インフレ目標導入に断固反対する (2001.8.23 )

−隠された公債負担軽減の狙い −

【危険なインフレ待望論が公然と出てきた】
 最近、自民党の中堅・若手の一部にインフレ待望論が公然と出てきた。日銀が一定の物価上昇率を目標に掲げて金融政策を運営する「インフレ目標」の導入を主張する動きがそれである。「インフレ目標」の導入に慎重であった民主党の中にも改めて検討し直そうという動きが出てきた。
 一方、閣僚や自民党指導者の中には、塩川財務相や麻生政調会長のような慎重論がある反面、竹中経済財政相は経済財政諮問会議などの場で検討することに前向きの態度をとっている。
 現状のように物価が持続的に下落する状況(デフレ)は、物価が持続的に上昇する状況(インフレ)と同じように望ましい姿ではない。物価は安定しているのがベストである。国民の生活設計も、企業の合理化計画も、将来にわたって物価が安定していると予想されば、物価面から計画が狂うことはないので安心して立てられる。国民生活も企業活動も効率的になる。

【インフレを起こしても事態は改善せず悪化する】
 現状のようなデフレは望ましくないが、それなら何故物価の横這い(物価安定)を主張しないで、インフレを主張するのであろうか。インフレを主張する人々は、デフレが経済活動を圧迫しているのであるから、インフレにすれば経済活動が活発化すると考えているようだ。
 しかし、この考えは間違っている。現代の経済学で明白に証明されているように、インフレは企業の売値をあげるだけではなく、買値(原料費、賃金など)もあげるので、企業収益を改善することはない。むしろ将来の価格体系が予想し難くなるので、合理的な経営計画が立てにくくなり、経済全体として資源配分が非効率になる。資金の貸し手が得をし借り手が損をするという意味で、不公平な所得再分配も起きる。その結果、経済は全体として停滞し、インフレと景気後退の同時発生、「スタグフレーション」という最悪の事態になる。

【そもそも経済停滞の下でインフレを起こさせるのか】
 そもそも現在の経済停滞の根本的原因は、構造改革を先送りしてきたため、非効率な資源配分(官業による民業圧迫、地方における無駄な公共投資など)と不公平な所得再分配(地方債償還を容易にする地方交付税など)が拡大し、経済全体の効率が悪化していることである。
 そのような経済停滞の下で、資源配分と所得再分配を改善する「構造改革」を実施することなく、ただ金融を緩和しただけで、果たして需要が供給を超過するようなインフレが起きるのであろうか。
 現在短期金融市場には、日銀預金の形で6兆円もの資金が使われることなく眠っている。このアイドル・バランス(不活動残高)を、日銀の国債買オペなどによって更に7兆円、8兆円と積み上げていった場合、果たして銀行や企業がこの資金を使って貸し出しや投資を活発化させるという変化が生じるのであろうか。いくらアイドル・バランスを積み上げてみても、金利は「ゼロ金利」のままそれ以上は下がれないのであるから、銀行や企業の行動に変化が生じるとは思えない。
 従って「インフレ目標」の導入は、インフレを起こすことの出来ない日銀にインフレの使命を負わせるという無茶な話ではないのか。政府・自民党が、構造改革の遅れを棚上げして、経済停滞やデフレの責任を日銀にかぶせようとしているのではないか。

【仮にインフレが起これば超金融緩和の下で制御できなくなる】
 仮に百歩譲って、物価上昇が起きた場合を考えると、これは大変なことになる。6兆円を超えるアイドル・バランスが存在する超金融緩和の下で、物価上昇が始まれば、物価先高期待に基づく投機を行う資金には事欠かないので、投機は見る見るうちに広がり、物価上昇率は加速するであろう。
 1973年の大インフレや88年のバブル発生の経験からも明らかなように、日銀が超金融緩和で発生した過剰流動性を吸収するには1年以上かかる。従って、その間に物価上昇率は加速してインフレの炎は燃えさかり、2〜3%の目標インフレ率に制御することなどは到底不可能であろう。

【インフレは大衆収奪の大増税で政府の赤字を消すのと同じ】
 そうなるとインフレの弊害が出てくる。インフレは国民の貯蓄を目減りさせ、累進構造をもった所得税を自動的に重くする大衆収奪の大増税(それも税法改正によらない非民主的な大増税)と同じだからだ。得をするのは、660兆円の国債負担が軽くなる政府と、バブル期の投機のツケで債務超過に陥った企業であろう。
 このような不公平で非民主的な手段による大衆収奪の所得再分配と国民生活の破壊は、断じて許すべきではない。逆にいえば、「インフレ目標」の導入を叫ぶ政府・自民党の一部は、自らの政策の失敗による財政赤字の拡大と不良債権の累税を、調整インフレを起して一挙に解決しようとしているのではいか。事実、自民党の一部議員の中には、そのような個人的見解をもっている人が存在しており、その人が「インフレ目標」の導入と日銀法の再改正を推進している。

【インフレは構造改革を阻害し経済停滞を長引かせる】
 インフレは、目下の最大の課題である「構造改革」を阻害することにもなる。何故なら、インフレが進行すれば政府の債務残高は実質的に減って行くので(例えば債務残高の対GDP比率は名目GDPがインフレで膨張する結果低下して行くので)、行政改革による歳出削減の努力を弱めることに成り兼ねない。
 債務超過の企業も、債務残高の対売上高比率が低下して行くので、経営再建の努力に水が差されかねない。
 他方、技術革新や経営合理化によって発展している企業や産業にとっては、インフレの進行によって将来の売値や買値(賃金を含む)の予想が難しくなるので、発展にブレーキがかかり兼ねない。
 このように、インフレは構造改革を阻害し、資源のよりよい配分や所得の公平な再分配を妨げるので、現在の経済停滞を克服することにも役立たない。
 現在のデフレは好ましくないが、デフレ現象の中には構造改革に沿った動きもある。例えば、流通革新に伴なう安くて良質な商品の提供(例えばユニクロ)、経営合理化と技術革新に伴なう製品コストの低下(例えば家電製品・パソコン)、海外からの開発輸入による内外価格差の縮小(例えば食料品・衣料)などである。このような「良いデフレ」が含まれている現状は、インフレよりまだましである。最悪の調整インフレを起こし兼ねない「インフレ目標」の導入には、私はこれからも絶対反対していく。