小泉改革は重大な思い違いをしている(2001.9.26)
−不良債権早期処理と国債発行30兆円以下は両立せず −
【小泉改革の思い違いが改革の挫折を招く恐れ】
9月27日(木)、会期72日間の予定で第153回臨時国会が始まる。小泉政権が発足して5ヶ月あまりの間、総論(いわゆる「骨太方針」)や手続き論(いわゆる「工程表」)ばかりに終始してきた「小泉改革」だが、いよいよ具体論に入る。
「小泉改革」が眞の「構造改革」であるならば、是非とも実現させたいし、そのためには野党であっても骨を惜しむつもりはない。しかし私の見るところ、「小泉改革」には大きな思い違いがあり、それが、「2〜3年内に不良債権を処理する」、「国債発行は30兆円以下とする」などの公約の不履行を招き、改革を挫折させるのではないかと危ぶまれる。
その根本的な原因は、「小泉改革」の中で、改革の最終「目的」、改革の「内容」、改革の「結果」などについて、きちんと整理がついていないからである。そのため、本来改革の最終的な「結果」であるものが、目先の「目的」に位置付けられるなどの思い違いが起こっている。
【情報化、グローバル化、市場化などが従来のシステムを機能不全に】
以下、「私の構造改革論」を分かりやすく整理してみよう。
まず、何故構造改革が必要なのか。
それは80年代から始まった「情報化」を技術的基礎として、経済の「グローバル化」と「市場化」が世界的規模で進み、国内でも「少子高齢化」が加速してきたため、従来の日本のシステムはこれに適応出来ず、機能不全を起こしているからである。
具体的に言えば、長期顧客関係、メインバンク制、終身雇用制などの「閉じられた」経営手法や雇用慣行が、情報化、グローバル化、市場化という「開かれた」経済のトレンドの中で情報処理面の優位性を失い、資源の配分が非効率化し、経済が停滞してしまったのである。
景気対策は地方の雇用維持型の建設土建(いわゆる「箱物」)が中心であったため、この面からも所得再分配と資源配分が地方や土建中心の非製造業に偏り、経済全体の効率悪化と停滞を招いた。
【高貯蓄が日本にとって有利ではなくなった】
そのうえ、これ迄日本経済の高成長を支えてきた高い貯蓄率は、少子高齢化のトレンドの下で、高齢者世帯を中心に1400兆円もの金融資産を生み出しているが、この高貯蓄が日本国内の投資に回らなくなり、日本経済の高成長の要因ではなくなった。
何故なら、情報化、グローバル化、市場化の下で、世界規模の投資情報の伝達スピードが早まり、日本の高貯蓄が高い効率を求めて、グローバルに移動し、投資効率の悪い国内を見放すようになったからである。
国内の投資効率の悪さは、上述の資源配分の非効率による経済停滞の結果であるが、加えて日本の金融システムの劣化も響いている。間接金融の場では不良債権を抱えた銀行がリスクをとって貸出をする能力を低下させており、他方直接金融の場では株式投資などの直接金融に不利な税制(税率は利子が20%、配当と株式譲渡益は26%)が続き、直接金融の発展が制約されている。
【改革の「内容」は、行政、経営、労働、金融などのシステム転換】
従って、構造改革の「内容」は、何よりもこの「閉ざされた」日本型システムを、情報化、グローバル化、市場化に適応できる「開かれた」システムに転換することでなければならない。
具体的には、官が民を指導し、中央が地方を支配する従来の行政システムを規制撤廃と地方分権で壊し、司法・警察・安保・外交などに集中する「小さな効率的な政府」と、グローバル・スタンダードの下で自立した「元気な民間経済と地域社会」を創ることである。
その新しいシステムの下では、企業経営は開かれた取引関係の下で収益重視・配当重視に変わり、労働は移動の円滑化と就労形態の多様化が進み、金融は市場化に対応して直接金融の比重が高まるであろう。
【構造改革の「目的」は中長期的な成長率を高めること】
このようなシステム転換を本質的内容とする構造改革は、何を最終的な「目的」にしているのであろうか。
それは言うまでもなく、情報化、グローバル化、市場化、少子高齢化にもっとも適した効率的な資源配分と公平な所得再分配を実現し、中長期的な日本の経済成長率を高め、豊かで安定した「日本人の暮らし」を実現するためである。
小泉首相が「苦痛を恐れず構造改革を実行する」と何回も強調するため、構造改革は不況や成長率の低下を招くという観念が国民の間に深く植え付けられてしまった。
しかし、これは大きな誤解である。
構造改革とは、システム転換によって効率的な資源配分をもたらすような新しい構造に経済を変えることであるから、一方では規制に守られていた非効率な部門が衰退し、他方では規制撤廃で生まれたチャンスを生かす効率的な部門が発展し、全体としては効率が高まって成長率は上がるのである。苦痛とは、改革の過程で発生する衰退部門の側(倒産、閉鎖、失業など)であって、全体像は苦痛とは逆に輝かしい再生なのである。ここに小泉改革の第一の思い違いがある。
