小泉首相の「政策転換」は本当だとしても中途半端(2002.7.31)



【小泉首相が先行減税実施の検討を指示】
 7月27日(土)の朝刊は、一斉に小泉首相の政策転換を報じた。26日(金)の経済財政諮問会議で、来年度予算の編成に関連して、1兆円以上の減税を国債発行30兆円の枠にこだわらずに実施することを検討するよう指示したというのである。
 30兆円にこだわらないということは、将来の歳出削減などを財源とし、当面は国債発行によって先行的に1兆円超の減税を実施するという意味である。7月31日(水)の朝日新聞は逆にこれを否定する報道を行っているので真相はまだよく分からないが、もし本当であれば、これは小泉首相の大きな政策転換と言ってよい。
 この先行減税の考え方は、私がこの一年間一貫して主張してきたことである。小泉首相、塩川財務相、竹中経済相などにも折に触れて私はこの主張をぶつけてきた。因みに私のこの主張が述べられている例として、このホームページの『雑誌掲載論文』欄の「BANCO」“小泉改革が景気悪化の元凶”(H14・3・4)、同じく「講演」“大戦略を忘れている小泉改革”(H14・5・14)などを参照されたい。

【先行減税は急がば回れの政策】
 「将来」の歳出削減を財源として「今」減税を実施するという政策が本当に実施されるのであれば、その規模がまだ疑問点として残るものの小泉改革は良い方向へ転換したと言えよう。何故なら、中期の政策目標である財政再建と短期の政策目標である景気回復の関係が整理されていないという、小泉経済戦略の最大の問題点が、是正される方向へ踏み出すかも知れないからである。
 私がかねて主張しているように、財政赤字の削減は4〜5年間を要する目標(プライマリー・バランスの回復は7〜10年後の目標)であり、景気刺激策によって一時的、短期的に財政赤字が拡大しても、景気回復によって税収が正常化すれば4〜5年間で大きく財政赤字を縮減出来る。いわば「急がば回れ」である。この事に小泉首相は本当に気付いたのであろうか。
(先行減税1兆円超は規模が小さすぎる)
 しかし、現在報じられている限りでは、小泉首相の政策転換が本当だとしてもまだ中途半端であり、心配な点が少なくとも二つある。
 第1は、来年度には今国会で成立した医療制度改革が実施されるので、サラリーマンの患者負担が二割から三割へ、高所得の高齢者の患者負担が一割から二割へ上昇する。そのことだけでも国民負担は1.5兆円増える。これは経済的にみると、1.5兆円の所得税増税と同じデフレ効果をもつ。
 また現在は未定だが、今後雇用保険料の引き上げ、年金給付等の物価スライド凍結解除、各自治体の介護保険料引き上げなどが検討されている。
 これらを全部合計すると、3兆円を超える国民負担の増加となる。これは3兆円超の所得税増税と同じことであるから、個人消費には大きなデフレ効果が及ぶ。そのような中で、1兆円超の法人税減税を行っても、設備投資に対する拡張効果は個人消費に対するデフレ効果で帳消しとなった上、なおデフレ効果が残るのではないか。先行減税を実施するならば、少なくとも3兆円の規模が要るのではないだろうか。
 その意味で、小泉首相の1兆円超の先行減税指示は、本当だとしてもいかにも中途半端である。

【先行減税実施前に経済が失速する恐れ】
 もう一つ心配なことは、先行減税が実施される来年度にならないうちに、本年度下期に日本経済が失速する懸念があることである。
 小泉首相が30兆円の国債発行上限にこだわらないと言うのは、来年度の予算編成についてであり、本年度については30兆円枠を守ると言っている。しかし本年度は当初予算で30兆円の枠を使いきっている。従って、30兆円枠を守る限り、国債を財源とする補正予算はもう組めないのである。
 昨年度は当初予算で30兆円枠を使い切っていなかったので、30兆円枠の下で秋と冬に補正予算を組むことができた。従って、本年度に補正予算を組めないとすれば、補正後予算ベースで見て、本年度は昨年度に比べて3兆円の緊縮予算となり、本年度下期を中心にデフレ効果が出てくるであろう。
 本年度下期は、ただでさえ景気に不安が出る可能性がある。景気の下げ止まりを生んだ輸出の増加が、円高の進行と米国景気の変調によって下期に下振れするリスクが高いからだ。その上、設備投資も個人消費も下期に立ち直る兆しはない。そこに財政面から更にデフレ・インパクトが加わろうとしている。
 (ブレーキとアクセルを同時に踏む小泉改革)
 以上の二つの理由により、小泉首相の政策転換は、仮りに本当だとしても、日本の景気を立て直し、持続的成長につなげる力を持っていないと思う。
 小泉改革は、依然として中期の目標である財政再建と短期の目標である景気回復をゴチャゴチャにしている。社会保障の国民負担増加、補正予算の凍結というデフレ政策と、1兆円超の先行減税という拡張政策が無秩序に並んでいる。ブレーキとアクセルを一緒に踏むようなものだ。
 これでは構造改革が進む筈はない。企業業績の悪化、税収の落ち込み、失業の増大などが進む中で、どうして不良債権処理、財政再建、特殊法人整理などが進むであろうか。強行すれば企業倒産、財政悪化、失業増大が一段と激しくなり、国民は耐えられない。
 景気回復なくして、構造改革の進展はない。その事を、本年の秋から来年にかけて、小泉首相は思い知るのではないだろうか。折角「政策転換」を思い付いたのであれば、中途半端ではなく徹底するのが日本のためである。