なぜ小泉改革のもとで景気が悪化するのか(2002.1.25)



【小泉改革に対する国民の期待は高く市場の評価は低い 】
 東証株価指数(TOPIX)がバブル崩壊以来の最安値を更新するなど株価の低迷が続いている。国民は小泉首相の改革に期待し、高い支持率が続いているが、市場は小泉改革に疑問を持っているようだ。
 小泉首相は海外でNATO(No Action,Talking Only)と揶揄されてきたが、ようやくここへ来て改革を織り込んだ平成13年度第2次補正予算と平成14年度予算が姿を現した。まだ小泉改革は何も実施されていないが、この予算案によって本年の2月頃から実施に移される具体的政策が明らかになったと言えよう。
 それにも拘らず市場は歓迎せず、株価はむしろ低迷しているのは何故であろうか。それは、小泉改革がreactiveな改革、つまり受動的、後始末的、敗戦処理的な後向きの改革ばかりで、proactiveな改革、つまり能動的、創造的、攻撃的な前向きの改革はこの予算案の作成過程で先送りしているからだ。

【予算案は後向きの改革ばかりで前向きの改革は先送り】
 構造改革とは、一方では後始末的な改革によって抑制する部分があり、他方では創造的な改革によって伸ばす部分があるからこそ、構造全体が変わるのである。
 ところが、予算案に現れた小泉改革は、国債発行の抑制、不良債権の早期処理、特殊法人の補助金停止、公共投資の削減といった後向きの抑制的改革ばかりである。規制緩和、税制改革、直接金融の促進、政府事業の民間開放などの前向きの促進的改革は、いずれも懇談会や与党内でこれから検討するという形で先送りしてしまった。だから市場は前途に確信が持てず、目先の年度末決算や4月のペイオフ解禁に脅えて株価が下落するのである。
 構造改革は本来デフレ的ではない。後向きの改革のみではなく、前向きの改革が同時にセットされれば、たとえ足元のデフレ効果が大きくても将来の発展を期待して株価は上がる筈だ。
 具体的な例をいくつか挙げてみよう。

【公共支出の抑制策は民間支出の促進策と一体で】
 平成13年度の補正予算でも平成14年度予算でも、国債発行30兆円の上限はさまざまの蔭れ借金の手法を駆使して、表面的には守った(このホームページの「最新コメント」欄"平成14年度予算は羊頭狗肉のデフレ予算"(H13.12.25)参照)。国債発行額を増やさないのが小泉改革だという政治的姿勢、ないしはメッセージは一応伝わったと言ってよいだろう。
 しかし、国債発行の抑制によって、公共部門が貯蓄を吸収して公共支出に回すことを抑制したならば、その結果余ってしまう貯蓄を民間に吸収させ、民間支出に回せる手段を講じなければ、貯蓄超過でデフレとなり、しかも構造は変わらない。
 民間に貯蓄を使わせる手段とは、規制緩和や税制改革でビジネス・チャンスを増やすことである。それなのに予算案では、連結納税に附加税を課して企業再編を妨げるという、まさに逆噴射の政策を採っている。

【不良債権処理と並んで直接金融優遇の税制改革を】
 不良債権の早期処理についても、それによって間接金融部門は資本が痛み、リスクをとって融資する能力を失うのであるから、同時に他方で、直接金融部門を発展させる手段を講じなければならない。小泉改革はそれをしないから、ただ金融危機の不安ばかりが先に立ち、民間企業や個人に順便な金融がつかないのである。
 直接金融によって金融が順便に行われるようにする為に最も重要なことは、貯蓄を供給する個人が株式を長期保有するように税制を改めることである。具体的には、35%の配当課税は利子課税と同じ20%、あるいは配当二重課税のことを考慮して20%以下に引下げるべきである。5年ないし10年以上株式を保有した場合は、ドイツのように、売却の際に譲渡益に課税しないことが望ましい。
 このような証券税制改革をいっさい行わず、ただ不良債権処理で間接金融部門を痛めつけているから金融は活性化せず、景気は悪化するのである。

【政府事業の民間解放と大都市の交通渋滞解消を急げ】
 特殊法人の改革についても、大切な事は特殊法人が行っていた事業を早く民間に開放することである。政府系金融機関はその典型である。独立行政法人に看板を懸け変えるだけでは、構造改革として何の意味もない。ところが小泉改革では、大半が独立行政法人への衣替えであり、道路公団など民営化の方向が出ている法人も、これから懇談会を作って検討しようという有様である。
 公共投資も従来の地方バラ撒きの箱物投資を削減するばかりではなく、もっと思い切った大都市再開発投資のプロジェクトを作り、実施すべきである。東京の交通渋滞は目に余るものがある。技術革新でコストの下った大深度地下掘削を活用し、東京の環状高速道路や南北の地下鉄を急ピッチで建設したらよい。
 その経済効果は、需要喚起面においても、経済効率の向上というサプライ・サイドにおいても、非常に大きいであろう。

【前向きの改革は政官業癒着の自民党政治と衝突する】
 以上のように、改革で経済を活性化するには、能動的、創造的、攻撃的前向きの改革を実施しなければならない。しかし、そのために行う規制緩和、税制改革、政府事業の民間開放、公共事業の地方から大都市へのシフトなどは、いずれも既得権益の上に築かれた政官業癒着の利益誘導グループ、すなわち自民党政治そのものと衝突する。
 小泉首相は、自民党を足場にしている限り、抵抗勢力に阻まれて、このような前向きの改革はできないであろう。景気と両立する眞の構造改革は、小泉首相が自民党に居る限り行き詰まると思う。