【不良債権処理と財政赤字削減は改革の「結果」であって目的ではない】
それでは、小泉改革の中で重要な改革の「内容」、あるいは時として「目的」の様に位置付けられている「不良債権の処理」と「財政赤字の削減」は、正しくはどのような位置付けになるのであろうか。
「不良債権の処理」と「財赤字の削減」は構造改革の内容ではなく、ましてや目的などではない。この二つは、システム転換(改革の「内容」)によって中長期的な経済成長率を高めること(改革の「目的」)に成功した時、「結果」として実現することである。
それにも拘らず、不良債権の処理と財政赤字の削減を、構造改革の「目的」そのものだと勘違いしているところに、小泉改革の第二の、そして致命的な思い違いがある。致命的ということは、小泉改革の挫折を招く恐れがあると言う意味である。
【改革に伴なう苦痛は一時的で中長期的には成長率が高まる】
この点を分かりやすく述べよう。
構造改革は前述の通り、衰退部門と発展部門を生むが、衰退部門から吐き出された失業者、土地・建物などの経営資源は、直ちに発展部門に吸収されるわけではない。
失業者が発展部門に再就職するための技能(パソコン操作、介護手法など)を持っていないとか、土地・建物が発展部門に適さないなど、経営資源のミスマッチが起こる。その結果失業者が増えるなど経営資源の遊休化が発生する。これは経済効率の低下であるから、成長率の低下や不況を生む。
しかし資源の遊休化は「一時的」であり、職業訓練や土地・建物の値下りなどにより、やがては資源が発展部門に吸収され、ミスマッチは解消する。その時、資源は効率の高い発展部門にシフトしているから、経済全体として資源配分は効率化し、「中長期的」な経済成長率は高まっていく。
このように、小泉首相の言う「改革に伴なう苦痛」というのは、本来「一時的」なものであり、「中長期的」には改革は「苦痛」どころか「歓び」の筈である。
【一時的な苦痛で不良債権と財政赤字は増加する】
問題は、経営資源が遊休化し、成長率の低下や不況が発生したときの「苦痛」は、失業増加や倒産等にとどまらないことである。
成長率の低下や不況が起これば、企業経営が困難になるから「新たな不良債権」が発生する。同じ理由で法人税や所得税の税収が落ちるから、「新たな財政赤字」が発生する。
つまり、「不良債権」も「財政赤字」も、構造改革を実行すれば、失業者同様、一時的に増えるのである。しかし中長期的には、構造改革の「結果」、経済効率は高まるので、「不良債権」も「財政赤字」も、失業者同様に減るのである。それは経済の回復で自然に減るだけではない。不良債権処理の努力や財政赤字削減の努力(行政改革による歳出削減)などが、中長期的な成長率の高まりの中で、実を結ぶのである。80年代の努力が、90年代の経済回復を待って始めてみを結んだ米国が、将にそうであった。
【不良債権早期処理と国債発行30兆円以下の公約は守れない】
構造改革の「結果」、一時的には増え、中長期的には減る「不良債権」と「財政赤字」を、構造改革の「内容」や「目的」と勘違いし、いま直ちに減らそうとしているのが「小泉改革」の姿である。その結果、何が起きるであろうか。
遅かれ早かれ、実現不可能なことが明らかになって来るであろう。本年度のマイナス成長の下で、大量の不良債権が新たに発生し(要注意貸出の不良債権化など)、2〜3年で処理するという公約は実行不可能になる。
仮に「不良債権の早期処理」と言う公約を何が何でも実現しようとするならば、整理回収機構が不良債権をどんどん買い上げるか、あるいは公的資本を銀行に大量に注入しなければならない。しかし二つとも公的資金の投入である以上、新しい財政赤字の拡大要因である。従って、この場合は、国債発行30兆円以下という公約が守れなくなる。
国債発行30兆円以下という公約が守れなくなる理由は、これだけではない。本年度のマイナス成長の下で、税収は大きく落ち込むから、本年度と来年度の国債発行30兆円以下という公約を守ろうとすると、歳出削減は一段と厳しくなり、デフレ予算が一層のデフレを呼ぶような惨状を呈し、デフレ・スパイラルでますます税収は落ち、財政赤字は拡大するであろう。
【日本国民を塗炭の苦しみに陥れないために公約を転換せよ】
このように、「不良債権を2〜3年で処理」「国債発行は30兆円以下」と言う小泉改革の公約は、本来構造改革の中長期的な「結果」であるべきものを、短期的な「目的」に掲げているので、二つは両立せず、実行不可能である。早晩公約不履行となり、小泉改革を挫折させる。
小泉首相が本当に改革を成功させたいのであれば、不良債権処理と財政赤字削減を「短期」ではなく、「中長期」の目標(本当は「結果」)に切り替えるべきである。
米国の同時多発テロに伴なう経済見通しの予想外の悪化という恰好の「口実」もある。
日本国民を塗炭の苦しみに陥れないために、小泉改革の公約転換を促したい。