中国脅威論と中国崩壊論(2002.7.11)

−中国出張報告 −

【政治家としての初の訪中】
 6年ぶりに中国を訪れ、北京、西安、上海と回ってきた。これまで日銀理事、あるいは野村総研理事長の立場で8回程訪中しているが、今回は政治家の立場での初の訪中である。招待してくれたのは中国の国際交流協会で、会長の李貴鮮、副会長の励似寧、劉徳有、朱良、顧問の張香山、また全人代外事委員会副主任徐敦信(前駐日大使)や、国務院発展研究センター主任の王夢奎などの各氏とも議論することが出来た。ほとんどの人は全人代常務委員あるいは大臣級の責任ある立場にある。
 また李鵬全人代常務委員長(前首相)とは訪問団(超党派の日中アジア平和懇談会、団長土井たか子、私は副団長の一人)全員で人民大会堂で会い、一時間ほど懇談した。
 以下では、懇談会の席上、あるいは個人的な面談で得た「最新の中国事情」を記してみたい。

【中国は発展途上国であるとことを強調する中国側】
 中国側は、日本国内における「中国脅威論」と「中国崩壊論」を気にしており、どういう立場の人が、どういう根拠でそのような両極端の議論をしているのかを知りたがっていた。
 「中国脅威論」については、中国側は「中国はまだ発展途上国であり、一人あたりGDPは日本の40分の1に過ぎないのに、日本は何故中国を恐れるのか」という言い方である。
 これに対して私は、「為替相場ではなく購買力平価によってGDPを比較し、更に中国に広範に存在する地下経済の存在を考慮に入れると、中国の一人あたりGDPは日本の1960年代の水準にきているのではないか」と指摘した。

【WTOのルールを守り、また元相場は合理的に定めよと主張】
 その上で、「その場合でも今の日本の水準に追いつく迄には少なくともあと30〜40年はかかる。その間は、中国の比較優位は安くて良質で豊富な労働力にあり、日本の比較優位は安くて豊富な資本と進んだ技術にある。従って、日中間でWTOのルールに従った自由貿易が維持され、また為替相場が合理的に形成されるならば、中国は労働集約的な産業構造、日本は資本・技術集約的な産業構造となって、産業構造が相互補完的となり、共に共存共栄できる筈だ」と述べた。
 そして「現在事実上米ドルにペッグしている元相場は、直ちに米ドル、日本円、ユーロのバスケット方式に移行すべきである。また将来中国内に為替の直先市場と自由に金利が変動する金融市場が出来れば、元相場はフロートすべきである」と付加えた。バスケット方式移行論については、中国側に抵抗感はなかったように感じた。遠からず実施する可能性があるのではないか。
 詳しくはこのホームページの「雑誌掲載論文」欄、「講演」中の“日中アジア平和懇談会(H14.6.30)発言要旨”を参照されたい。

【中国側は中国崩壊論に強い関心】
 次に「中国崩壊論」については、私は懇談会の席上では発言しなかった。その代わり、夕食会の席上や個別面談の際には、相手を選んで議論してみた。
 私は次のように述べた。「中国崩壊論には主に二つの種類があると思う。一つは発展する沿岸地域と停滞する内陸部の格差がますます拡大し、社会的な混乱と政治的な批判が強まり、崩壊するという説である。もう一つは下部構造が上部構造を規定するという唯物史観が正しいならば、下部構造の市場経済が発達すればする程上手構造の共産党一党独裁との矛盾が拡大し、やがて民主化要求によって政治的に崩壊するという説である。」そう述べた上で、中国側の見解を尋ねた。
 これに対する中国側の一番率直な答えは、「前者は経済政策で対処することの出来る戦術的な問題だと思う。しかし後者は戦略的問題であり、中国共産党にどの程度の柔軟性があるかという問題なので答えは難しい。私は中国共産党が政治体制を柔軟に変えていけると思う」というものであった。柔軟に変えるという話は、予測というよりも、そうしなければ問題が生じるという認識のようにも聞こえた。

【公共投資の7割は西部大開発に投入する計画】
 沿岸地域と内陸地域の格差拡大を阻止する政策は、「西部大開発」計画として既に始まっている。国家の公共事業予算の7割は、今後内陸部に投下するという話であった。
 西安で実際の西部開発の拠点を見たが、どちらかと言えば植林や農業の研究開発都市という感じであった。西部の経済的弱点は、製品の輸送コストの高さにあるので、鉄道と高速道路にかなりの国家予算を投入するようである。

【上海は東洋のマンハッタン】
 西安から上海に抜けて帰国したが、甫東地区を中心とする上海の発展は、6年振りに訪れた私を驚かすのに十分であった。ニューヨークのマンハッタン地区のような高層ビルが林立しており、今後更に高層ビルはほぼ倍増する計画である。そこに中国最大の金融センターが出来ているのもマンハッタン地区と同じで、米国のワシントン(政策決定)対ニューヨーク(市場操作)のような関係が、中国の北京対上海の関係で形成されている。今や沿岸地域の中心は、深?や広東ではなく、上海になったと言えよう。
 甫東にある上海新空港は、現在4千メートルの滑走路が1本で、ターミナルビルも一つであるが、完成すると4千メートルが4本と四つのターミナルビルになる。このハブ機能には、他の東アジア地域の空港はなかなか対抗できないのではないか。
 帰国時に着陸した成田の第二滑走路は僅か2千メートル強で、完成しても2千7百メートルだそうである。ハブ機能の比較優位は広大な土地を持つ(それも国有で農地から転換するトラブルがない)中国にあるという事であろうか。自由競争である以上、受け入れざるをえない現実であろう。