るリスクは、8%の範囲内で銀行に残っているのである。
 このため、BISの自己資本比率規制上、この売却株式は銀行の資本から除かれずに残っているとみなされる。これではリスク対策にはまったくならない。だから銀行は、あまり株式を機構に売ろうとしないのが実情である。
 従って今回の日本銀行の措置は、銀行のリスクを日本銀行が肩替りするという点で、既存の株式取得機構の限界を乗り越える新しい措置である。しかし前述の通り、その効果には限界があるし、二つの副作用にも注意する必要があることを忘れてはならない。
 日本銀行が「無いよりまし」程度の効果しかないリスク対策を敢えて打ったのは、それによって銀行システムに内在するリスクの深刻さを政府にも理解してもらいたいからではないか。そうだとすれば、政府が不良債権処理を進めるためのリスク対策をここで本気でとらないと、日本銀行の「蛮勇」は徒労となってしまうであろう。